香港人のもともと持っている食文化を大切にする心は、香港独特のミルクティーにも反映されていると言えるだろう。香港式ミルクティーは濃いめに淹れた紅茶にエヴァミルクを加えたもので、あらゆるタイプの飲食店でよく飲まれている。
香港式ミルクティーの緑茶ブーム
もともとイギリスの影響で紅茶、それもミルクティーが飲まれるようになったが、酪農のある地域ではないのでエヴァミルクが使われ、とくにレストランで飲むものとして発達した。朝食に欠かせないと言うが、どの時間帯のレストランでもティーと言って出てくるのは、まずこのタイプの紅茶だ。そして、香港人が旅行者にこれは飲むべきだと勧める、彼らが誇る香港食文化の一つでもある。
そんな香港にも、今世界に広がっている緑茶ブーム、抹茶ブームは到来していおり、日本茶の人気も高まってきている。甘味のあるミルクティーになじんでいる香港人ゆえ、緑茶、抹茶も当初は砂糖入りで楽しむ傾向が強かったようだが、最近は砂糖抜きで飲むことも一般的になってきているという。健康志向もあるのだろうが、この点、香港で飲むお茶は選択肢が広がったと言える。
伝統、あるいは家族で食べてきた文化は変えない。しかし、新しいものにも積極的な興味を持って、よいものであれば旧・新を入れ替えるのではなく、新たに取り入れて自分たちの生活の中に加える。この呼吸はつかんでおきたい。
流行はそれでも伝統を突破する
香港で日本式の食品等が流行る中でも、なかなか浸透しないと言われていたのが、“冷たいご飯を食べる”ことだった。何のことかと言えば、日本式の弁当やおにぎりだ。香港人は温かいご飯を食べるが、冷めたご飯を食べる文化は持っていなかった。だから、「日本のものはおいしいけれどおにぎりはパス」という香港人は多かった。
ところが、ここに来て日本式、とくにコンビニタイプのおにぎりが俄然広がりつつある。「華御結」(はなむすび)というおにぎりテイクアウト専門店が地下鉄駅前を中心に多店化し、とくに20代など若い層の人気を得ている。
変わらないようでいて、やはり変わるのが香港の文化のようだ。
また、中国文化圏の食分野の伝統的な商品としては月餅がある。元来は中秋節に家族で切り分けて食べる縁起物であり、贈答品として発達した。しかし、近年は小さくてカラフルなもの、洋菓子のようなものなどがバラエティ豊かにそろい、贈答品から、より身近なスイーツにもなってきている。
最近の人気商品の一つは「流心」あるいは「流沙」と名づけられたもので、中心にとろりととろける半生風のカスタードクリームが入っている。脱酸素剤があることで実現した製品であり、いわば香港版「萩の月」とも言える。これはしっかりした缶などの包装で贈答品を意識した展開であるが、小さな個食タイプである。
家族そろっての食事を大切にする風のある香港だが、こうしたところに、食の楽しみ方や喫食シーンの変化が潜んでいるとも言える。
無視できないSNSでのシェア
ところで、香港の有職者のほとんどはFacebookを使っていると言われている。彼らは街でよいもの、かわいいもの、得をするものなどを見つけては写真を撮り、SNSでシェアする。日本では敬遠される広告のシェアも、彼らは頻繁に送り合うという。よい情報は友達に伝えることがよいことであり、むしろマナーであったり、ある種の“責務”のように考えている節もある。
そんな中、もちろん日本で言う“インスタ映え”への関心も強い。件の「流心」「流沙」月餅の商品作りにもそれは表れている。
昨年、エー・ピーカンパニーが香港・尖沙咀(チムサーチョイ)に「塚田農場」を出店したが、その立地は大型ショッピングモールのハーバーシティー内ではありながら、開発途上の人通りが全くないへんぴな区画であった。それでも連日満席となったのは、SNSでの情報拡散作戦と、それを確実にする“インスタ映え”戦略を綿密に計画した結果だと言える。
同店は日本の「塚田農場」とは異なる業態で、若い女性のグループ客をメインターゲットとしている。おいしくしかも美容と健康によいイメージの「美人鍋」という鶏鍋を主力商品とし、この情報とビジュアルが拡散されるように店作りを行った。
香港人の情報拡散欲と、“インスタ映え”はやはり押さえておきたい。