「祝宴!シェフ」の心の料理

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トマトの卵炒め
料理ドクターこだわりの「トマトの卵炒め」。台湾の最もポピュラーな家庭料理の一つである

今回は前々回の結びで触れた2013年製作の台湾映画「祝宴!シェフ」に登場する宴席料理の数々について見ていこう。

 本作は「熱帯魚」(1995)、「ラブゴーゴー」(1997)等で知られるチェン・ユーシュン監督の16年ぶりの長編で、台湾南部の都市・台南を舞台に伝説の料理人を父に持つ娘が料理で人々を幸福にしようと奮闘するコメディである。

辦桌と總舖師

菊花貝柱蒸し
古早料理の一品「菊花貝柱蒸し」。貝柱の周囲を覆う卵焼きが菊の花びらのように見える

 台湾では、結婚式などの祝い事があると屋外にテーブルを並べて辦桌(バンド)と呼ばれる宴会を開く習慣がある。そこで調理を担当するのが總舖師(ツォンポーサイ)と呼ばれる宴席料理人たち。調理器具だけを持って依頼人の元に出張し、料理を提供する台湾式ケータリングサービスで、その中でも北部の“人”道化師(ウー・ニェンチェン)、中部の“鬼”鬼頭師(キン・ジェウェン)、南部の“神”蝿師(クー・イーチェン)と呼ばれる3人の總舖師は伝説の料理人として名声を博していた。

料理嫌いの總舖師の娘と料理下手な継母

 主人公のシャオワン(キミ・シア)は蝿師の娘として台南に生まれたが、料理を嫌いモデルを夢見て家を飛び出し台北で暮らしていた。しかし、恋人に裏切られて多額の借金を背負わされた彼女は、夜逃げ同然で帰郷する途中、父が死の間際に遺した宴席料理の秘伝を記したレシピノートの入った紙袋をホームレスの老人にひったくられてしまう。さらに、実家も継母のパフィー(リン・メイシウ)が亡き夫を裏切った弟子ツァイとの料理対決で負け、借金のために差し押さえにあうというダブルパンチで、転居先で開いた食堂も料理の才能がないパフィーのせいで閑古鳥が鳴いていた。

古早料理と料理ドクター

焼きビーフン
虎鼻師がローズマリーに伝えた「焼きビーフン」

 そんなある日、細々と食堂を続けるパフィーとシャオワンのところに、高齢のカップルが蝿師を訪ねて来る。彼らは自分達の結婚式のため、2人が50年前の出会いの場で食べた思い出の伝統的な宴席料理・古早(クーザオ)料理を作って欲しいという。パフィーは蝿師が死に、レシピも失われた今では古早料理は作れないと断ろうとするが、シャオワンは料理がないと結婚できないという2人に同情して引き受けてしまう。

 常連客のオタク3人組「召喚獣」に、どんな料理でも作れる「料理ドクター」がいると聞いたシャオワン。彼女が電話してみると、その料理ドクターことルーハイ(トニー・ヤン)は、シャオワンが台南に帰る途中の列車で出会った男だった。彼は老カップルが書いた古早料理のリストの中の一品「黄金エビ」を鮮やかな手つきで作ってみせるが、他の古早料理は知らないという。

虎鼻師と焼きビーフン

 老カップルが食べた古早料理が蝿師の師匠である虎鼻(コビ)師の手によるものと知ったルーハイは、シャオワンとパフィーに師に教えを請うようアドバイスする。2人は師の元を訪れるが、師は認知症を患っていて料理のことは何も覚えていない。しかし世話係のローズマリーが以前師に教わったという焼きビーフンの味は絶品であった。そのレシピは以下のようなものである。

焼きビーフン

【材料】
ビーフン……200g
干ししいたけ……4個
にんじんの細切り……60g
タマネギの細切り……60g
キャベツの細切り……100g
豚肉の細切り……120g
ネギ……3本(3cmに切る)
小えび……30g
赤葱酥(揚げた赤タマネギ)……20g
コリアンダー……少々
カオタンスープ(薄味のスープ)……1杯 ※1
《調味料》
塩……小さじ1杯
醤油……大さじ1杯
砂糖……小さじ1杯
【作り方】
1. ビーフンを500mlのお湯で1分ほどゆでて上げておく。
2. 干ししいたけを水につけて30分ほど蒸し、細切りにしておく。戻し汁は捨てずにおく。
3. 大さじ2杯分のラードで干しえびを油通しし、弱火で30~40秒炒めて細切り豚肉、ネギとタマネギを加え、30~40秒炒めて、最後に干ししいたけと、キャベツ、にんじんを加えて香りが出るまで炒める。
4. すべての調味料とカオタンスープ、しいたけの戻し汁を加える。沸騰したらビーフンと赤葱酥を加えて強火にし、水分を飛ばして皿に盛り、コリアンダーを加えて完成。

(「祝宴!シェフ」パンフレットより)

 このレシピを教わった2人が、ルーハイが料理人として呼ばれた宴席で焼きビーフンを出すと、その味は町の有力者・シュー社長に50年前の初恋を思い出させた。社長は2人の腕を認め、全国宴席料理大会に参加するよう薦めるのだった。

鬼頭師と道化師

 一緒に古早料理を研究するうちにシャオワンとルーハイの仲も進展していくが、前科があるという彼の告白がもとで気まずくなってしまう。さらにルーハイは、彼の師匠である鬼頭師に頼まれ、パフィーの敵であるツァイのゴースト料理人として宴席料理大会に参加することに。一方シャオワンは、北から追いかけてきた借金取り2人を料理大会の賞金をエサに助手に取り込むことに成功。虎鼻師とローズマリー、召喚獣も加わり、一行は全国宴席料理大会の会場となる台北へと向かう。

 その台北のホテルの裏口で、シャオワンはゴミ箱を漁っていたあのホームレスの老人と再会。父のレシピノートを返してもらうが、その大半は焚きつけに使って消えていた。そのお詫びにと彼が作った料理を食べたシャオワンは、この老人こそが三大總舖師の残る一人、道化師であることを知る。「料理で人を幸福にする」という言葉通り、“人の心の味がする”師の料理に彼女は感銘を受け、料理大会で出す勝負メニューのヒントを得るのだった。

おすそわけ煮とトマトの卵炒め

トマトの卵炒め
料理ドクターこだわりの「トマトの卵炒め」。台湾の最もポピュラーな家庭料理の一つである

 かくして、亡き父の名誉回復と借金返済、老カップルの結婚、そして敵味方に分かれたシャオワンとルーハイの恋の行方等、人々のさまざまな思いを乗せて全国宴席料理大会が幕を開ける。目にも豪華な宴席料理が次々に登場し、それを評する3人の審査員のオーバーなリアクションは「ミスター味っ子」等の日本の漫画の影響を強く受けている。

 肝心の勝負の行方については映画を観ていただくとして、シャオワン/ルーハイ両陣営の最後のメニューが、残り物から作った「おすそわけ煮」と台湾の家庭料理の定番メニューである「トマトの卵炒め」というのは意外に見えるかもしれない。しかし、老カップルの古早料理もシュー社長の焼きビーフンもそうだが、人の思いとつながってこそ最高の料理であることは、衆目の一致するところだろう。

「トマトの卵炒めは簡単に作れる。だけど、それぞれに母親の味があるんだ」(ルーハイ)

 ルーハイは、刑務所で共に過ごした仲間たちの母親への思慕を背負って、全国の家々を回ってこの家庭料理をずっと研究してきたのだった。その成果である料理ドクターこだわりの「トマトの卵炒め」のレシピは以下のようなものである。

トマトの卵炒め

【材料】
卵……3個
トマト(熟したもの)……2個
ネギ……2本
細かく切った豚バラ肉……50g
カオタンスープ……半杯 ※1
《調味料》
砂糖……大さじ半分
塩……小さじ1杯
トマトケチャツプ……大さじ半分
コショウ……少々
【作り方】
1. トマトを角切りにし、ネギを1cm幅に切る。
2. 鍋を熱して油を大さじ1杯入れる。卵を割って溶き、鍋に入れて弱火で鍋にくっつかない程度まで炒める。
3. ネギと豚バラ肉を入れて火が通るまで炒める。
4. トマトを入れ、少し炒めたらカオタンスープを入れ、強火で沸騰させ、弱火にして2~3分煮る。これでトマトから水分が出てくる。
5. 全部の調味料を加えて再び強火で2~3分加熱し、水分を飛ばす。
6. 鍋の中に残った汁を少し取ってとろみをつけ、最後にかけてネギを散らして完成。

 トマトの卵炒めは熱いうちに食べるとトマトの酸味が味わえ、冷めてから食べると甘みが味わえる。

(「祝宴!シェフ」パンフレットより)

 そして、冒頭と結末では師から弟子へ、そのまた弟子へと總舖師の技と伝統が受け継がれていくことを示す少年時代の虎鼻師のエピソードが用意されている。

 なお、本作公開に合わせて、「クックパッド」に「祝宴!シェフのキッチン」が登場。上記2品のほか、古早の一品「菊花貝柱蒸し」などのレシピが公開されている。

※1 上記2品のカオタンスープの分量はパンフレット中で「杯」を単位に記されている。これは計量カップ(200ml)の杯数を示すと考えられるが、劇中ではレードルですくって用いている。


【祝宴!シェフ】

公式サイト
http://shukuen-chef.com/
作品基本データ
原題:總舖師
製作国:台湾
製作年:2013年
公開年月日:2014年11月1日
上映時間:145分
配給:クロックワークス
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督・脚本:チェン・ユーシュン
プロデューサー:リー・リエ、イエ・ルーフェン
撮影:チェン・シャン
美術:ホワン・メイチン
音楽:オウエン・ワン
主題曲/主題歌:マー・ニエンシエン
編集:チョン・カーワイ
キャスト
シャオワン:キミ・シア
パフィー:リン・メイシウ
ルーハイ:トニー・ヤン
道化師:ウー・ニェンチェン
蝿師:クー・イーチェン
鬼頭師:キン・ジェウェン

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。