“クラスター追跡班”の今昔

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伝染病・感染症を描いた映画を食べ物との関わりという視点から取り上げていくシリーズの最終回は、感染の拡大を食い止めようと尽力する人々を描いた新旧のアメリカ映画を見ていく。

「暗黒の恐怖」のギリシャ風シシカバブ

 1950年製作の「暗黒の恐怖」は、第23回アカデミー賞原案賞(※)を受賞したエドナ・アンハルトとエドワード・アンハルトによる原作を「エデンの東」(1955、本連載第51回参照)のエリア・カザンが監督した犯罪映画。殺人被害者を起点とした肺ペストの蔓延を防ぐため、アメリカ公衆衛生局のリード医師(リチャード・ウィドマーク)とニューオーリンズ市警のウォーレン警部(ポール・ダグラス)という立場の違う2人がコンビを組んで犯人を追跡するフィルム・ノワールタッチのバディムービーである。ペストは潜伏期間が短かいので犯人をはじめ感染が疑われる人々を48時間以内に隔離しなければならないというタイムリミット・サスペンスにもなっている。

 殺人の被害者であるコチャックは密入国者であった。彼の密入国を手助けしたタグボートの船員から情報を得たリードとウォーレンは、コチャックが密航に使った貨物船に乗り込む。どうやらこの船のネズミがペストの感染源らしく、船内でも蔓延が始まっていた。

 コチャックに食事を運んでいた東洋系の料理人は、彼がシシカバブを食べたいと言っていたと証言。シシカバブ(串焼きケバブ)はインドから中東、トルコ、ギリシャといった広範な地域で食べられている肉の串焼き料理である。リードとウォーレンは、聞き込みのため港近くのギリシャ料理店へ。実際この店でコチャックは従兄弟のポールデイと食事していたのだが、店主は営業停止を恐れてその事実を隠し、その結果、給仕した女将がペストで亡くなってしまう。

 一方、ギャンブルのトラブルでコチャックを殺した犯人のブラッキー(ジャック・パランス)は、警察がコチャックの足取りを血眼になって追っていることから邪推し、コチャックが何かお宝をつかんでいたのではないかとポールデイを問い詰めるが、ポールデイもまたペストに感染していて……。

 本作で印象に残ったのは、地域の感染防止を優先しようとする市長側近に対し、リードが言う「国や地球を一つの地域として考えるべきです」という言葉。今回の新型コロナウイルスも、武漢から感染者が離れる前に封じ込めができていれば、ここまで世界を巻き込むパンデミックにはならなかったのでないかと思うと、意味深いセリフである。

※アカデミー賞原案賞は第29回まで

「コンテイジョン」のレンギョウ

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

 2011年製作の「コンテイジョン」は、監督スティーブン・ソダーバーグ、脚本スコット・Z・バーンズ、主演マット・デイモンという「インフォーマント!」(2009、本連載第4回参照)のトリオが再び集結したウイルス・パニック映画。今日の新型コロナウイルス感染症のパンデミックを予見したとして最近再び注目を集めている作品である。

 主人公ミッチ・エムホフ(デイモン)の再婚相手でキャリアウーマンのベス(グウィネス・パルトロー)は、香港出張からミネソタ州ミネアポリス郊外の自宅に戻ってすぐ、咳と高熱を発し痙攣の発作を起こして急死する。その直後、ベスの息子のスコットも同じ症状で死亡する。同じ頃、香港、東京、ロンドン、シカゴでも同じ症状の患者が発生する。

 報告を受けた世界保健機関(WHO)のレオノーラ・オランテス医師(マリオン・コティヤール)は香港へ飛び、アメリカ疾病管理予防センター(CDC)のエリス・チーヴァー博士(ローレンス・フィッシュバーン)は、エリン・ミアーズ医師(ケイト・ウィンスレット)をミネソタに派遣し、それぞれが感染経路の究明にあたる。ミアーズは感染を免れたミッチからの聞き取り調査で、ベスが帰国便の乗り継ぎ地だったシカゴで前夫のジョン・ニールと密会して感染させたことを知る。オランテスはベスが立ち寄ったマカオのカジノの監視カメラの録画映像からベスと香港、東京、ロンドンの感染者との接点を見つけ出す。

 ミネソタ州保険局でミアーズが感染の媒介物の説明をする際の「人は一日2,000〜3,000回顔を触る」というセリフと、一人が何人に感染させるのかを示すR0(アール・ノート=基本再生産数)の計算式の説明は、今回の新型コロナウイルスの感染に関してメディアが伝える話題と重なり背筋が寒くなる。R0=2の状態が30回繰り返されると感染者は億単位となる計算だが、映画ではMEV-1と名付けられた新型ウイルスはR0=2の状態を超え、感染者は世界中で爆発的に増えていく。

 一方、CDCのラボのアリー・ヘクストール医師(ジェニファー・イーリー)は、MEV-1がコウモリとブタのDNA配列を持っていることを突き止めるが、コウモリとブタ、そしてヒトの“不幸な出会い”については謎であった。食にもかかわるそのいきさつは、ラストシーンで明かされる。後にヘクストールはある行為によってMEV-1のワクチン開発に大きな功績を果たすことになる。

「コンテイジョン」より。クラムウィディが投稿した、レンギョウのエキスでMEV-1を直したというフェイク動画が、人々をパニックに陥れていく。
「コンテイジョン」より。クラムウィディが投稿した、レンギョウのエキスでMEV-1を直したというフェイク動画が、人々をパニックに陥れていく。

 本作の肝は公開時のキャッチコピー「[恐怖]はウイルスよりも早く感染する」が言い表している。ウイルスに対する特効薬やワクチンがない状況でテレビやネットで垂れ流される不確かな噂が、人々を不安にさせ、買い占め等の行動に走らせる。

 本作でその恐怖の権化として登場するのがフリーのブラックジャーナリスト、アラン・クラムウィディ(ジュード・ロウ)だ。ネットを駆使していち早くMEV-1による異変に気付いたまではよかったが、東京の感染事例を水俣病にたとえる無知ぶりに象徴されるように、疫学に関してはまったくの素人である。案の定、新聞への原稿売り込みは不発に終わるが、MEV-1をセンセーショナルに取り上げたブログやTwitterは読者を集め、それに注目したヘッジファンドと組んで悪だくみを進める。漢方で薬用として使われるレンギョウがMEV-1に効くとして、自ら感染者を装い、レンギョウで治ったというフェイク動画をネットにアップする。

 今回の新型コロナ騒動でも納豆やヨーグルトが効くというデマが流れて品薄になるということがあったように、この種のデマを鵜呑みにする人は多く、映画では今回のマスク不足、紙不足のようにレンギョウの入荷を待つ人々が薬局に列をなし、それが暴動の引き金になってしまう。

 一躍時代の寵児となったクラムウィディはテレビの討論会で専門家であるチーヴァーと対決。以前からチーヴァーをマークしていたクラムウィディは恐るべきネットサーチ力を発揮してチーヴァーが妻に話した内部情報を妻の友人のフェイスブックから見つけ出し、チーヴァーを罠にかけることに成功する。チーヴァーに落ち度があったとは言え、クラムウィディの狡猾なやり方に共感を覚える人はいないだろう。

 そして本作はワクチン開発後の“ポスト・パンデミック”に何が起きるのかについても予見している。今後のことが気になる人にとっても必見の映画と言えるだろう。

おわりに

 東京オリンピックが延期となり、7都府県に非常事態宣言が発令されるに至り、わが国においても新型コロナウイルスの感染がどこまで拡大するのか、社会がどう変化していくのか先の見通せない状況が続いている。フードビジネス業界への影響はことに大きいと思われるが、不安や恐怖にさいなまれることなく、明けない夜はないと信じて忍従の時を乗り越えていただきたいと切に願っている。


【暗黒の恐怖】

作品基本データ
原題:Panic in the Streets
製作国:アメリカ
製作年:1950年
公開年月日:1951年8月28日
上映時間:96分
製作会社:二十世紀フォックス映画
配給:セントラル
カラー/モノクロ:モノクロ
スタッフ
監督:エリア・カザン
脚色:リチャード・マーフィー、ダニエル・フックス
原作:エドナ・アンハルト、エドワード・アンハルト
製作:ソル・C・シーゲル
撮影:ジョー・マクドナルド
美術:ライル・ウィーラー、モーリス・ランスフォード
音楽:アルフレッド・ニューマン
編集:ハーモン・ジョーンズ
キャスト
クリントン・リード:リチャード・ウィドマーク
トム・ウォーレン警部:ポール・ダグラス
ナンシー・リード:バーバラ・ベル・ゲデス
ブラッキー:ジャック・パランス
フィッチ:ゼロ・モステル
ネフ:ダン・リス
ジョン・メファリス:アレクシス・ミノティス
ポールディ:ガイ・トマジャン
ヴィンス:トミー・クック
ジョーダン:エドワード・ケネディ
コック:H・T・シアン
コチャック:ルイス・チャールズ
デュビン:レイ・ミューラー
トミー:トミー・レッティグ
ジャネット:レンカ・ピーターソン
パット:パット・ウォルシー
マッキー医師:ビバリー・C・ブラウン
クリバー:ジョージ・エーミグ
リー:ジョン・シレッキー
フェルプ:レオ・ジンサー
市長:H・ウォーラー・フォウラー・Jr
ワイナント:レックス・モード
クイン:ヴァル・ウィンター
リタ:アライン・スティーヴンス
レッドフィールド:スタンリー・J・レイス
バイオレット:ダーウィン・グリーンフィールド
ボー・クライド:エミール・メイヤー
ピート:ホアン・ヴィラサナ

(参考文献:KINENOTE)


【コンテイジョン】

作品基本データ
原題:Contagion
製作国:アメリカ
製作年:2011年
公開年月日:2011年11月12日
上映時間:106分
製作会社:パーティシパント・メディア、イメージネーション・アブダビ
配給:ワーナー・ブラザース映画
カラー/モノクロ:カラー
スタッフ
監督:スティーヴン・ソダーバーグ
脚本:スコット・Z・バーンズ
製作総指揮:ジェフリー・スコール、マイケル・ポレール、ジョナサン・キング、リッキー・ストラウス
製作:マイケル・シャンバーグ、ステイシー・シャー、グレゴリー・ジェイコブス
撮影:ピーター・アンドリュース
美術:ハワード・カミングス
音楽:クリフ・マルティネス
編集:スティーヴン・ミリオン
衣裳デザイン:ルイーズ・フログリー
キャスト
ミッチ・エムホフ:マット・デイモン
エリン・ミアーズ医師:ケイト・ウィンスレット
エリス・チーヴァー博士:ローレンス・フィッシュバーン
アラン・クラムウィディ:ジュード・ロウ
ベス・エムホフ:グウィネス・パルトロウ
レオノーラ・オランテス医師:マリオン・コティヤール
ライル・ハガティ海軍少将:ブライアン・クランストン
アリー・ヘクストール医師:ジェニファー・イーリー
ロジャー:ジョン・ホークス
イアン・サスマン博士:エリオット・グールド
オーブリー・チーヴァー:サナ・レイサン

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。