話半分に読む「病気にならない生き方」

確かにミルクは子供用だが……
確かにミルクは子供用だが……
確かにミルクは子供用だが……
確かにミルクは子供用だが……

「病気にならない生き方/ミラクル・エンザイムが寿命を決める」(新谷弘実著、サンマーク出版)という本が100万部を超えるベストセラーになっているというので、つれあいが買ってきた。数日経って、肉を食べるのをやめると言い出した。牛乳も飲まないと言う。胃の調子が悪いからH2ブロッカー系の胃薬を買うと言っていたのも、やめたと言う。

 ここ数年、肉はちょっと食べるぐらいがいいと私が言っているのに、彼女はよくたくさん買ってくる。弁当にもたっぷり入れろと言う(毎朝、家族全員分の弁当を私が作っている)。牛乳も卵も食べる必要はないと言っているのに、これも買ってくる。H2ブロッカー系の胃薬は、必要かどうか医師に診てもらってから処方してもらうべきだと言っても、彼女は聞く耳を持たなかった。

 それが、1冊の本を読んだだけでこうも変わる。著者は内視鏡外科のパイオニアたる医師。凡夫たる私などとは説得力が違うというわけで、恐れ入ることだ。これは捨て置けぬということで、読んでみた。

「病気にならない生き方/ミラクル・エンザイムが寿命を決める」(新谷弘実著、サンマーク出版)

 私の個人的な趣味、嗜好として、この本が薦める食習慣は、概ね私も好きなタイプのものだ。特に目新しいものではない。薬に頼らないこと、酒、たばこはやめる、寝る4~5時間前までに食事を終えるなどなど、誰でも母親から小言として言われてきたようなことだ。加えて、肉、牛乳、脂肪を摂り過ぎない、植物性の食事を心がけるなどの点は、マクロビオティック、ナチュラル・ハイジーン、ジョン・ロビンズ(バスキン・ロビンズ創業者の一人アーヴ・ロビンズの息子)が創設したアース・セイブなどが薦める食習慣を彷彿とさせる。これにさらに近い食生活は、マクガバン報告に紹介された昔の日本食ということになるだろう。

 ただし、従来の類書と同様の食習慣を薦めるだけでなく、そうした書物にありがちな、トリッキーな表現、断言すれば誤りとなる事柄、不適当な論拠なども含んでいる。「私はまだ一度も死亡診断書を書いたことがありません」「農薬を使った作物に生命エネルギーはない」「牛の乳は本来、子牛のための飲み物である」などなどだ。

 つれあいとは二つの点に注意して読もうと話した。一つは、著者は内視鏡外科の専門家であって、栄養学や疫学・公衆衛生学の専門家ではないこと。いま一つは、内容はその著者が医師生活の中で感じたこと、考えたことを書いているのであって、統計的な裏付けを伴う厳密な報告ではないこと。平たく言えば、世間話の一つということだ。

 以前ある医師と話していて、医師免許を取得するために栄養学の単位は必要ないと聞いた。それ以来、病院で受けるアドバイスでも、セミナーなどで聴く話でも、医師の食べ物に関する話はグルメ体験以外は話半分に聞いている。実際、医師の食生活に関するアドバイスというのは、一人ひとり全く違うものだ。ちなみに、中年になってからの健康診断の折、「コメを食い過ぎてはいかん。肉を食べなさい」と言われたときは、その場で吹き出しそうになった(アトキンス・ダイエットが上陸する前のこと。炭水化物を目の敵にする医師も多いらしい)。

 さて、ともすれば従来の諸説の焼き直しとも思えるこの書籍だが、一つだけ独自性を発揮する新機軸が盛り込まれている。サブタイトルの「ミラクル・エンザイムが寿命を決める」とする主張だ。著者は、どのような酵素にもなることができる「ミラクル・エンザイム」が体内にあるのではとする仮説を持っており、その「ミラクル・エンザイム」の量を保つことを、この本で推奨する食習慣の狙いとしている。

 果たして。「ミラクル・エンザイム」はあるのか? その答えは、この仮説に興味を持った人による研究を待つほかはない。

 私の場合、「ミラクル・エンザイム説」に触れて連想したのは、東洋の「氣」(その道の人々は「気」とは書いてはいけないと言う)や、アインシュタイン以前の物理学で仮定されていた「エーテル」など。これらをもってすれば、さまざまな現象をうまく説明できるとする人は、今日なお多い。例えば、農業関係では、気象や植物の生長などにまつわる現象を「氣」で説明する農家は多いし、オーストラリアや米国には、エーテルのコントロールで雨を降らせるというレイン・メーカー(人工降雨専門家)もいる。

 今日の自然科学は、「氣」や「エーテル」の存在を裏付ける証拠を示していない。だが、今もこれらを信じる人たちにとって、それは大きな問題ではなさそうだ。「氣」や「エーテル」は物事を説明する上で”仲立ち”となる概念であり、その存在が物理的に証明される必要はないと考えているようだ。

 今日現在は、「ミラクル・エンザイム」もそのようなものの一つとして受け取っておけばいいだろう。100万人読者が、事実と意見を読み分ける冷静な読書習慣を持っているとすればだが。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

About 齋藤訓之 307 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →