ワインの異臭の原因には屋上の高置水槽の汚れもある

ワイン・グラスに異臭を残すのは、グラスを拭くクロスに雑菌が繁殖している場合だけではない。屋上の高置水槽の汚れは飲み水の異臭の元となるだけでなく、洗浄水として使った場合にもグラスに異臭を残す。専門家はそれを知っていて、適切な設備を整えている。

洗浄水の水質もグラスに臭いを付ける

 グラスにかかわるアクシデントとして、もう一つ留意していただきたいことがある。屋上の高置水槽から上水が供給されるビルやマンションで起きる事故だ。タンク内にラン藻類が繁殖してしまっている場合に起きる。

 このような水でグラスを洗浄した場合、洗浄したてのグラスでは何の問題も発生しないのだが、水切り乾燥させて数日経過したグラスにワインや水を注ぐと微かに沼のような臭いやある種の土(かつて濾過助剤用珪藻土は独特の臭いを持っていたもので、それを連想させる)のような臭いが感じ取れる場合があるのだ。この場合もグラスは光沢を失ってはいない場合が多いので始末に悪い。

 現在では高置水槽の蓋は施錠が義務付けられているが、施錠義務のない時代には水道水に微かな腐敗臭を嗅ぎ取り、高置水槽を調べてみたら鳥などの屍骸が浮いていたなどということもあったのである。マンションなどの共同ビルの高置水槽は定期的に洗浄されているが、タンクが樹脂製の場合には太陽光を部分透過してしまう場合があり、設置環境によっては予想外のスピードでラン藻類の大量繁殖が起きてしまう場合があるのだ。

 グラスにかかわるこれら二つのアクシデントがワインに着せてしまう濡れ衣は、ワインを注ぐ前に少量の浄水をグラスに注いでみるだけで確認、回避が可能なのである。

 試飲商談会では途中でグラスを洗うことなく全試飲を終えることなど不可能であるし、やるべきではない。であるなら、条件を揃える意味でも事前にグラスの水通しをお勧めする。大きな試飲商談会の場合は頻繁な水切りのために吸水性のよいキッチン・ペーパーを携行することもお勧めである。私も当初は、木綿のハンカチを使用していたが、キッチン・ペーパーの携行に切り替えた。

 レストランなどで行われる、アマチュア向けの「ワインと料理を楽しむ会」などでの場合は、注ぎ直してもらえるワインの余裕はない場合が多いはずである。直近の同一期に洗浄したグラスを使用し、その内の一つを水通しし異臭付着の有無を確認することを習慣にしてほしい。

日本ソムリエ協会の完璧な設備

 2006年に日本ソムリエ協会の依頼でブラッシュアップ・セミナーの講師を勤めさせていただいたとき、事前打ち合わせのために、神田の同協会事務所を訪問したことがあった。古いビルである。屋上の給水タンクが気になった。

 事務局長は旧知の名ソムリエ林暁男氏であった。テイスティング・ルームに入って照明を見てビックリである。蛍光灯照明は見事に排除されていた。林氏にビルの古さと給水タンクへの懸念を口にすると、高価な浄水器に連結されたグラス専用の食洗機のある部屋へ案内された。完璧だった。すべては事務局長の采配であったようだ。

 林暁男氏との出会いは意外と古い。T山岡&サンズ(現ヤマオカゾーン)の事務所で稀に開かれる少人数の深夜の新着サンプルのテイスティングに同席させていただいたことで出来た面識である。

 このテイスティングのメンバーは、当初はホテルオークラ資材課横山氏、元オークラで当時ホテル横浜へ転出され、横浜ワインクラブの世話役も勤めていた林暁男氏、そして山岡夫妻であったらしい。しばらくして銀座マキシムからプリンスホテルへスカウトされた小飼一至氏も参加していた。何度開かれたかは知る由もないが、私が参加させていただけたのは3~4回であった。当時のオークラのスター・ソムリエは桑山為男氏であったが、なぜか同氏の姿はなかった。

 林暁男氏はにこやかな笑顔をふりまきながらワインの解説を行い、それでいながら簡潔で容赦のない評価をやさしい言い回しで下す方である。ソムリエとしての見事なスタンスである。山岡側のお手伝いとして参加させていただいていた私にも気さくに話しかけてくださった。また、後に私が「リーファー提案」した折には、直後から大変なご協力をいただいた方でもある。また「六人会」のメンバーであり、私が敬愛するソムリエ下野隆祥氏とも知己の間柄であったようだ。

オークラ資材課の横山氏

 ほんのわずかな接点しかないが、ホテルオークラ資材課横山氏にも触れておきたい。

 白髪の小柄な横山氏は、ソムリエではないのだが、氏のテイスティング能力は、当時の私には神がかったものに映った。試飲商談会でお見かけしても他の業界人と談笑することなく、一喜一憂の表情変化も見せず、ハイスピードで試飲して廻るのだ。お見かけして同じものをテイスティングし秘かに後追いしようとしても、少しでもワインのテイスティングにとまどれば、すぐに同氏の姿を見失ってしまうのだ。

 後に山岡氏に横山氏のことを質問したことがある。山岡氏も、「すごいんだよ! あの方にとってワインは資材のほんの一部でしかないんだから!」と言っておられた。我が師、山岡寿夫氏が最もほれ込んでいたテイスターが横山氏であったのだ。自己顕示欲を見事に封殺し、資材課という黒子役の立ち居振る舞いに徹した方とお見受けした。

 親しくお話させていただくチャンスはなかったのだが、もし私の直感を信じていただけるなら、私が出会った最高峰のワイン・テイスターでもある。現在、ホテルオークラ資材課には横山氏はいらっしゃらないと聞いた。もし横山氏が定年制度などで現役を引退しているなら、オークラにとっても日本のワイン業界にとっても重大な損失であろう。私の買い被りではないはずである。

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酒類品質管理アドバイザー おおくぼ・よりあき 1949年生まれ。22歳で家業の菊屋大久保酒店(東京都小金井市)を継ぎ、ワインに特化した経営に舵を切る。「酒販ニュース」(醸造産業新聞社)に寄稿した「酒屋生かさぬように殺さぬように」で注目を浴びる。また、ワインの品質劣化の多くが物流段階で発生していることに気付き、その改善の第一歩として同紙上でワインのリーファー輸送の提案を行った。その後も、輸送、保管、テイスティングなどについても革新的な提案を続けている。