ブルゴーニュの森の毒と愛憎

361 「秋が来るとき」から

全国的に猛暑が続く今日この頃だが、ひと足先に秋を舞台にした映画を取り上げる。フランソワ・オゾン監督の「秋が来るとき」である。

 本作は、「焼け石に水」(2000)、「8人の女たち」(2002)、「スイミング・プール」(2003)などを撮った名匠フランソワ・オゾン監督が、幼少の頃毎年訪れていたフランス・ブルゴーニュ地方での思い出から着想を得た作品。ストーリーのキーとなるのは、野生のキノコを使った料理である。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

不仲の娘の食中毒

 主人公のミシェル(エレーヌ・バンサン)は80歳。かつてパリで“ある仕事”をしていたが、今は引退して自然豊かなブルゴーニュの田舎でひとり暮らしをしている。日曜日には教会に通い、家庭菜園で野菜を作る。時にはパリでの仕事仲間だった親友マリー=クロード(ジョジアーヌ・バラスコ)と共に、紅葉の美しい森にキノコ狩りに出かけたりして、悠々自適の余生を過ごしている。

 そんなある日、パリで暮らしているミシェルの娘ヴァレリー(リュディビーヌ・サニエ)と孫のルカ(ガーラン・エルロス)が、秋の休暇を利用してミシェルのもとを訪れる。ヴァレリーは、ミシェルのかつての仕事に嫌悪感を抱き、離れて暮らしているが、今回の訪問はある目的があってのことだった。

ミシェルがキノコ狩りで採ったセップ茸(右)とアンズタケ(左)。これらに似た食べられないキノコが混入していたことで、食中毒が発生したと思われる。
ミシェルがキノコ狩りで採ったセップ茸(右)とアンズタケ(左)。これらに似た食べられないキノコが混入していたことで、食中毒が発生したと思われる。

 ミシェルは、ヴァレリーが自分を嫌っているのをわかっているが、家庭菜園で採れたニンジンをスープにし、森で採ったキノコのキッシュを作り、デザートには自作のケーキを焼いて、娘と孫をもてなそうとする。

 ところが、ルカはキノコが嫌い。ミシェルはヴァレリーの気の重くなるような話に食欲を失くす。それで、キノコのキッシュはヴァレリーだけが食べることに。その結果、ヴァレリーは食中毒を起こして救急車で病院に運ばれてしまう。ヴァレリーは、ミシェルが意図的に自分を殺そうとしたと思い込み、母娘の断絶は決定的になってしまう。

 森でのキノコ狩りの際、ミシェルは自分よりキノコに詳しいマリー=クロードから、これはセップ茸(ポルチーニ、ヤマドリタケ)で食べられる、これはアンズタケに似ているが食べられないというように教えてもらっていた。家に帰ってからも、自分の採ったキノコを植物図鑑の写真と照合して確認している。それでも食中毒が発生するのが、キノコの見分けの難しいところである。

 オゾン監督は本作において、ストーリーの中で起きたことすべてを描かずに、映すところ(表)と映さないところ(裏)をあえて作って、観客の想像力に委ね、ミステリー要素を盛り上げる手法をとっている。食中毒の真相も“藪の中”と言えるだろう。

さらなる事件。そして10年後

 一方、マリー=クロードの息子ヴァンサン(ピエール・ロタン)は、母のかつての仕事が原因なのかグレて犯罪を犯し、刑務所から出所したばかり。マリー=クロードはヴァンサンのことを信用しておらず、いつかまた何かやらかすのではないかと疑っている。

 ミシェルはヴァンサンのことを気にかけており、出所後のヴァンサンに自宅の庭や家庭菜園の手入れの仕事を与え、居酒屋の開店資金を貸してやったりする。それはまるで、ヴァレリーとの親子関係の代替行為のように映る。そして、第二の事件が発生。ここでも、事件の全貌は明らかにされないが、結果として、ミシェルはルカとしばらく過ごすことになる。

 10年後、大学生になったルカがミシェルの家に戻ってくる。子供の頃食べられなかった祖母のキノコ料理は、すっかり好きになっている。90歳になったミシェルの面倒はヴァンサンが見ている。居酒屋の経営は順調のようだ。

 ミシェル、ルカ、ヴァンサンの3人は森に散歩に出かける。すると……。この続きは実際に映画をご覧いただきたい。

よかれと思うことが大事

 観る人によって、さまざまに解釈される映画だろう。筆者としては、冒頭の教会のシーンで、神父が語る「マグダラのマリア」の話が、本作の核心をついていると思う。「罪深い女」とされながらもイエスにゆるされ、キリストの受難と復活に寄り添い、聖人に列せられたマグダラのマリア。ミシェルとマリー=クロードも、子供とはよい関係を築けなかったかも知れないが、過去を振り払ってよきことを行うために精一杯生きたと信じたいのである。

 末期がんで死の床についたマリー=クロードが、お見舞いに来たミシェルに、第二の事件の真相を打ち明けるシーンがある。「よかれと思ったことが裏目に出ることがある」というマリー=クロードに、ミシェルはショックを受けながらもこう返すのだ。

「よかれと思うことが大事よ」

 最も大切なものを奪われながらも、その罪を赦したミシェルは、ブルゴーニュの森で天使になったのだろうか。


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【秋が来るとき】

公式サイト
https://longride.jp/lineup/akikuru/
作品基本データ
原題:Quand vient l’automne
製作国:フランス
製作年:2024年
公開年月日:2025年5月30日
上映時間:103分
製作会社:FOZ, France 2 Cinema, PLAYTIME
配給:ロングライド、マーチ
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督・製作:フランソワ・オゾン
脚本:フランソワ・オゾン、フィリップ・ピアッツォ
撮影:ジェローム・アルメラ
美術:クリステル・メゾヌーブ
音楽:エフゲニー・ガルペリン、サーシャ・ガルペリン
音響:ブリジット・テイランディエ、ジュリアン・ロワ、ジャン=ポール・ユリエ
編集:アニタ・ロス
衣裳デザイン:パスカリーヌ・シャヴァンヌ
ヘアメイク:フランク=パスカル・アルキネ
キャスティング:アナイス・デュラン
キャスト
ミシェル:エレーヌ・ヴァンサン
マリー=クロード:ジョジアン・バラスコ
ヴァレリー:リュディヴィーヌ・サニエ
ヴァンサン:ピエール・ロタン
ルカ:ガーラン・エルロス
警部:ソフィー・ギルマン

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。