高温ダメージの正体はビン内酸素流入による酸化

作為的にワインにダメージを与える実験を繰り返すうち、悪条件にさらした直後のワインのダメージは軽微だということがわかった。しかし、それから時間が経ったときにダメージが表れるのだ。

ワイン品質研究会のスタート

 ゆでた果実(ジャム)のような香りの原因追求から話が大きく反れてしまったが、話を戻そう。

 酒類業界専門紙「酒販ニュース」(醸造産業新聞社)上での「リーファー輸送」提言公開後しばらくして、第27回で紹介した西尾宗三氏とともにワイン品質研究会を立ち上げた。事務局は西尾氏が設立したワインの品質管理代行会社であるヴァンテックス(VINTEX)のオフィス(六本木)に置かせてもらった。

 申し訳ない話だが、私は自店の定休日である月曜日に顔出しするだけで、平素は西尾氏に任せっぱなしのワイン品質研究会ではあった。

 そこは当時、従前の海上輸送方法に問題意識を持った業界人や一部の愛好家が、公然とあるいは隠れシンパとして集い、情報交換できる場となりつつあった。

 また、「酒販ニュース」に連載をお持ちで、私のワインのリーファー輸送提言公開に際してはいち早く支持を表明してくださり、原稿チェックまでしてくださった国税庁醸造試験所(現独立行政法人酒類総合研究所)第3研究室長の戸塚昭先生とも再会し、お目にかかる機会の多い場ともなった。私にとっては提言公開後の業界からの反発を忘れられるオアシスであった。

高温にさらされた直後の品質劣化は軽微

 さて、リーファー輸送により一定の健康度を保ったワインが入手可能になってから、作為的に高温あるいは低温のダメージを加えたワインのテイスティングを繰り返すうちにわかったことは、以下の4点となる。

(1)高温を体験させたワインも低温を体験させたワインも、通常の貯蔵温度に戻した直後にテイスティングしてみると、大きな品質劣化は認められない。
(2)少なくとも、ボトルのコルク栓が噴き飛ばない範囲での高温を体験させたワインでは、ゆでた果実(ジャム)のような香りは発生しなかった。
(3)低温体験時に成分結晶を起こしたワインは、確実に従前よりやせた香味のワインになってしまった。
(4)高温を体験させたワインでも低温を体験させたワインでも、一定時間経過の後にはやはり品質劣化を起こし、酸化が進んだものと思われた。

 この結果から、リーファー輸送実現以前の、私が個人的に行っていた品質劣化の区分――高温劣化・低温劣化の区分を修正しなければならないことが解かった。

 上記の(1)(2)から勘案して、輸送段階でワインが体験すると想定できる高温では、その体験直後には、容認できないような品質劣化は起きていないと実感できた。そして、(4)が起こるのは、ビン内に酸素が流入して酸化が進むために違いないと考えた。

窒素ガスで酸素流入をなくせばよい

 同時に、高温によるダメージが酸化によるものであるならば、著しい内容量喪失は別として、「容認できる範囲ではあるが吹きこぼれを起こしている高温体験は、救済可能ではないか?」という想いが湧き上がった。ワインがビン詰め時より一定以上の低温を体験した場合は即刻ビン内酸素流入が起きてしまうが、高温体験直後のワインにはビン内酸素流入は起きていないのである。ビン内酸素流入は高温から理想貯蔵温度に戻る段階で発生するのだ。

 時間経過の長さから、海上輸送時の高温体験からは救済不可能だ。しかし、国内流通時の高温体験直後であれば、無酸素で窒素ガスの充満した容器の中で理想貯蔵温度へ戻してやればビン内酸素流入は起こらないではないか!

 もし、この装置が安価に出来れば、遅々として進まない国内定温物流システムが構築されるまでの代替システムとして使えると考えた。これが後にワイン貯蔵用パック「デファンスール」を開発する際の基礎となったのだが、当時としてはあくまで、ビン内への急激な酸素流入を阻止するしくみとしてしかとらえていなかった。

 なぜか?

 世界のワイン業界の“常識”、「ワインの熟成には極めて緩やかで微量な継続的酸素供給が必要であり、コルク栓はその状況を提供してくれるワイン熟成に不可欠なファクターである!」とのフレーズの存在である。当時は私もこれを妄信していたのだ。

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About 大久保順朗 82 Articles
酒類品質管理アドバイザー おおくぼ・よりあき 1949年生まれ。22歳で家業の菊屋大久保酒店(東京都小金井市)を継ぎ、ワインに特化した経営に舵を切る。「酒販ニュース」(醸造産業新聞社)に寄稿した「酒屋生かさぬように殺さぬように」で注目を浴びる。また、ワインの品質劣化の多くが物流段階で発生していることに気付き、その改善の第一歩として同紙上でワインのリーファー輸送の提案を行った。その後も、輸送、保管、テイスティングなどについても革新的な提案を続けている。