「ROMA/ローマ」が描く食

[228]VOD映画の食べ物(2)

Netflix配信(配給)のアルフォンソ・キュアロン監督作品「Roma/ローマ」を紹介する。

 前回に続き、VOD配信を前提に制作され、配信の前後に劇場公開された、または公開予定の作品を取り上げていく。本作は前回でも少し触れたように、2018年のヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞とアカデミー賞の外国語映画賞・監督賞・撮影賞を受賞した作品である。

 タイトルのローマとはイタリアの首都ではなくメキシコシティ近郊のコロニア・ローマ(ローマ地区)に由来している。また「ROMA」を逆にすると「AMOR」。スペイン語で「愛」を意味する。コロニア・ローマで少年時代を過ごしたキュアロン監督が、1970年頃の思い出を描いた自伝的作品である。主人公のクレオ(ヤリッツァ・アパリシオ)は、キュアロン家の家政婦で、キュアロンの出世作「天国の口、終りの楽園。」にも家政婦役で出演したリボ(本作は彼女に捧げられている)をモデルとしている。キュアロン監督自身が撮影を兼ね、思い出を長回しを多用した美しいモノクロ映像で描いている。その中にはリボが作ってくれた数々のおいしい食べ物の記憶も含まれている。

メキシコ料理と欧米料理が共存

クレオが作った肉や野菜、マカロニを添えたワンプレートのメキシカンライス。
クレオが作った肉や野菜、マカロニを添えたワンプレートのメキシカンライス。

 メキシコ先住民の血を引くクレオと同僚のアデラ(ナンシー・ガルシア)が家政婦として働く家は、大金持ちではないが家政婦を二人雇用できるだけの資産を持つヨーロッパ系の中流家庭である。7人家族で、医師のアントニオ(フェルナンド・グレディアガ)、アントニオの妻で生化学者のソフィア(マリーナ・デ・タビラ)、長男トーニョ(ディエゴ・コルティナ・アウトレイ)次男パコ(カルロス・ペラルタ)、長女ソフィ(ダニエラ・デメサ)、三男ペペ(マルコ・グラフ)、ソフィアの母テレサ(ヴェロニカ・ガルシア)という一家。クレオはこの家で炊事、洗濯、掃除、子守といった家事一切を任されていて、子供たちはクレオになついている。

 こうした環境でクレオが作る食事は、メキシコ料理と欧米の料理が共存したものとなる。子供たちが学校から帰ってきた後に出す夕食は、肉や野菜、マカロニを添えたワンプレートのメキシカンライスにイチゴのデザート。朝食はアントニオがオートミール、テレサがパンとミルク、ペペがエッグスタンドの半熟卵にミルクといった具合である。そしてこの家族ばらばらな朝食が、物語の展開の伏線の一つになっているのである。

※注意!!  以下はネタバレを含んでいます。

アフタヌーンティーの憂鬱とプルケの不吉

 物語は、東洋武術に心酔し、政府寄りの民兵組織「ロス・アルコネス」に所属する恋人フェルミン(ホルヘ・アントニオ・ゲレーロ)の子供を妊娠し苦悩するクレオと、アントニオの浮気にストレスを募らせるソフィアを、1971年6月1日に政府抗議運動のデモ隊と警官隊が衝突して多数の死者が出たコーパス・クリスティの虐殺(血の木曜日事件)を絡めながら並行して描いている。

 映画が描く食にこだわる本コラムとしては、後の展開を暗示する場面に飲み物がからんでいるところに注目した。

 一つは、外で雹が降りしきるなか、アデラが淹れた紅茶を憂鬱な表情でソフィアとテレサに運ぶ場面。この場面の前に、クレオは1966年製作のフランス映画「大進撃」を上映中の映画館でフェルミンに妊娠を告げるも、彼に逃げられている。

 もう一つは、家族のリゾート地でのクリスマス休暇に同行したクレオが、パーティーで醸造酒プルケを勧められるも、踊っている女性がぶつかってきてカップを落としてしまい割れる場面。プルケはテキーラ等のメスカル(こちらは蒸留酒)と同じくアガベ(リュウゼツラン)を原料とした、メキシコの伝統的醸造酒だ。

シーフードの告白とアイスクリームの皮肉

 クレオは、子供たちを映画館に連れて行く。彼らが観たジョン・スタージェス監督によるSF映画「宇宙からの脱出」(1969)は、キュアロン監督の前作「ゼロ・グラビティ」(2013)に多大な影響を与えた作品だ。

 この場面で、アントニオは浮気相手といるところを目撃され、それ以来、彼は家に帰って来なくなる。

 フォード・ギャラクシーと言えば、ゴダールの「気狂いピエロ」(1965)でフェルディナンとマリアンヌが海に突っ込んだオープンカーが思い出される。そのハードトップをアントニオは所有していた。彼はギャラクシーを狭い車庫に駐車するために、慎重に何度もハンドルを切り返していた。それをソフィアは強引に車庫に突っ込んで傷つけてしまうあたりに、彼女の苛立ちがみてとれる。

 ギャラクシーを下取りに出してルノーの小型車を買ったソフィアは、引き渡し前のギャラクシーでの最後の旅行としてトゥスパンのビーチに行こうと子供たちとクレオに提案する。しかしソフィアは、トゥスパンのシーフードレストランで、子供たちとクレオにこの旅行の真の目的を告げる。

 そしてデザートとして提供されたアイスクリームを巨大なカニをかたどった店の外でなめている家族一同の背後では、皮肉な光景が展開するのである。

 詳しくは本編でお楽しみいただきたい。


【ROMA ローマ】

公式サイト
https://www.netflix.com/jp/title/80240715
作品基本データ
原題:ROMA
製作国:メキシコ、アメリカ
製作年:2018年
公開年月日:2019年3月9日
上映時間:135分
製作会社:パーティシパント・メディア、エスペラント・フィルモ
配給:Netflix
カラー/サイズ:モノクロ/シネマスコープ(1:2.35)
スタッフ
監督・脚本・撮影:アルフォンソ・キュアロン
製作:ガブリエラ・ロドリゲス、アルフォンソ・キュアロン、ニコラス・セリス
編集:アルフォンソ・キュアロン、アダム・ガフ
キャスト
クレオ:ヤリッツァ・アパリシオ
ソフィア:マリーナ・デ・タビラ
アントニオ:フェルナンド・グレディアガ
フェルミン:ホルヘ・アントニオ・ゲレーロ
ペペ:マルコ・グラフ
ソフィ:ダニエラ・デメサ
トーニョ:ディエゴ・コルティナ・アウトレイ
パコ:カルロス・ペラルタ
アデラ:ナンシー・ガルシア
テレサ:ヴェロニカ・ガルシア
ラモン:ホセ・マヌエル・ゲレロ・メンドーサ
ゾベック教授:ラテン・ラヴァー

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。