牛生レバーを提供したいなら食品照射を真面目に考えろ

 テレビ、新聞等が伝えているように、7月1日から、生食用牛肝臓の販売が禁止されることとなりました。O157などの腸管出血性大腸菌が牛肝臓内部に入り込むことがわかり、「牛肝臓を安全に生で食べるための有効な予防対策は見い出せていない」ために決定したことです。

 ご承知のとおり、O157などの腸管出血性大腸菌による感染症は、重篤で致死的な合併症を起こし得るものです。出血性大腸炎を起こした場合、症状のある人の6~7%が、初発症状から数日ないし2週間以内に溶血性尿毒症症侯群(HUS)や脳症などの重症合併症を発症すると言われています。

 しかも、ヒトを発症させる菌数はO157では10~1000個などと言われ、サルモネラが10万~10億個の菌数を要するのに比べると、感染しやすさは破格のものと言えます。

 それだけの極めて高いリスクがあることがわかったと行政が伝えているわけですから、禁止発効前のカケコミ需要を取り込む「さよならキャンペーン」などは、ワルノリでは済まないゾッとするような話です。

 もしも事故が起きたらどうするのでしょうか。人の命にかかわるお話です。また、昨年のユッケによる悲惨な食中毒事件でもわかるとおり、この種の事故が起これば、食肉の消費を深刻なレベルで冷やし、市場を縮ませます。焼肉店の客数はやっと戻してきたところですから、ここは慎重になるべきではないでしょうか。

 むしろ、店のほうからお客に提供できない理由をしっかりと伝え、他のメニューを推奨するほうが、今、この段階では、プロがこの仕事を守ることになるのではないでしょうか。

「今、この段階では」と条件を付けてお話するのには、理由があります。行政の「牛肝臓を安全に生で食べるための有効な予防対策は見い出せていない」という説明には、多少の疑問があるからです。少なくとも、説明が足りないでしょう。

 生肉の菌数を抑える、あるいは病原菌を死滅させ、食肉の生食を可能にできるかもしれない技術は、あるのです。

 食品照射です。

 食品照射とは、ある目的をもって食品に放射線を照射することです。目的とは、農作物の発芽抑制、熟度調整、食品の殺虫・殺菌などです。

 東京電力福島第一原子力発電所事故による環境や食品の放射能汚染が問題になっている中、何を言い出すのかという向きもあるでしょう。しかし、そのような今であるからこそ、消費者、食品産業、行政を挙げて、この方法のさらなる研究と理解に力を入れるべきだと考えるのです。

 食品安全委員会は、6月14日、「平成22年度『食品安全委員会が自ら行う食品健康影響評価の案件候補』に係るファクトシート」を公表しました。これは、食品安全委員会が自ら食品健康影響評価を行う(自ら評価)案件の選定過程で、案件候補とされた6つの物質等について科学的知見に基づく概要書を作成したものです。食品安全確保総合調査(2010年度、2011年度)によって専門家の協力を得て収集・整理された、毒性関係の知見、海外のリスク評価結果、国内外のリスク管理状況等に関する情報が含まれています。

 その6つの物質等の1つとして扱われているのが、放射線照射食品です。このファクトシートの概要によれば、以下のことがわかります。

※平成22年度「食品安全委員会が自ら行う食品健康影響評価の案件候補」に係るファクトシートの作成について
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 食品に放射線を照射すると、放射線によって生成するフリーラジカル(ペアになっていない電子を持つ原子あるいは分子のこと)が病原性細菌、腐敗菌、害虫、作物の生細胞のDNAに作用して細胞死が起こります。これを利用して、食品の殺菌、殺虫、発芽防止などを行うのが、食品照射です。

 フリーラジカルは、(トーストやフライなど)一般の調理でも生成され、その場合の生成量は放射線照射の際よりも多いとされています。いずれの方法で生成したフリーラジカルも性質は同じで、短時間に消滅します。また、定められたエネルギーレベルでは、食品照射によって食品中に放射能を生じることはありません。

 この方法の重要なメリットは、食品の物理化学的な特性を大きく変化させることのない低温処理であるという点にあります。そして、乾燥食品、パッケージした後の食品にも処理を行うことができます。

 線源には、コバルト60、セシウム137が放射するγ線、機器によって発生させる5MeV(メガ電子ボルト)以下のX線、機器によって発生させる10MeV以下の電子線だけが使用できます。通常はコバルト60が利用されています(当ファクトシートに記述はありませんが、国際食品照射諮問グループ=ICGFIによる冊子によると、セシウム137は供給量が不明であることからγ線照射において将来性がないとされています)。

 食品照射は、放射線が漏れることのない遮蔽された空間で行います。崩壊した線源は再生処理か保存のために供給元に返却され、放射性廃棄物は発生しません。また、原子力をエネルギー源としないX線や電子線では、放射性廃棄物とは無縁です。

 1997年までの世界各国での照射食品の健全性にかかる研究報告は1200件以上あり、そのほとんどが、健全性に問題はないと結論づけています。疑問を呈する報告については多くの追試が行われ、その結果、問題とされた現象は見られず、測定誤差や不適切な実験設計によるものと結論づけられています。

 国連食糧農業機関(FAO)/国際原子力機関(IAEA)/世界保健機関(WHO)の合同研究グループ(1997年)は、「意図した技術上の目的を達成するために適正な線量を照射した食品は、適正な栄養を有し安全に摂取できる」と結論付けています。また、食品照射を通常の加熱処理や缶詰加工と同等の処理とみなし(実質的同等性)、食品中の病原微生物等は低減するが、新たに何らかの危害要因となる物理学的あるいは化学的なものを生成することはないとしています。

 現在、世界では50カ国以上で食品照射が許可され、生鮮果物・野菜、穀類、豆類、乾燥果物・野菜、魚介類、生の家禽肉・畜肉、香辛料、はちみつ、宇宙食など、さまざまな食品で食品照射が行われています。世界の食品照射処理量は、2005年に40万4804tにのぼります。EUでは香辛料、穀物、果実、肉、魚介類に対して1万5060t、米国では肉、果実、香辛料に対して9万2000t、中国ではニンニク、香辛料、穀物に対して14万6000tが処理されています(いずれも2005年)。

 食品照射は世界的には常識となっており、この処理を行った食品は、日本にも輸入され、問題なく消費されています。

 食品照射は、長い研究の歴史と、世界的に行われてきた実績があります。そして、核分裂反応を起こして莫大なエネルギーを取り出すための原子力発電所とは違って制御できなくなるような原子力の使い方ではなく、比較的安価な施設で、安全に管理が可能なものであるはずです。

 しかし、どうしたわけか、日本では食品照射は食品衛生法によって原則禁止とされています。ただし、ジャガイモの芽止めの目的だけが例外とされ、8096tが処理されています(2005年)。

 ここにきて、どうしても食肉類の生食を継続・推進しようとするのであれば、さらに、生肉だけでなく魚介類や農作物も含めた食品の生食での食中毒事故を封じ込めたいという志があれば、この技術に正面から向き合い、しっかりとした検証とすみやかな議論を経て、法改正、実用へと進むべきではないでしょうか。このプロセスは、原子力、放射性物質、放射能、放射線に関する国民の知識、リテラシーのレベルを引き上げ、ひいては今後の原子力の利用についての国民的な議論も、合理的に、正確に行われていくでしょう。

「わかった。君は原子力推進派だからそんなことを言うのだね」と言われるのは本意ではないので、全く蛇足ながら付言します。私個人としては、原子力発電所を減らし、全廃する方向へ微力でも力を出したいと考えています。そのことと、食品照射解禁のアイデアは矛盾しないと考えています。

※このコラムはメールマガジンで公開したものです。

齋藤訓之
About 齋藤訓之 299 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →