「二ツ星の料理人」魔法と侍

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現在公開中の「二ツ星の料理人」は、ブラッドリー・クーパーが、スコットランド出身のシェフ、ゴードン・ラムゼイをモデルにしたシェフを演じるドラマである。

ブラッドリー・クーパーは、コメディ映画「ハングオーバー」シリーズ(2009〜2013)等でスターとなり、「世界にひとつのプレイブック」(2012年)、「アメリカン・ハッスル」(2013年)、「アメリカン・スナイパー」(2014年)で3年連続アカデミー賞にノミネートされた。

 ゴードン・ラムゼイは、ミシュランで三つ星を獲得した「Gordon Ramsay」をはじめ、ロンドンにある3つのレストランで合計7つの星を持ち、かつてはコンラッド東京にも出店していたスターシェフである。リフォームをテーマにした人気番組「劇的ビフォーアフター」のレストラン版のような「ゴードン・ラムゼイ 悪夢のキッチン」(2004〜2007)、無名の若手シェフにお題を与え、叱咤罵倒しながら料理を競わせる「ヘルズ・キッチン〜地獄の厨房」(2005〜)、「マスターシェフ 〜天才料理人バトル!」(2010〜)といったテレビ番組にも出演し、気性の激しい毒舌のキャラクターとして知られる。本作では、クーパーに料理指導する等の協力をしている。

“ダース・ベーダー”のオヒョウのグリル

 主人公のアダム・ジョーンズ(クーパー)は、パリの師匠ジャンのもとで修業し、ミシュラン二つ星レストランのシェフとなったが、私生活で酒にクスリ、女、借金等の数々の問題を起こした末にすべてを失った過去を持つ。映画はその3年後、アメリカのルイジアナ州で彼が一から人生をやり直すために牡蠣の殻むき作業を自らに課すシーンから始まる。

 余談となるが、先日公開された想田和弘監督のドキュメンタリー「牡蠣工場」でも描かれた牡蠣の殻むきを担う「むき子」の作業は重労働で、日本の養殖産地では人手不足のためその多くを外国人労働者に依存している。これを省力化するための超高圧処理による自動殻むき機が開発されたというニュースは最近のトピックである。(※1

 100万個の殻むきを達成したアダムはロンドンに向かう。そこにはかつてのパリの店のオーナーの息子で給仕長だったトニー(ダニエル・ブリュール)がいた。現在は父が所有する「リトル・トニー・ホテル」のレストランを任されている彼に、アダムは「俺は復活した、三つ星を狙う」と宣言しシェフとして雇うよう迫る。散々迷惑をかけて店を潰しておきながら悪びれもしないアダムをトニーが追い出したのは言うまでもない。

 金に困ったアダムは才能はあるが気の弱さが祟って芽を出せずにいる若き料理人デヴィッド(サム・キーリー)を頼る。この2人の出会いについて詳しくは触れられていないが、「ヘルズ・キッチン」のようなシェフ養成番組で知り合ったことは容易に想像できる。居候を決め込んだアダムに、デヴィッドと同棲中の恋人サラ(リリー・ジェームズ)はおかんむりだが、ミシュランの星付きシェフを「スター・ウォーズ」シリーズ(1977〜)のジェダイに例えた二人の会話が面白い。

デヴィッド「1つでもルーク・スカイウォーカー、2つならアレック・ギネス(オビ・ワン・ケノービを演じた俳優)、3つならヨーダだ」

サラ「まさか、ダース・ベイダーじゃないよね?」

 容赦ない批評で店を潰すことで有名な料理評論家のシモーネ(ユマ・サーマン)を、過去に関係があったことを利用してトニーのレストランに抜き打ちで来店させ、困ったところに現れて頼まざるを得ない状況に追い込むアダムのやり方は、「まさか」の後者なのではないかと思わせるに十分である。しかしその魔法のような包丁さばきから繰り出される料理はトニーをして「彼は石でも料理にできる」と言わしめるものだった。そのうちの一品「オヒョウのグリル 卵のコンフィとコッパと共に」のレシピは以下のようなものである。

オヒョウのグリル 卵のコンフィとコッパと共に

2人分

オヒョウのグリル
オヒョウ(150g)2切れ
植物油 大さじ2
食卓塩 小さじ1/2
無塩バター(キューブ状に)25g
1.オヒョウ2切れが入るサイズで、フッ素加工したフライパンに植物油をひいて熱する。
2.オヒョウに塩でまんべんなく味を付けたらフライパンに置き、片面に焦げ目がついたら静かにひっくり返してバターをキューブ1個分ずつ加えていく。
3.泡立ったらすくって魚にかけながら、全体に焼き色が付くまでしっかり焼く。
卵のコンフィ
平飼い鶏の卵(65度のお湯に45分間つけてから、冷水に浸す)3個
1.殻と白身を取り除く。
2.黄身を包む膜を除き、ボールに入れてなめらかになるまでへらでかき回す。
3.絞り袋に入れて冷蔵庫で保存する。
玉ねぎ(Purple Grelotte Onion)
玉ねぎ(大) 1/2個
植物油 大さじ1
無塩バター 10g
鶏がらスープ 少量
1.小さめのフライパンで植物油を熱する。煙が出そうなほど温まったら玉ねぎを入れ、黒こげになるまでフライパンの中で側面を切っていく。
2.バターと鶏がらスープを加え、クッキングシートをかぶせたら、火が通るまで煮る。
3.火から外したら玉ねぎをバラして温かいまま保存する。
盛り付け
ベビーフェンネル 1/2個
フェンネル 4本
ウラギク 12個
ミルスベリヒユ 12枚
ビネガー 大さじ1
マルドンの塩 少々
コッパ(※2) 4枚
卵のコンフィを皿に絞り出し、上部にマルドンの塩を添える。ささがきにしたベビーフェンネルをビネガーと少量の塩と和える。オヒョウを半分に切り、皿にのせる。玉ねぎ、コッパ、ベビーフェンネル、フェンネルと2種の海のハーブで飾り付けをする。

(参考文献:「二ツ星の料理人」パンフレット)

劇中の「オヒョウのグリル 卵のコンフィとコッパと共に」は、ミシュラン二つ星シェフ、マーカス・ウェアリングが考案・作成した
劇中の「オヒョウのグリル 卵のコンフィとコッパと共に」は、ミシュラン二つ星シェフ、マーカス・ウェアリングが考案・作成した

そろわない「七人の侍」

 トニーはレストランを新規開店する代わりに、彼のかかりつけ医であるロッシルド医師(エマ・トンプソン)にアルコールとドラッグの依存症のチェックを受けるようアダムに促す。その治療の場で彼が理想として挙げたのが黒澤明監督の「七人の侍」(1954、本連載第103回参照)。この映画で志村喬が演じた侍のリーダー勘兵衛のように、アダムは三つ星獲得という目的のため優秀なスタッフ集めに乗り出す。

 すでに自分を入れて生き残りの3人(七郎次こと女房役の給仕長トニーと、勝四郎のような若者デヴィッド)は確保した。次は異端児の菊千代だ。旧友の経営するレストランを訪れた彼は紅一点の料理人エレーヌ(シエナ・ミラー)の作ったパスタの味に感心しソーシエ(ソース担当者)として引き抜こうとするが、アダムをうぬぼれの強い過去の人と思っている彼女は取り合わない。

 アダムは気を取り直して今度は参謀役の五郎兵衛ことスーシェフ(副料理長)を当たる。ジャンの店で同僚だったミシェル(オマール・シー)。彼が独立した時、アダムが店にネズミを放って営業停止に追い込んだ因縁の仲だが、あっさりと過去を水に流して協力するという。やはりジャンの店の同僚で今では三つ星レストランのシェフとなっているリース(マシュー・リス)は剣豪の久蔵といったところか。チームではないがライバルとしてモチベーションを高めてくれそうだ。料理を軽んじた同僚に対して傷害事件を起こし刑務所に入っていたマックス(リッカルド・スカマルチョ)はムードメーカーの平八的な陽気なイタリアン。

 最後に裏に手を回してエレーヌがクビになるように仕向けたうえで、シングルマザーの弱みに付け込んで3倍の給料を提示して引きずり込むことに成功したアダムは、やはり勘兵衛よりも“暗黒面”のダース・ベイダーという方が似つかわしい。

 かくして個性的で有能な人材をそろえたアダムの新店「ランガム」がオープンするが、絶対服従と完璧さを求めるアダムによって厨房はギスギスした雰囲気に包まれ、空席があることや前評判の悪さを書き立てる新聞記事を見たことも手伝って、彼は遂に限界を超え癇癪を起してしまう。手当たり次第に物を投げつけ、スタッフに当たり散らす。エレーヌに「ヒラメの切り身に謝れ!」と迫る姿はほとんど子供のようで笑ってしまう。彼が理想とした、野武士から村を守るために侍と村人を統率する勘兵衛の姿とは正反対のものだ。

ミシュランの“お約束”

 さすがのアダムもへこむ大惨事に手を差し伸べたのは、意外にもエレーヌだった。アダムが活躍した3年前とは状況が変わり、リースが採用している分子ガストロミーの低温調理法がトレンドとなり、「フライパンは過去の遺物だ」という若手料理人まで出ていた。彼女は厨房に真空調理器を持ち込み、アダムにも使用を勧める。

 彼はビニールに覆われた食材を見て「コンドームで温めたのか」と揶揄するが、その効果を確認すると、積極的に新メニューに取り組んでいく。そしてテレビに出演すると開店初日の不手際のお詫びに1週間無料で料理を提供すると宣言。ランガムはかつてのパリの店のように繁盛し始め、いつミシュランの調査員が来てもいいような体制を整えていく。

 ミシュランの調査員の来訪は秘密で誰にもわからないが、真偽のほどはともかくとして、彼らにはある一定のパターンがあると関係者の間ではまことしやかに囁かれていた。その噂を知ることも、この映画の楽しみの一つだろう。

 順風満帆に見えたアダムだったが、過去を完全に清算できてはいなかった。店をオープンしてメディアに取り上げられたことがかえって過去を呼び寄せてしまう。パリから怪しげな2人の男がやって来て、彼に借金の返済を迫ると同時にリンチを加えて帰って行ったまさにその日だった。ミシュラン調査員の噂と特徴がピタリと一致する客が店に現れたのは。果たしてアダムは傷だらけの体で三つ星にふさわしい料理を作ることができるのか……。

 この後は友情と裏切りと恋愛が入り組んだ怒涛の展開となっていくのだが、そこは実際に映画をご覧いただきたい。

こぼれ話

 本作の見どころである料理とそのレシピは、かつてゴードン・ラムゼイの右腕を務め、自身もミシュランの二つ星を獲得したイギリス人シェフで、本作のシェフ・コンサルタントであるマーカス・ウェアリングが考案・作成したものである。その絵画のような最先端料理の数々は、ロンドンのコヴェント・ガーデンにある「Tredwell’ s」と、ナイトブリッジにある「Marcus」、セント・パンクラスにある「The Gilbert Scott Bar & Restaurant」で味わうことができる。

●Marcus Wareing Restaurants
http://www.marcuswareingrestaurants.com

※1 日本経済新聞「カキの自動殻むき機、石巻の桃浦合同が神戸製鋼と共同開発」

http://www.nikkei.com/article/DGXLZO86639150R10C15A5L01000/

※2 コッパ:coppa。豚の首の肉で作るイタリア産の生ハム。カポコッロ(Capocollo)。


【二ツ星の料理人】

公式サイト
http://futatsuboshi-chef.jp/
作品基本データ
原題:BURNT
製作国:アメリカ
製作年:2016年
公開年月日:2016年6月11日
上映時間:101分
製作会社:The Weinstein Company
配給:KADOKAWA
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:ジョン・ウェルズ
脚本:スティーブン・ナイト
原案:マイケル・カレスニコ
製作:ステイシー・シェア、アーウィン・ストフ、ジョン・ウェルズ
撮影:アドリアーノ・ゴールドマン
美術:デビッド・グロップマン
編集:ニック・ムーア
衣装デザイン:エリザベス・パオロ
音楽:ロブ・シモンセン
音楽監修:デイナ・サノ
キャスティング:ニナ・ゴールド
シェフ・コンサルタント:マーカス・ウェアリング
キャスト
アダム・ジョーンズ:ブラッドリー・クーパー
エレーヌ:シエナ・ミラー
ミシェル:オマール・シー
トニー:ダニエル・ブリュール
マックス:リッカルド・スカマルチョ
デヴィッド:サム・キーリー
リース:マシュー・リス
ロッシルド医師:エマ・トンプソン
サラ:リリー・ジェームズ
ケイトリン:サラ・グリーン
アン・マリー:アリシア・ヴィキャンデル
シモーネ:ユマ・サーマン

(参考文献:KINENOTE、「二ツ星の料理人」パンフレット)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。