豆腐の味は人生のそれに似て

[311 ]「ファの豆腐」「高野豆腐店の春」から

2023年の夏は連日の猛暑続きで、クーラーの効かない部屋で過ごしている筆者の場合は、冷たい食べ物でないと喉を通らないことが多かった。そんな時に有難かったのが、さっぱり涼やかな冷奴。タンパク質を豊富に含みながら、低カロリーでお財布にも優しい豆腐は、筆者の好物の一つである。そこで今回は、豆腐を題材とした映画を2本取り上げてみたいと思う。奇しくも両作品とも、父娘で営む豆腐店を舞台とした作品である。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

個人経営の豆腐店は“オワコン”なのか?

 一本目の「ファの豆腐」(2011)は、経済産業省とNPO法人映像産業振興機構(VIPO)が主催する、次世代のクリエイター発掘を目的としたプロジェクト“コ・フェスタPAO”のうち、“movie PAO”のカテゴリで製作された中・短編集「白い息」の一本である。

 舞台は東京の下町。主人公の豆腐店の娘、朝子(菊池亜希子)は、いったんは就職して家を出たものの、失業して出戻り、店をたたもうとしていた父(塩見三省)に家業を継ぐと宣言。父の作った豆腐を自転車に乗せて行商する、穏やかながら単調な日々を送っていた。しかし、ある人物との再会で日常にさざ波が立つというストーリーである。

 タイトルは、朝子が行商で使うラッパの音がうまく出せなくて、吹く音と吸う音の二音出るところ、吹く「ファ」の音しか出せないことに由来している。

 一人暮らしの老人とタワマン新住民の増加、商売は左前でも家賃収入で生計を得ている旧住民などなど、現代の下町あるあるを40分という短い尺の中で見事に描き出している。なかでも“普通においしい”豆腐が大量生産され安く出回るようになったうえに、学校給食の需要もなくなった個人経営の豆腐店の苦しい現状については詳述されていて、朝子と父が生き残りのために打つ“次の一手”が、本作の見どころの一つになっている。

頑固親父の繊細な味

「高野豆腐店の春」より。型出しされて水槽を漂うカットされた豆腐たち。
「高野豆腐店の春」より。型出しされて水槽を漂うカットされた豆腐たち。

 現在公開中の「高野豆腐店たかのとうふてんの春」は、広島県尾道市が舞台。尾道と言えば、「豆腐屋にトンカツを作れというのは無理だよ」()という名言を残した小津安二郎監督の代表作「東京物語」(1953、本連載第179回参照)や、当地出身の大林宣彦監督の「転校生」(1982)、「時をかける少女」(1983)、「さびしんぼう」(1985)の“尾道三部作”の舞台として知られるなど、映画にとって特別な“聖地”の一つである。本作でも先達に敬意を表してか、「東京物語」のファーストカット等で登場する住吉神社の石灯籠や、笠智衆と原節子の夜明けのシーンで使われた浄土寺がロケ地となっている。

 主人公の高野辰雄(藤竜也)は、全国各地から厳選した大豆を取り寄せ、豆の味を前面に出したこだわりの豆腐を作っている頑固な豆腐職人である。自店での小売りだけでなく、地元のスーパーにも卸しているが、東京への出荷は頑なに断っている。

 辰雄は、毎日陽が昇る前に作業場に入り、「出戻りの一人娘」春(麻生久美子)と二人三脚で豆腐を作っている。春は毎朝辰雄に「おはようございます。今日もよろしくお願いします」という他人行儀な挨拶を欠かさない。これは豆腐職人である父に対する敬意の表れであるが、それだけではないことが後にわかる。そして豆腐作りが一段落すると、搾りたての豆乳を飲みながら休憩するのも二人の毎日のルーチンである。

 春は豆腐作りを一通り辰雄から教わっているが、一度もやらせてもらったことがない作業が一つ。それは“にがり”の投入だ。春曰く「“にがり”でお豆腐の人格が決まる」とのことである。

 辰雄は、あるきっかけで同じ年頃の婦人、中野ふみえ(中村久美)と親しくなる。スマホを持たない辰雄が連絡先を教えるために店の名刺を渡したところ、ふみえが「高野豆腐こうやどうふの専門店ですか?」と返すやり取りがおかしい。辰雄が彼女に教えた高野豆腐店の豆腐の正しい食べ方は、まず何もつけずに食べて豆の香りを楽しんだ後で、塩を少量ふって食べるというもの。これの意味するところは、醤油が豆腐本来の味を殺してしまうほど繊細な味だということだ。春の「お父ちゃんの作るお豆腐は、柔らかくて、甘くて、豆本来の苦みも残して、お父ちゃんそのものの味」というセリフが、すべてを表しているように思える。

 ストーリーの方は、春が家に戻った原因に責任を感じた辰雄が、周囲を巻き込んで再婚相手探しに奔走するというもの。これも小津映画へのオマージュだろうか。しかし、父役が笠智衆ではなく藤竜也だけに、穏やかには終わらない。また、春の意外な選択にも注目だ。

※小津のこの趣旨の言葉はさまざまな形で伝えられているが、ここでは『監督 小津安二郎』(蓮實重彦著、筑摩書房)にあるものを記した。


【ファの豆腐】

作品基本データ
製作国:日本
製作年:2011年
公開年月日:2011年6月11日
上映時間:40分
製作会社:テレビマンユニオン
配給:アークエンターテインメント
カラー/サイズ:カラー/16:9
スタッフ
監督:久万真路
脚本:本調有香
プロデューサー:熊谷喜一
撮影:大塚亮
美術:三ツ松けいこ
音楽:畑中正人
録音:高橋一三
編集:鈴尾啓太
衣装デザイン:小川久美子
ヘアメイク:酒井夢月
キャスティング:田端利江
制作主任:村山亜希子
助監督:宮田宗吉
キャスト
朝子:菊池亜希
朝子の父:塩見三省
幼なじみの男:三浦誠己
おばあちゃん:瀬能礼子
主婦:ともさと衣
男の子:須藤偉生
リサイクル屋:千葉ペイトン

(参考文献:KINENOTE)


【高野豆腐店の春】

公式サイト
https://takanotofuten-movie.jp/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2023年
公開年月日:2023年8月18日
上映時間:120分
製作会社:「高野豆腐店の春」製作委員会(企画・製作プロダクション:アルタミラピクチャーズ)
配給:東京テアトル
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督・脚本:三原光尋
製作:桝井省志、太田和宏
プロデューサー:桝井省志、土本貴生、山川雅彦
撮影:鈴木周一郎
美術:木谷仙夫
音楽:谷口尚久
エンディングテーマ:エディ藩
録音:郡弘道
照明:志村昭裕
編集:村上雅樹
アシスタントプロデューサー:吉野圭一
助監督:金子功、小村孝裕
タイトルデザイン:赤松陽構造
キャスト
高野辰雄:藤竜也
高野春:麻生久美子
中野ふみえ:中村久美
金森繁:徳井優
鈴木一歩:菅原大吉
横山健介:山田雅人
山田寛太:日向丈
金森早苗:竹内都子
西田道夫:桂やまと
田代奈緒:黒河内りく
村上ショーン務:小林且弥
坂下美野里:赤間麻里子
坂下豪志:宮坂ひろし

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。