スイーツと焼鳥とご当地グルメ

367 「オオムタアツシの青春」から

「オオムタアツシの青春」は、福岡県大牟田市を舞台に、若いパティシエの女性と、彼女が出会う人々の人間模様を描く。

 大牟田市はかつて炭鉱の町として栄え、現在も昭和の風情が残る港町である。作品では、主人公が向き合うスイーツ、焼鳥、そして大牟田名物の食べ物が登場する。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

DIYのエネルギー源「イカタル弁当」

 主人公の五十嵐亜美(筧美和子)は、博多の有名洋菓子店で10年修業を積んだパティシエ。かつて祖父母が暮らしていた大牟田で、パティシエ仲間の友人と焼菓子専門の洋菓子店を開業すべく物件を探していた。

 そんな中、亜美は川沿いの道で倒れていた1型糖尿病の少女・古賀日菜子(奥野楓)を助ける。その場に居合わせ、一緒に日菜子を病院に運んだことで知り合ったのが、軽ワゴン車で車上生活をしている年配の男・樋渡静男(陣内孝則)と、倉庫で働くよそ者の若い男・高杉司(福山翔大)だった。

 折しも、亜美は共同経営するはずだった友人に見限られたところだった。相手は、自分本位で物事を進める亜美に嫌気が差して博多に帰ってしまったのだ。あてにしていた資金や人手を失って困った亜美は、格安の物件を探し出して自力でリノベーションすべく、静男と司に声をかける。静男と司は、バイトとして開店準備を手伝うことに。

 佐賀で焼鳥屋を何軒か経営していたことがあるという静男の経験が生き、廃材を利用したDIYによって、ボロボロだった空き店舗がおしゃれな雰囲気のスイーツ店に生まれ変わっていく様子が描かれる。

 亜美、静男、司の労働のエネルギー源となったのは、ゲソ(イカの足)を揚げたフライにタルタルソースをかけたのり弁の一種「イカタル弁当」。イカゲソのサクサクした食感と濃厚なタルタルの風味に有明のりがマッチした、大牟田“B級グルメ”の一つである。イカタル弁当は元祖の味を受け継いだ大牟田市内の弁当屋「カントリーキッチン」や「おべんとうタル助」などで販売されている。

店名となる有明湾の夕景

「月と夕焼け」の商品の一つであるマカロン作りの様子。
「月と夕焼け」の商品の一つであるマカロン作りの様子。

 リノベーションのめどがつき、亜美はオープンの日を「おおむた大蛇山まつり」が開催される7月27日に決める。おおむた大蛇山まつりとは、大蛇の飾りを付けた山車が口から火煙を吐き、太鼓や鐘を打ち鳴らしながら町中を練り歩く、大牟田伝統の夏祭りである。

 さて、店の前は日菜子の通学路。やがて彼女は改装中の店に居付くようになる。亜美と静男が些細なことがきっかけで対立したときには海を観に行きたいとねだり、皆で有明湾の美しい夕焼けを見ることで和解に導いたりする。このときの風景をもとに、新しい店の名前は「月と夕焼け」に決まった。

 あとは肝心の焼き菓子の味。ここでも日菜子は味覚の敏感さで貢献する。亜美が作ったカヌレ、マドレーヌ、クッキー、マカロン、フィナンシェ、ブラウニー、パウンドケーキなどの焼菓子は、すべてフランス産のバターと上質なきび砂糖を使ったものだが、日菜子は「外見は百点、味は三十点」と、食感について厳しくも的確な評価を下し、プロのパティシエである亜美を感心させる。日菜子は1型糖尿病だが、血糖値を測りインスリン注射を打って血糖値を上げ過ぎないようにすれば、甘いものは食べられるという。

 ここで静男が素朴な疑問を投げかける。綿菓子やりんご飴など食べ歩きが基本のお祭りで、焼菓子をどう食べさせるのか。これに対して司が出したあるアイデアが、オープン初日の「月と夕焼け」の焼菓子を完売へと導く。詳細については、本編をご覧いただきたい。

 なお、撮影後の「月と夕焼け」のロケセットは、店名はそのままにダイニングバーとして再生され、現在も営業を続けている。

それぞれの新しい挑戦

 物珍しさも手伝ってか、初日は完売となった「月と夕焼け」の焼菓子だが、次第に客足が遠のき厳しい経営状態に陥る。見かねた静男と司は、店から手を引いて人件費の負担を減らそうとする。

 ジャンボお好み焼き「スペシャル」で大牟田市民に知られるお好み焼き店「高専ダゴ」で、静男は司に、焼鳥店を始めることを伝え、司は静男の開店準備を手伝うことに。静男は、焼き台でなく七輪の炭火で焼くことを考えたり、焼鳥について素人の司に串打ちを教えたりして準備を進める。店の名前は、亜美(ア)、司(ツ)、静男(シ)の頭文字をとった「オオムタアツシ」に決まる。

 ところが、静男と司それぞれが伏せていた過去が明らかになり、「オオムタアツシ」は、さまざまな妨害を受けることになる。

 一方の亜美は、日菜子から、彼女の母・沙緒里(林田麻里)の感想を聞かされる。「どれもおいしいけど、大牟田の人には馴染みのない味」という。それで亜美は、大牟田で親しまれている、「菊水堂」のかすてら饅頭、「長崎屋」の「初島」、「お菓子のキタハラ」の「くろころみかん」、「菓子のイトー」のシュークリームなどの地元スイーツや、ブドウ、ブルーベリー、イチジク、柑橘類など地域のフルーツを集め、この町ならではの味を研究し始める。

 その成果は、本編をご覧いただきたい……と言いたいところだが、静男と司が見舞われたトラブルの顛末や、日菜子の新たなる挑戦など、並行する他のエピソードに尺をとられて、亜美の焼菓子のアップデートがはっきりと描かれなかったのは残念だった。脚本段階では明示されていたアップデートの内容が、完成した作品には反映しなかったのが惜しまれる。

大牟田の食を描いた動機

 本作の監督である瀬木直貴は、「カラアゲ☆USA」(2014、本連載第84回参照)、「恋のしずく」(2018、本連載第189回参照)、「スパイスより愛を込めて。」(2023、本連載第306回参照)など、フードがらみのご当地ものを多く撮っている。監督曰く、大牟田は人口当たりの洋菓子店と焼鳥店の数が多いとのことで、2019年に撮った大牟田市動物園を舞台にした「いのちスケッチ」でできなかった「食」についてしっかり描くために、この二つの店を軸に撮ることを考えたという。


カントリーキッチン
https://www.instagram.com/country_kitchen.omuta/?igshid=1tnd9rxwry88w
お弁当タル助
https://www.instagram.com/obentoutarusuke/
おおむた大蛇山まつり
https://www.omuta-daijayama.com/
ダイニングバー 月と夕焼け
https://www.instagram.com/tsukito_yuyake/
高専ダゴ
https://www.instagram.com/dago.kousendago/
菊水堂
https://www.facebook.com/kikusuidou/
長崎屋
http://www.nagasakiya-om.co.jp/index.html
お菓子のキタハラ
https://www.kitahara-sweets-web.com/
菓子のイトー
https://www.instagram.com/cake_house_ito/?hl=ja
カラアゲ☆USA
Amazonサイトへ→
本連載第84回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0084
恋のしずく
Amazonサイトへ→
本連載第189回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0189
スパイスより愛を込めて。
Amazonサイトへ→
本連載第306回
https://www.foodwatch.jp/screenfoods0306
いのちスケッチ
Amazonサイトへ→

【オオムタアツシの青春】

公式サイト
https://omuta-atsushi.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2025年
公開年月日:2025年9月26日
上映時間:106分
製作会社:「オオムタアツシの青春」製作委員会
配給:フリック
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:瀬木直貴
脚本:松本稔
プロデューサー:宮崎逸郎、瀬木直貴
撮影:宗大介
照明:梶原章平
録音:地福聖二
音楽:田上和由
音響:地福聖二
編集:別所順平
スタイリスト:鶴田昭二朗
ヘアメイク:菅原美和子
キャスティング:唐木沢良美、北田由利子
ラインプロデューサー:末次巧八
助監督:亀山睦木
フードコーディネーター:鈴木淑子
スイーツ監修:末吉辰隆
医療監修:南昌江
リノベーション監修:村田仁
不動産監修:川添健一
キャスト
筧美和子:五十嵐亜美
福山翔大:高杉司
林田麻里:古賀沙緒里
陣内孝則:樋渡静男
奥野楓:古賀日菜子

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。