香港・中国映画の早メシ事情

今回は、現在公開中の作品を含め、数本の香港・中国映画に登場する、伝統的なファストフードからインスタント食品までの“早メシ”をとりあげていく。

「イップ・マン 最終章」のプレートランチ

香港のプレートランチの一例。
香港のプレートランチの一例。

 香港は、阿片戦争後の1842年から145年にわたってイギリス統治下にあったこともあり()、1997年に中国に返還されてからもボーダーレスな雰囲気を残した大都会である。食事情にもそれは表れていて、本格的な広東料理のフルコースを出す中華料理店から、イギリス料理、フランス料理、イタリア料理、ドイツ料理、インド料理、エスニック料理、韓国料理、日本料理といった多種多様なレストランが存在する。また、そうした専門店がある一方で、茶餐廳(チャーチャーンテーン)と呼ばれる大衆的な飲食店が軒を連ね、香港人たちに軽食類を提供している。

 2013年公開の「イップ・マン 最終章」は、中国武術の一つ、詠春拳葉問派の宗師でブルース・リーの師匠にあたるイップ・マン(アンソニー・ウォン)が、日中戦争後、国民党と共産党の内戦が続いていた1949年に広東省仏山に妻子を残して単身香港に渡り、詠春拳を広めていく過程を描いている。

 その冒頭、イップが弟子と共に茶餐廳に行くシーンがある。そこで出されたのが香港名物の「プレートランチ」。一つの皿にご飯と一緒に惣菜を盛り付け、ご飯とおかずを一皿で済ませてしまう香港人の合理的な発想に大陸育ちのイップは強い印象を受けたようで、妻のウィンセン(アニタ・ユン)が大陸から様子見に訪ねてきた際には真っ先にふるまっている。

「食神」の黯然銷魂飯

「食神」の勝負飯「叉焼煎蛋飯」改め「黯然銷魂飯」。武侠小説が名の由来となっている。
「食神」の勝負飯「叉焼煎蛋飯」改め「黯然銷魂飯」。武侠小説が名の由来となっている。

 本連載第164回で紹介した「食神」(1996)に登場する「叉焼煎蛋飯」(チャーシューと目玉焼き載せ丼)も茶餐廳の代表的なメニューの一つ。映画では、「食神」ともてはやされながら落ちぶれたシェフ・周(チャウ・シンチー)が、闇市で屋台を仕切る姐御・フォウガイ(カレン・モク)に叉焼煎蛋飯を恵んでもらい、そのうまさに料理の初心を取り戻し、食神の座を奪還すべく臨んだコンテストでの勝負飯として登場させる。

 周が作ったその丼飯は名付けて「黯然銷魂飯」(鎮魂の丼)。その名の由来は武侠小説の代表的作家、金庸の「神鵰剣俠」で、主人公の楊過が右腕を失った悲しみの中で生み出した奥義「黯然銷魂掌」にある。コンテストを前に大陸に料理修業に出た際、賊の凶弾によってフォウガイを失った悲しみを込めて周が命名した。この映画の公開後、香港の茶餐廳では「叉焼煎蛋飯」はしばらく「黯然銷魂飯」と呼ばれていたという。

「神鵰剣俠」は日本未公開の映画「レスリー・チャンの神鳥英雄伝」(1983)をはじめ、テレビドラマアニメとして何度も映像化されているので、興味を持たれた方はDVDや動画配信等でご覧いただきたい。

「恋するシェフの最強レシピ」の出前一丁

 最後に紹介するのは、現在公開中の「恋するシェフの最強レシピ」。上海の名門ローズバット・ホテル(歴史ある5つ星ホテルのインターコンチネンタル上海瑞金で撮影)を舞台に、金城武演じる世界の料理を知り尽くした“絶対味覚”を持つ実業家ルー・ジンが、ホテルの若きシェフで彼の舌を唯一満足させることのできる天才グー・ションナン(チョウ・ドンユィ)と出会い、年の差18歳の恋愛に発展していく“フード”ロマンティック・コメディである。

 ションナンがルーに作る巫女のスープパスタや18種類の卵料理といった美食メニューは、上海のフレンチレストラン「Coquille Seafood Bistro」のシェフ、ジェイソン・オークリーが顧問となって作り上げたもので、芸術品のようなケーキ等のスイーツは「Bobo LEE Cake」のパティシエ、ボボ・リーによるもの。画面からあふれ出るシズル感の連続は、まさに銀幕の“飯テロ”である。

 但馬牛のステーキを楽しむために来客との約束時間を30分遅らせるほど美食家のルーは、一方で夜食にインスタントラーメンを楽しむという意外な一面をあわせ持っている。世界を飛び回るルーのスーツケースの半分は「出前一丁」の袋麺が占めていて、深夜に目が覚めると一つ取り出しては自分で調理するといった具合。ただし、美食家だけにその作り方も一通りではない。

  1. インスタントラーメンを湯を沸騰させた鍋に入れ、スマホのストップウォッチ機能できっちり3分間計り、時間ちょうどで麺を素早く取り出す。
  2. 茹で上がった麺を氷水の中に入れ、軽く粗熱を取る。
  3. すぐに氷水から麺を取り出し、丼に移し変えて調味料を入れ、ネギを振りかけ、マー油を数滴垂らし、素早くかき混ぜる。
  4. 麺を茹でたものではない新しい湯を沸かしておき、麺がちょうど浸かる程度まで入れ、再び3分間きっちり計り、時間ちょうどで食べ始める。
「恋するシェフの最強レシピ」に登場する香港工場生産の「出前一丁」。日本とほぼ同じパッケージデザインである。
「恋するシェフの最強レシピ」に登場する香港工場生産の「出前一丁」。日本とほぼ同じパッケージデザインである。

 ルー曰く、このタイミングが1秒でもずれると、麺は台無しになってしまうとのことである。美食メニューとインスタントラーメンの両方が好きというルーの嗜好が常人には理解しがたいが、全く別の食のカテゴリーということなのだろう。

 日本では、インスタントラーメンの袋麺というと、日清食品の創業者・安藤百福が開発した「世界初のインスタントラーメン」といわれる「チキンラーメン」をはじめ、明星食品の「チャルメラ」、サンヨー食品の「サッポロ一番」、東洋水産の「マルちゃん」、エースコックの「ワンタンメン」等選択肢は多いが、香港では、1969年に輸入が開始され、1985年には現地生産が始まった日清食品の「出前一丁」がインスタントラーメンのトップシェアを誇っている。

 岡持ちを持った「出前坊や」(香港では「清仔」)のイラストが描かれたパッケージデザインは日本とほぼ同じだが、ベーシックなマー油味をはじめ、フレーバーは日本とは異なったものが数多く揃っている。茶餐廳でもインスタントラーメンをメニューとして提供しているということだが、出前一丁を指定した場合は割増料金を取る店がある等、高級ブランドとして認知されているらしい。

※ただし途中日本による占領期「三年八個月」(1941〜1945)がある。

(参考文献:「恋するシェフの最強レシピ」パンフレット)


【イップ・マン 最終章】

「イップ・マン 最終章」(2013)
作品基本データ
原題:葉問 終極一戦
製作国:香港
製作年:2013年
公開年月日:2013年9月28日
上映時間:100分
製作会社:National Arts Films Production=Emperor Motion Pictures=Pegasus Taihe Entertainment
配給:日活
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:ハーマン・ヤウ
アクション監督:ニッキー・リー、チャックリー・シン
脚本:エリカ・リー
製作:アルバート・ヤン
撮影:ジョー・チャン
音楽:マク・ジャンフン
キャスト
イップ・マン:アンソニー・ウォン
セイムイ:ジリアン・チョン
タン・セン:ジョーダン・チャン
ン・チョン:エリック・ツァン
店主:イップ・チュン
チャン・ウィンシン:アニタ・ユン
ジェニー:チョウ・チュウチュウ
ドラゴン:ホン・ヤンヤン
ウォン・トン:マーベル・チャウ

(参考文献:KINENOTE)


【食神】

「食神」(1996)
作品基本データ
原題:食神
製作国:香港
製作年:1996年
公開年月日:1997年7月5日
上映時間:92分
製作会社:星輝海外有限公司作品
配給:彩プロ
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:チャウ・シンチー、リー・リクチ
脚本:チャウ・シンチー、ケー・シー・ツァン、ロー・マンサン
製作:ヤン・ゴッファイ
撮影:ジングル・マ
音楽:クラレンス・ホイ
料理指導:トニー・チャン
キャスト
食神:チャウ・シンチー
火鶏:カレン・モク
Eric:ウ・マンタ
唐牛:クー・タクチュン
Miss Nancy:シッ・カーイン
食神コンテスト司会者:ロー・ガーイン
夢精:タッツ・ラウ
ゴウタウ:レイ・シウゲイ

(参考文献:KINENOTE)


【恋するシェフの最強レシピ】

公式サイト
http://www.hark3.com/chef/

作品基本データ

原題:喜歡・你
製作国:香港、中国
製作年:2017年
公開年月日:2018年3月10日
上映時間:106分
配給:ハーク
カラー/モノクロ:カラー
スタッフ
監督:デレク・ホイ
脚本:シュイ・イーメン、リー・ユアン
プロデューサー:ピーター・チャン、ジョジョ・ホイ
撮影監督:ユィ・ジンピン
美術:ベン・ルク
編集:デレク・ホイ、タン・シアンユアン、チョウ・シアオリン
視覚効果:チュアン・ホンクン、ヨン・クォックイン、チャン・ティックホイ
料理指導:ジェイソン・オークリー
スイーツ指導:ボボ・リー
キャスト
ルー・ジン:金城武
グー・ションナン:チョウ・ドンユィ
メン・シンジ:スン・イージョウ
シュウ・ジャオディ:ミン・シー
チェン・ジーチェン:トニー・ヤン
ルーの個人シェフ:リン・チーリン

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。