アーヤと魔女の英国風ジブリ飯

現在公開中の「劇場版 アーヤと魔女」は、「思い出のマーニー」(2014)以来7年ぶりとなるスタジオジブリ制作の長編アニメーション(※1)であり、ジブリとしては初となるフル3DCGアニメである。原作「アーヤと魔女」は、「ハウルの動く城」(2004)の原作「魔法使いハウルと火の悪魔」と同じダイアナ・ウィン・ジョーンズによる児童文学。今回の映像化は宮崎駿が企画、息子で「ゲド戦記」(2006)、「コクリコ坂から」(2011)の宮崎吾朗が監督を務めている。

 ジブリ作品に登場する食べ物は、印象的かつおいしそうだとしてファンの間で「ジブリ飯」と呼ばれ親しまれている。本連載でも「火垂るの墓」(1988、本連載第72回参照)のドロップ、「千と千尋の神隠し」(2001、本連載第79回参照)のおにぎり、「風立ちぬ」(2013、本連載第56回参照)のシベリア等を紹介してきた。1990年代のイギリスを舞台とした本作でも、特徴的なイギリス料理がいくつか登場するので早速見ていこう。

「聖モーウォード子どもの家」のシェパーズパイ

本作のキーフードである「シェパーズパイ」。アーヤにとって特別な料理である。
本作のキーフードである「シェパーズパイ」。アーヤにとって特別な料理である。

 映画はバイクとシトロエン2CV(「ルパン三世 カリオストロの城」(1979、本連載第32回参照)でクラリス姫が逃走に使用した車)のカーチェイスから始まる。仲間の12人の魔女に追われたアーヤの母親(声:シェリナ・ムナフ)は、生まれたばかりのアーヤ(声:平澤宏々路)を児童養護施設「聖モーウォード子どもの家」に預ける。「ここはシェパーズパイがおいしいの」とアーヤに呼びかけるセリフから、母親もこの施設出身であることがわかる。

 アーヤの原作での名前はEarwig(原題:Earwig and the Witch)。これは日本語訳するとハサミムシのことだが、英語で「耳の虫」を意味する古語に由来する。ヨーロッパにはこの虫が耳の穴から人間の頭に入り込み、その人を意のままに操るという伝承があるという。原作翻訳者の田中薫子は、そのニュアンスが伝わるように、日本版での本名をアヤツル(操る)、呼び名をアーヤ・ツールとし、原作の挿絵と映画のキャラクター・舞台設定を担当した佐竹美保が、ハサミムシのハサミのようなアーヤの髪型を考案した(※2)。

 本作は、アーヤがその名前にふさわしく、逆境をものともせずに周囲の人々の心をつかんで「アーヤの思う通りにしてあげよう」と思わせてしまうまでの知力と行動力を描いた、現代の「赤毛のアン」的な物語である。そして、実はEarwigにはもう一つの意味があるのだが、それについては映画をご覧いただきたい。

 アーヤは幼い頃から天賦の才を発揮。10歳となった今では園長先生(声:木村有里)も弟分のカスタード(声:齋藤優聖)をはじめとする子どもたちもすっかりアーヤの言いなりである。「子どもの家」の料理長も例外ではなく、シェパーズパイが大好物のアーヤのために、シェパーズパイを日々作り続けている。

 シェパーズパイはイギリスを代表する庶民的料理の一つ。劇中に登場するのは、羊の肉で作ったミートソースにマッシュポテトを乗せてオーブンで焼いたもの。かつてはさまざまな肉料理の残りから作られたが、羊肉のレシピが一般化してからシェパード(羊飼い)の名が付いたようである。このシェパーズパイはアーヤが「子どもの家」を出た後しばらくご無沙汰となるが、アーヤが困難な状況になった後半に再登場し、アーヤを励ますことになる。赤ん坊のころの母親の言葉をアーヤが覚えていたかは定かではないが、アーヤにとってシェパーズパイは会えずにいる母親との絆の料理のように映る。

マンドレークのお気に入り料理と逆襲の揚げ焼きパン

 さて、ある日、「子どもの家」にベラ・ヤーガ(声:寺島しのぶ)と名乗るド派手な女と、マンドレーク(声:豊川悦司)という背の高い男が現れ、アーヤはその二人の家に引き取られる。ベラ・ヤーガは実は魔女で、注文を受けて願いをかなえる呪文を作り生計を立てている。アーヤはその手伝いをさせるために引き取られたのだ。

 ベラ・ヤーガはアーヤをこき使う一方で、小説家のマンドレークには気をつかっている。マンドレークは「私をわずらわせるな」が口癖で、機嫌を損ねるとメガネの奥がメラメラと燃え上がり怒りを露わにする恐ろしい男である。

 彼は小さなデーモンたちを従えていて、好物の食事をあちこちから取り寄せている。ストーク・オン・トレント駅の軽食堂から取ってきたパイとフライドポテト、シルバー・ハインズのフィッシュ・アンド・チップス等である。その中の一つ、アフタヌーンティーとカップケーキとクッキーのセットは、アーヤとマンドレークの心をつなぐきっかけとなる。

 それまでベラ・ヤーガにこき使われるばかりだったアーヤは、この家での力関係を利用。マンドレークがリクエストした朝食の揚げ焼きパンをわざと真っ黒焦げに作ることで、マンドレークは「なぜ作り方を教えてやらなかった」とベラ・ヤーガを叱責し、アーヤは自分をこき使ったベラ・ヤーガへの仕返しに成功する。ちなみにデーモンが取ってきたエッピング・フォレストのキャンプ場でボーイスカウトが作った「まともな揚げ焼きパン」は、卵と牛乳を染み込ませた厚切りパンをたっぷりのバターでこんがり焼いたフレンチトースト風のものだった。

 魔女の血を引くアーヤが子どもらしからぬ手練手管を駆使してマンドレークやベラ・ヤーガをたらしこんでいく“痛快なずる賢さ”は、本作の見どころの一つである。

NHK先行放映のメリット・デメリット

 本作はNHK、NHKエンタープライズ、スタジオジブリの共同制作で、劇場公開に先立つ2020年12月30日にNHK総合テレビで放映されている。NHKで放送された映画が劇場公開されるケースは近年増加していて、黒沢清が第77回ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞した「スパイの妻」2020年6月6日放映、同年10月16日劇場公開)、第二次世界大戦末期の日本での原子爆弾開発を題材とした「太陽の子」2020年8月15日放映、2021年8月6日劇場公開)等がある。

 映画製作サイドにとってはヒト・モノ・カネといったリソースの調達をNHKにシェアしてもらうことで負担を軽減でき、NHKにとっては「NHK番組の活用」による副次収入(受信料以外の収入のこと)を得て「受信料負担の抑制につなげています」と説明できるメリットがある。ただし一方で、先行視聴があることによる興行収入減の可能性や、受信料を原資とした公共放送が制作した作品が商業利用されることの是非が不明確であるという批判があり、そこに課題を残している。

※1スタジオジブリが製作に名を連ねたフランス、ベルギーとの合作映画「レッドタートル ある島の物語」(2016)は、フランスのスタジオがアニメーション制作を担当している。

※2「アーヤと魔女」劇場用パンフレット

参考文献
「子どもりょうり絵本 ジブリの食卓 アーヤと魔女」(主婦の友社)

【劇場版 アーヤと魔女】

公式サイト
https://www.aya-and-the-witch.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2020年
公開年月日:2021年8月27日
上映時間:82分
製作会社:NHK、NHKエンタープライズ、スタジオジブリ
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/ワイド(16:9)
スタッフ
監督:宮崎吾朗
アニメーションディレクター:タンセリ
脚本:丹羽圭子、郡司絵美
原作:ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
企画:宮崎駿
制作統括:吉國勲、土橋圭介、星野康二
プロデューサー:鈴木敏夫
アニメーションプロデューサー:森下健太郎
キャラクター・舞台設定原案:佐竹美保
キャラクターデザイン:近藤勝也
背景:武内裕季
音楽:武部聡志
主題歌:シェリナ・ムナフ
音響演出:笠松広司
アフレコ演出:木村絵理子
CGスーパーバイザー:中村幸憲
キャスト(声の出演)
アーヤ・ツール:平澤宏々路
ベラ・ヤーガ:寺島しのぶ
マンドレーク:豊川悦司
トーマス:濱田岳
アーヤの母親:シェリナ・ムナフ
園長先生:木村有里
カスタード:齋藤優聖

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。