日本人とダイズ

ダイズが「畑の肉」と呼ばれるのにはわけがある
ダイズが「畑の肉」と呼ばれるのにはわけがある
大豆
大豆

大豆は古くから日本で親しまれ、大切にされてきた。世界的に生産・利用されるようになったのは意外と新しいことだ。

弥生時代には栽培始まっていた可能性

 日本では昔から、大豆と米・麦・粟・稗を五穀として重視して来た。「五穀豊穣」という言葉があるように、五穀が豊かに実ることが国の基盤だったのである。それゆえ、お節料理の黒豆や、節分、豆名月(陰暦9月十三夜の月。その行事。枝豆を供えた。栗名月。陰暦8月十五夜は芋名月)といったように、大豆が日本の伝統行事にとり入れられている。

 ダイズの原産地は中国東北部で、栽培化は4000年前に遡るという考え方がある。原種は東アジアに広く自生しているツルマメである。

 国内では、古事記や日本書紀に大豆の記載があるが、伝わった時期はもっと古い。弥生時代には、畑作物として栽培されていた可能性が高いと考えられている。延喜式(律令制下の法令の一つ)に租税として大豆や関連食品が記されているため、1000年頃の平安時代には西日本に普及していたことがわかる。全国的に栽培されるようになったのは、800年前頃の鎌倉時代以降のことである。

 平安時代には、中国からゆばや豆腐が伝わっている。この時代に、納豆が国内で発明されたようである。みそはやや遅れて中国から伝わったが、普及したのは500年前頃の室町時代になってからのことである。しょうゆの普及はもう少し下って、400年前頃の江戸時代初期になる。

20世紀に世界的に生産が拡大

 ダイズが世界に広まったのは、かなり新しいことだ。ヨーロッパには18世紀、米国には19世紀になってから伝わっている。それでも、永続的な栽培が行われることはなかったようだ。1873年、ウィーン万博に明治政府が初参加し、このとき大豆を出品している。これが一つの契機になり、食品利用への関心が高まったとされる。

 人類のダイズ利用史は3段階に分けられるとされている。1908年までは、ダイズの生産と消費は満州を中心に東アジアに限られていた。ここまでが、第1段階である。

 1909年から1939年が商品としての国際化が起きた第2段階である。満州からヨーロッパに向けて大豆や大豆油が大量に輸出された時期に当たる。

 そして1940年から現在までが第3段階である。米国でダイズ生産が急速に拡大し、南米のブラジルとアルゼンチンが追随している。

 現在、世界のダイズ生産22,227万t(2009年)に占める各国のシェアは、アメリカ41%、ブラジル26%、アルゼンチン14%と続き、日本は0.1%でしかない。日本で消費されるダイズは、約400万t(2008年)である。その内、国内産はわずか5%だけで、大部分は輸入に頼っている。1973年とかなり昔の話だが、不作によるアメリカの禁輸措置の際は日本中で大騒動になった。

大いなる豆

 大豆という書き方は、大きいから大豆というわけではなさそうである。日本人の食生活には欠くことのできない食材である。そのまま食べるだけではなく、豆腐やみそなど多様に加工されて食卓に上っている。栄養面でも、重要な役割を果たしている。それゆえ、「大いなる豆」「偉大な豆」ということで、「大豆」と名づけられたという説がある。納得できる話ではないか。

 今後、ダイズとその加工食品に関する話題を書いていくつもりである。日本人にとって、身近な食材・食品である。それでも、改めて「ヘェー」と感じていただければ、うれしく思う。

横山勉
About 横山勉 57 Articles
横山技術士事務所 所長 よこやま・つとむ 休刊中の日経BP社「FoodScience」に食品技術士Yとして執筆。元ヒゲタ醤油品質保証室長、2010年独立。食品技術士センター副会長(http://fpcc.jimdo.com/)。ブログ「食品技術士Yちょいワク『食ノート』」を執筆中(http://blogs.yahoo.co.jp/teckno555)。