東宝特撮映画「マタンゴ」のキノコ

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どぎつい色のキノコを食べながら「おいしいわよ~」と笑いかける麻美。
どぎつい色のキノコを食べながら「おいしいわよ~」と笑いかける麻美。手はキノコ色に変色し、グリーンのスカーフと衣装が植物らしさを強調している。

今年は「ゴジラ」(1954)の第1作が公開されてから60年目に当たり、今夏にはハリウッド製のリメイク版も公開が予定されている。今回はそれにちなみ、ゴジラシリーズを生んだ東宝特撮映画の一本「マタンゴ」(1963)に登場するキノコをご紹介する。

怪獣ものとは違う大人の味

 本作はウイリアム・ホープ・ホジスンの小説「夜の声」を原作に、SF作家の星新一と福島正美が原案、「美女と液体人間」(1958)、「ガス人間第一号」(1960)といった「変身人間シリーズ」を手がけた木村武(馬淵薫)が脚色を担当している。そしてゴジラシリーズをはじめとする東宝特撮映画のほとんどをプロデュースした田中友幸、黒澤明等の助監督を経て東宝特撮映画のメイン監督となった本多猪四郎、東宝特撮映画のほとんどの特技監督を担当する傍らで円谷プロを設立し「ウルトラマン」シリーズ(1966~)の生みの親ともなった「特撮の神様」こと円谷英二と、東宝特撮映画の黄金時代を築いたスタッフが結集し、子供向けの怪獣バトルに変質しようとしていたゴジラシリーズとは一味違う、都会と無人島での生活を対比した大人の鑑賞に耐え得る作品に仕上げている。

箱詰めの巨大シメジ

 物語は東京の夜景を臨む病院の一室に入院中の大学教授、村井(久保明)の回想の形で進行する。

 村井と教え子で恋人の明子(八代美紀)、大企業の二代目社長の笠井(土屋嘉男)、笠井の愛人で歌手の麻美(水野久美)、笠井の部下でヨットのベテラン作田(小泉博)、推理小説作家の吉田(太刀川寛)、漁師で臨時雇いの小山(佐原健二)の7名は、作田が船長を務める笠井のヨットで航海中に突然の嵐に襲われ遭難してしまう。

 水と食料が残り少なくなり絶望かと思われた時、深い霧に覆われた無人島が姿を現す。島に上陸した一同は、キノコが生い茂る密林の中で彼ら以前に漂着したらしい人間の足跡を発見する。たどっていくと反対側の海岸に一隻の国籍不明の船が座礁していた。その船は当時太平洋で行われていた核実験による生物の影響を調べる海洋調査船らしかったが、カビだらけの船内には生存者の姿はなかった。

 そして巨大なシメジのようなキノコが収められた大きな木箱には「MATANGO」と書かれており、なぜか室内の鏡はすべてなくなっていた。残された航海日誌にによると、どうやらキノコが謎のカギを握っているようだったが、この時点ではその真相は誰にも想像がつかなかったのである。

 一同は今後この島で生き延びるための方法について話し合うが、彼らは夜の銀座や六本木で遊び回っていたお坊ちゃんお嬢ちゃんぞろいでサバイバル能力には欠けていた。唯一、小山は庶民の嗅覚で船に残された缶詰等の食料を見つけ出し、都会育ちの不甲斐ない連中に檄を飛ばす。

「あんたら、鉄砲担いで山をぶらぶらして、それで食い物探してるつもりかね。草を見たら一本一本引っこ抜いて、その根をしゃぶってみる。新芽を見たらこれも口に入れて噛んでみる。これが食料探しだろ」

禁断のキノコの甘い味

どぎつい色のキノコを食べながら「おいしいわよ~」と笑いかける麻美。
どぎつい色のキノコを食べながら「おいしいわよ~」と笑いかける麻美。手はキノコ色に変色し、グリーンのスカーフと衣装が植物らしさを強調している。
密林の中で笑い声のような音を立てながらムクムクと成長するキノコ
密林の中で笑い声のような音を立てながらムクムクと成長するキノコ

 それでも彼らは缶詰等のまともな食糧が底をついてくると、雑草や木の根を食べるような飢餓状態に置かれるよりも安易な道を選ぼうとする。笠井は作田に修理したヨットに残りの食料を全部積んで二人だけで脱出しようと提案するも作田に置き去りにされ、吉田はついに禁断のキノコに手を出す。まるで都会で酒や薬物に依存するような感覚で。いつしか麻美や笠井もそれに追従し、その結果、恐ろしいことが起きようとしていた……。

 劇中で出演者たちが食べるキノコは、東宝撮影所のある世田谷区砧にほど近い成城学園前に今も本店がある和菓子・洋菓子店の風月堂に特注して作らせた餅を東宝の美術部が食紅などで着色したものだという説がある(※1)。砂糖で味付けされたそれは実際に美味であり、キノコを食べて頭がおかしくなった麻美が、笠井や村井に「おいしいわよ~」とキノコを奨めるシーンの笑顔に貢献したというエピソードも残っている。

 また、密林の中でキノコが成長していくシーンには発泡ウレタンが化学反応を起こして膨れ上がっていく様子に笑い声のような音を重ねて不気味な効果をあげている。ちなみにこの効果音は後に「ウルトラマン」に登場するバルタン星人の声に転用されたとのことである(※2)。

 この映画がトラウマとなってキノコが食べられなくなった人も多いと聞くが、かつて映画の撮影現場で“消え物”(劇中の食事)を担当していた筆者としては、是非この“キノコ餅”を再現してみたいと思った次第である。

参考文献
※1「女優 水野久美」(水野久美、樋口尚文著、洋泉社)P-93
※2「東宝特撮映画大全集」(ヴィレッジブックス)P-70~p-73

【マタンゴ】

「マタンゴ」(1963)

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1963年
公開年月日:1963年8月11日
上映時間:89分
製作会社:東宝
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:本多猪四郎
特技監督:円谷英二
脚色:木村武
原作:ウイリアム・ホープ・ホジスン(「夜の声」より)
原案:星新一、福島正実
製作:田中友幸
撮影:小泉一
美術:育野重一
音楽:別宮貞雄
録音:矢野口文雄
整音:下永尚
照明:小島正七
編集:兼子玲子
衣裳:坂尾幸
製作担当者:中村茂
助監督:梶田興治
記録:市原伊与子
スチル:田中一清
特技撮影:有川貞昌、富岡素敬
特技美術:渡辺明
特技照明:岸田九一郎
合成:向山宏
特殊機械:中代文雄、松本光司
火薬:山本久蔵、渡辺忠昭
石膏:小田切幸夫、富樫美津雄
光学撮影:真野田幸雄、徳政義行
光学作画:黒川博通
特技編集:石井清子
特技スチール:田中一清
特技製作担当者:小池忠司
特技助監督:中野昭慶
造形:利光貞三、八木康栄、八木勘寿
キャスト
村井研二:久保明
笠井雅文:土屋嘉男
作田直之:小泉博
吉田悦郎:太刀川寛
小山仙造:佐原健二
関口麻美:水野久美
相馬明子:八代美紀

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。