ヒッチコック「泥棒成金」の食べ物

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フライドチキンの弁当
地中海を臨む小高い丘の上でフライドチキンの弁当を広げるロビーとフランセス

今回は先日リバイバル公開されたアルフレッド・ヒッチコック(以下ヒッチ)監督作品「泥棒成金」(1955)に登場する食べ物について取り上げる。

南仏リヴィエラ(コート・ダジュール)の位置関係図
南仏リヴィエラ(コート・ダジュール)の位置関係図

 本作はデイヴィッド・ドッジの探偵小説の映画化で、南仏のリヴィエラ(コート・ダジュール)を舞台にしたロマンチック・ミステリーである。「断崖」(1941)や「汚名」(1946)、後に「北北西に進路を取れ」(1959)といったヒッチ作品の常連であるケーリー・グラントが主演を務め、「ダイヤルMを廻せ!」(1954)と「裏窓」(1954)に出演したグレース・ケリーがヒロインを演じている。

前科者のレストラン

 ジョン・ロビー(グラント)は第二次世界大戦前に「キャット」という異名をとった宝石泥棒であった。戦時中にレジスタンスとして活躍した後、恩赦となってリヴィエラの別荘で隠居生活を送っていたが、今また彼の手口にそっくりな偽の「キャット」を名乗る宝石泥棒が出没し、新聞の三面記事を賑わせていた。彼は、別荘に任意同行を求めにやって来たルピック警視(ルネ・ブランカール)から逃れ、旧友のベルタニ(チャールズ・ヴァネル)を頼って彼の経営するレストランを訪れる。ベルタニをはじめ厨房で働くシェフたちは、皆ロビーのかつての刑務所仲間だった。

「切ったり刻んだり、昔のままさ……」

 仮釈放中の彼らにとって、再犯の嫌疑がかかっているロビーは招かれざる客でしかなかった。ヒッチはその心理を、ニンジンの葉を乱暴にむしったりする調理作業の荒っぽさで見せている。

キッシュ・ロレーヌと血の匂い

 真犯人を探し出すことで疑いを晴らそうと決意したロビーは、ベルタニから情報を得て偽キャットが狙いそうな高価な宝石の所有者のリストを持っている保険屋のヒュースン(ジョン・ウィリアムス)とニースの花市場で接触し、彼を別荘に招いて昼食を共にする。

 そこで出されるのがキッシュ・ロレーヌ。その名の通りフランス・ロレーヌ地方の名物料理で、パイやタルトの生地で作った器の中に卵や生クリーム、ベーコン、野菜などを入れ、チーズを載せてオーブンで焼き上げたキッシュである。

 ヒュースンは召使の女性の料理の腕前をほめるが、ロビーは、レジスタンス時代に彼女がドイツ軍将校をその手で絞め殺したと告げ、彼の食欲を減退させるのだった。

丘の上のフライドチキン

フライドチキンの弁当
地中海を臨む小高い丘の上でフライドチキンの弁当を広げるロビーとフランセス

 ロビーは材木商のバーンズという偽名でカンヌの高級ホテル、インターコンチネンタル・カールトンに潜入し、ヒュースンの紹介でアメリカから来たスティーヴンス母娘と知り合う。母親のジェシー(ジェシー・ロイス・ランディス)は夫が遺した油田で財を成した富豪で、高価なダイヤモンドのアクセサリーを身に付けていた。

 ロビーは彼女の美しい娘フランセス(ケリー)に近付くが、彼女は彼の正体に気付く。彼女は彼をオープンカーでのドライブに誘い、ロビーを尾行する黒パト(覆面パトカー)と一大カーチェイスを繰り広げる。モナコ・グランプリやモンテカルロ・ラリーを思わせる曲がりくねった山道を見事なハンドルさばきでかっ飛ばしていくフランセスにロビーはハラハラさせられる。

 やがて道を横切るニワトリ(フランスの国鳥であり、この後のフライドチキンのシーンにつながる)を避け切れなかった黒パトはあえなくクラッシュ。フランセスとロビーを乗せたオープンカーは地中海を望む絶景スポットの丘の上で停まり、フライドチキンとビールの弁当を広げながら、彼女は彼の真意を探るのだった……。

 この時代の南仏でフライドチキンを手づかみで食べるスタイルがいかにもアメリカ風で面白かったのと、この映画の公開翌年の1956年にモナコ公国のレーニエ大公と結婚し銀幕を引退したグレース・ケリーが、1982年にこのロケ地の近くで自動車事故を起こして他界したという点でも因縁深いシーンである。

こぼれ話

 このドライブの後、カンヌのホテルの部屋で純白のドレスとダイヤモンドの首飾りを身に付けたグレース・ケリーとケーリー・グラントが、打ち上げ花火を背景に繰り広げるラブシーンはこの映画のハイライトであり、ブライアン・デ・パルマの「ミッドナイトクロス」(1981)をはじめとする後世の作品に大きな影響を与えている。

 また、恒例のヒッチのカメオ出演は冒頭のロビーが別荘からの逃走に使ったバスで、彼の隣に座った乗客としてである。

作品基本データ

【泥棒成金】

★ 「泥棒成金」(1955)

原題:To Catch a Thief
製作国:アメリカ
製作年:1955年
公開年月日:1955年10月14日
上映時間:106分
製作会社:パラマウント映画
カラー/サイズ:テクニカラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
メディアタイプ:フィルム
音声:モノラル

◆スタッフ
監督・製作:アルフレッド・ヒッチコック
原作:デイヴィッド・ドッジ
脚色:ジョン・マイケル・ヘイズ
撮影:ロバート・バークス
音楽:リン・マレー
衣装デザイン:エディス・ヘッド
編集 :ジョージ・トマシーニ

◆キャスト
ジョン・ロビー:ケーリー・グラント
フランセス・スティーヴンス:グレイス・ケリー
ジェシー・スティーヴンス:ジェシー・ロイス・ランディス
ヒュースン:ジョン・ウィリアムス
ベルタニ:シャルル・ヴァネル
ダニエル:ブリジット・オーベエル
ルピック警視:ルネ・ブランカール

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。