アマゾンのホールフーズ買収

6月16日、米アマゾン・ドット・コム(以下アマゾン)が、高級スーパーの米ホールフーズ・マーケット(以下ホールフーズ)を買収すると発表しました。

 アマゾンがホールフーズを買うという噂は以前からありました。また、ブルームバーグの今年4月12日の記事によれば、アマゾンは昨年秋にホールフーズ買収を検討したものの、そのときは実際には動かなかったということです。

 今回の買収には、“物言う株主”(activist)とされる米ジャナ・パートナーズがホールフーズの8%超の株式を保有した上でホールフーズに対してアマゾンへの身売りを促したことで動いたようです。

子育てを始めたヒッピー世代を顧客に

ホールフーズ・マーケット(ニューヨークで)。
ホールフーズ・マーケット(ニューヨークで)。

 ホールフーズは1978年に現CEOのジョン・マッケイによって自然食品店として創業しました。その後同業他社を買収しながら拡大し、現在は米国を中心に四百数十店を展開しています。米国を代表する小売チェーンのウォルマートが各業態合わせて約5000店を展開しているのに比べれば小さなチェーンですが、有機食品、自然食品をメインに扱う高級スーパーとしては真っ先に名前の挙がるチェーンです。

 アメリカの自然食品店は、第二次世界大戦後に起こった反現代文明、脱工業社会の思潮の中で生まれ、それらが扱う有機食品や自然食品は1960年代のヒッピームーブメントの中で若者に浸透しました。その後、彼らが社会に拡散する中で自然食品店と有機食品がビッグビジネスになっていきました。

 ホールフーズが創業した1978年は、その動きの中、“元ヒッピー”の若者たちが子育て世代にシフトした頃であり、時流に乗って成功したチェーンと見ることができるでしょう。

 さすがにリーマン・ショック後の2009年には大きな売上高減を見たものの、それ以外は順調に成長してきたホールフーズですが、ここ数年は成長が鈍化し、それがジャナの口出しの背景となったようです。

一方にはアマゾンが斬り捨てた業態が

 一方、アマゾンのホールフーズ買収の報に触れてまず想起するのは、生鮮食品配送サービスの「Amazonフレッシュ」です。アマゾンはこれの展開を開始して10年が経ち、現在、米国のみならずイギリス、日本、ドイツでも展開しています。しかし、実はホールフーズ買収の交渉が行われていたと思われる同じ時期に、アマゾンは日用品販売サイト(Diapers.comとSoap.com)を閉鎖すると発表していました。黒字化の目処が立たなかったということです。

 日用品というのは、主に紙おむつなどの紙製品や洗剤類です。ここから先は一般論ですが、これらの商品の特徴を考えてみましょう。それは高頻度の定期的な購買があるものと期待できるものの、かさばるもの、重いもの、しかも安価なものです。しかし、通信販売というものは広告と送料に大きなコストを要する業態です。こういうものは昔から通信販売に向かないものとされてきました。悪い言い方をすれば、こういうものは、消費者に送料とピッキングの人件費を負担してもらう業態が適しているわけです。すなわち、消費者が自分のお金で買った自分の車と燃料を使って自分で運転して来店し、自分で品物を選んで代金を支払って持ち帰ってもらう、という形です。

軽く・かさばらず・高単価・高頻度商品が欲しかった

 通信販売や宅配の業態に必要なものはそうではなく、軽く、かさばらず、しかも単価の高い、そして高頻度の定期的な購買のあるものです。高級ブランドのアパレル、時計、情報端末などはふさわしいものですが、残念ながら高頻度の定期的な購買は期待できません。

 その点、有機食品や自然食品は、食品であるがゆえに定期的な購買が期待できます。しかも軽く、かさばらないものがあり、紙製品や日用品よりも高い重量当たりの単価が期待できます。

 アマゾンのホールフーズ買収の動機としては、店舗受取サービスの開発やホールフーズが注力してきたInstacart(買い物代行)などとのシナジーも指摘されています。もちろん、今後のオムニチャネル戦略の中でそれらも重要な視点でしょう。ただ、それが主な狙いだとすれば、もっと店舗数の多いチェーンがターゲットになったのではないでしょうか。

 さて、それならば今後アマゾンが日本でも高級スーパーの買収なり提携、そして国産有機農産物の取り扱い増なども考えられるでしょうか。もちろんそれもあり得るとは言えるでしょう。ただしそれは、ホールフーズが現在扱っている米国と諸外国産の有機農産物と日本産有機農産物の原価を比べてから考えるべきでしょう。むしろ国内生産者にとっては黄色信号と見ておいたほうがよいようにも思えます。

※このコラムは日本食農連携機構のメールマガジンで公開したものを改題し、一部修正したものです。

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →