二人の距離を映し出す食べ物

「花束みたいな恋をした」は、今年の1月29日に公開されて以来、コロナ禍にありながらロングラン上映を続けているヒット作品である。

 TVドラマ「東京ラブストーリー」(1991)や映画「世界の中心で、愛をさけぶ」(2004)で知られる坂元裕二によるオリジナル脚本は、一組の男女が出会い別れるまでの5年間を、彼らの共通の関心事である文学、音楽、映画、演劇、漫画、ゲーム等のサブカルチャーのディティールと京王線沿線の風景を散りばめることで現代的なリアリティーを持たせつつ、時代を超越した普遍的な恋愛を描くことに成功している。

 今回はストーリーのターニングポイントとなるシーンに効果的に使われている数々の食べ物にスポットを当てて紹介したい。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

“神”との出会いとドリンクバーから始まった恋

 2015年1月、大学生の山音麦(菅田将暉)と八谷絹(有村架純)は、京王線・明大前駅で共に終電を逃し、深夜営業のカフェで他2名と始発まで過ごすことになる。このカフェにとある“神”がいたことに気付いた麦と絹は、このことがきっかけで居酒屋とカラオケボックスをはしごし、甲州街道を麦のアパートがある調布まで歩きながら、二人のサブカルの嗜好が驚くほど一致していることを知り、共に親近感を覚える。

 2月、初めてのデートで国立科学博物館開催のミイラ展に行った帰り、ファミレスのジョナサンに立ち寄った二人はサブカルの話題に花を咲かせ、ドリンクバーを3往復して終電の時間まで話し込む。3回ご飯食べて告白しなかったらただの友達になってしまうと焦り始めた麦は、絹と二人でガスタンク見物に行った帰り、前回と同じジョナサンに立ち寄るが、なかなか告白する流れにならず終電の時間が迫る。このとき、最後に起こった奇跡のおかげで二人は恋人同士としての交際をスタートさせるのだが、そのきっかけとなった食べ物については本編をご覧いただきたい。

はじまりはおわりのはじまり

 3月、交際を始めてほどなく“男女の関係”となった二人は静岡に日帰り旅行に出かける。この旅行の前、絹が愛読していたブログの作者が自殺する事件が起きていた。そのブログのテーマは「はじまりはおわりのはじまり」。

「出会いは常に別れを内在し、恋愛はパーティーのようにいつか終わる。

 だから恋人たちは好きなものを持ち寄ってテーブルを囲み、その切なさを楽しむしかないのだ」

 麦が不意に姿を消して不安になった絹は、名物のしらす丼を買って戻って来た麦に急にいなくならないでと怒る。

 夜は、静岡県下に展開するレストランチェーン「炭焼きレストランさわやか」へ。熱した鉄板の上に載ったこぶし大の丸いハンバーグを客の前で割って鉄板に押し付けるように焼き上げる「げんこつハンバーグ」が看板メニューの繁盛店。麦と絹は順番待ちをしていたが、終電の時間に間に合わなくなる。ついにあきらめて店を後にする。最高の盛り上がりのなかで始まった“二人のパーティー”に、初めて不吉な影が差すシーンである。

焼きそばパンと二度目の奇跡

麦と絹が一緒に食べることのなかった「炭焼きレストランさわやか」の「げんこつハンバーグ」。
麦と絹が一緒に食べることのなかった「炭焼きレストランさわやか」の「げんこつハンバーグ」。

 10月、就活に失敗した絹と就活しなかった麦は調布駅から徒歩30分、多摩川沿いのマンションで同棲を始める。近所で老夫婦がやっている創業56年のベーカリーを見つけた二人はそこで焼きそばパンを買う。多摩川の河川敷を花束とトイレットペーパーを提げ、焼きそばパンを分け合って食べながら歩く麦と絹。本作のポスターのメインビジュアルにも使われているこのシーンが“二人のパーティー”のピークである。

 この後、実家からの仕送りを止められた麦は絹との生活を維持するために就職するが、仕事に忙殺されるうちに目的を忘れて仕事を優先させるようになり、絹と共有する時間を減らしていく。「さわやか」のげんこつハンバーグは出張中に同僚と食べてしまい、焼きそばパンのベーカリーが店をたたんだと絹がLINEで知らせても、駅前のパン屋で買えばいいじゃんと返す始末で、二人の気持ちはどんどんすれ違っていく。

 2019年、友人の結婚式に出席した麦と絹は共に別れを切り出そうとしていた。帰途立ち寄ったのはあのジョナサン。ここで二人はあの告白のとき以上の奇跡に遭遇するのだが、その内容は本編をご覧いただきたい。


【花束みたいな恋をした】

「花束みたいな恋をした」(2020)
公式サイト
http://hana-koi.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2020年
公開年月日:2021年1月29日
上映時間:124分
製作会社:「花束みたいな恋をした」製作委員会
配給:東京テアトル、リトルモア
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:土井裕泰
脚本:坂元裕二
企画:孫家邦、菊地美世志、那須田淳
プロデューサー:有賀高俊、土井智生
撮影:鎌苅洋一
照明:秋山恵二郎
美術:杉本亮
装飾:茂木豊
撮影効果:実原康之
録音:加藤大和
編集:穗垣順之助
音楽:大友良英
衣裳:立花文乃
ヘアメイク:豊川京子
スクリプター:加山くみ子
イラストレーション:朝野ペコ
VFXプロデューサー:赤羽智史
助監督:石井純
製作担当:宮下直也
キャスト
山音麦:菅田将暉
八谷絹:有村架純
羽田凜:清原果耶
水埜亘:細田佳央太
川岸菜那:韓英恵
青木海人:中崎敏
恩田友行:小久保寿人
原田奏子:瀧内公美
羽村祐弥:森優作
中川彩乃:古川琴音
沖田大夢:篠原悠伸
卯内日菜子:八木アリサ
押井守:押井守
土志田美帆:Awesome City Club PORIN
富小路翔真:佐藤寛太
音響エンジニア:岡部たかし
加持航平:オダギリジョー
八谷早智子:戸田恵子
八谷芳明:岩松了
山音広太郎:小林薫

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。