培養肉の進歩と課題がわかる

[307] 「ミート・ザ・フューチャー 培養肉で変わる未来の食卓」から

日本でも6月9日から公開となった、リズ・マーシャル監督作品「ミート・ザ・フューチャー 培養肉で変わる未来の食卓」の英語原題「MEAT THE FUTURE」のミートは、meet(出会う)ではなく肉のmeatである。

本作は、アメリカ・カリフォルニア州バークレーに拠点を置く培養肉スタートアップ企業Memphis Meats Inc(メンフィス・ミーツ。2021年にUpside Foods/アップサイド・フーズに社名変更)のCEO兼共同設立者、ウマ・ヴァレティ博士と彼のチームが、培養肉の開発に取り組む姿を2016年から2019年までの4年間にわたって追跡したドキュメンタリーである。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

培養肉は畜産の課題を解決するか

 農林水産省の「2050年における世界の食料需給見通し」によると、世界の畜産物の需要は人口増加等の要因から、2050年には2010年比1.8倍の13.98億tとなることが予測されている(※1)。一方、FAO(国際連合食糧農業機関)の「Sustainable Food and Agriculture」によると、現在、世界で畜産に使われている放牧地・牧草地の面積は約33億haで、世界の居住可能な土地面積の4分の1を占めている(※2)。有限な農地面積で、今後の需要はまかなえるだろうか。

 また、環境面の問題を指摘する向きもある。FAOの「Livestock solutions for climate change」によると、畜産で排出される温室効果ガスは、CO2換算で71億tで、世界の温室効果ガス排出量の14.5%に相当する。牛が消化の過程で排出するメタンガスは、その3分の1を占めている(※3)。さらに、口蹄疫や鶏インフルエンザといった感染症のリスクや、家畜への抗生物質の不適切な投与による問題も見過ごせない。

 加えて、屠畜や動物搾取に反対する人がいるといった倫理面の課題もある。

 現在、こうした畜産に突きつけられたさまざまな課題に対する解決策として、各種の取り組みが試みられている。その一つは、ベジミートと呼ばれる、大豆等を原料とした植物由来の代替肉で、すでに世界の多くの企業が市場に投入している。植物由来(プラントベース)の代替肉は、高たんぱく・低カロリーでヘルシーなイメージがあり、ベジタリアンやヴィーガンにも受け入れられやすいのがメリットだ。ただ、食感や食味が本物の肉と同じではない“似て非なるもの”であることは否めない。

 これに対して、アップサイド・フーズ等が開発中の培養肉(国連機関の専門家会合では「細胞ベースの食品」と呼ばれる)は、動物の細胞から肉を培養するものだ。これは動物の細胞そのものから出来ているため食感も食味も本物の肉と同等にできる一方、動物を繁殖、飼育、屠畜する必要がなく、したがって持続的な生産が可能と考えられる。農場の土地を確保するために森林伐採などを行う必要もない。工程の中でメタンガス発生もない。厳密な衛生管理下での生産を行えばウイルスや菌のリスクも少なく、抗生物質とも無縁となる。このようにいいことずくめなため、実用化の暁には代替肉の本命になると期待する声は多い。

実用化への大きな課題

試食用に調理されたクリーンミートは、食感も味も本物の肉と変わりないという。
試食用に調理されたクリーンミートは、食感も味も本物の肉と変わりないという。

 ヴァレティ博士は、インド・ヴィジャヤワダ出身の心臓専門医だ。故郷で過ごした幼少期に、木になる肉を夢見ていたという。医師となった後、USニューズ&ワールド・レポート誌の「全米の優れた病院 2018-2019年版」で1位にランクされた、ミネソタ州ロチェスター市にある総合病院メイヨー・クリニック(Mayo Clinic)に在籍していた。その折に、患者の心臓に幹細胞を注入して心筋を再生させたことがきっかけで、より多くの生命を救いたいと思い、2015年にメンフィス・ミーツの共同設立者になったという。

 映画では、ヴァレティと彼のチームが2016年に世界初の培養ミートボールを開発し、2017年に世界初の鶏肉とアヒル肉の培養に成功するまでの軌跡と、彼らの事業がビル・ゲイツ、リチャード・ブランソンといった大富豪や、カーギルタイソン・フーズといった世界最大級の食品企業の出資を得て急成長していく過程、培養肉が食肉としての認定を受けるための努力、家禽を含む各種家畜からシーフードまでの培養フード業者間の連携、さらに既得権益を守りたい食肉業界からの反発等を克明に描いている。

 ヴァレティらは、彼らの培養肉が「ラボの肉」(lab-grown meat)や「フェイク・ミート」(fake meat)と呼ばれるのを嫌い、厳密な衛生管理下で培養したことを印象付ける「クリーンミート」(Clean Meat)という呼び名を思い付いた。そのクリーンミートの目下の課題は、コストダウンと大量生産のための技術開発だ。

 コストについては、メンフィス・ミーツによる世界発の培養ミートボールが、1ポンド(453.6g)あたり18,000ドル(約260万円)。翌年の鶏とアヒルの培養肉のコストは半分になったというが、実際に販売するにはゼロが3つか4つは多い計算になる。それは映像にも表れていて、調理して皿に載せられるクリーンミートの小ささが、実用化にはまだ長い道のりがありそうだと感じさせる。大量生産のためのプラント建設予定地は出てくるものの、培養の映像としてはまだラボでの描写に留まっている。

映画からさらに時代は進んでいる

 本作は2020年に製作されたが、しかしその後、培養肉の技術は急速に進歩した。2021年、アップサイド・フーズはカリフォルニア州エメリービルに培養肉工場「Engineering, Production, and Innovation Center(EPIC)」を開設。広さはサッカーコートの3分の2ほどに当たる約4,900平方メートル。最初は年間約22tの生産規模を見込み、将来的には約180tまで生産量を拡大するという。

 また、アップサイド・フーズと同じくアメリカの培養肉スタートアップ企業イート・ジャスト(Eat Just)は、シンガポール政府から認可を受け、2020年12月に培養鶏肉「グッド・ミート」(GOOD Meat)の世界初となる製造販売をシンガポールで開始した。彼らの実績から言えば、数千円の価格で培養肉が食べられるところまで時代は進んだ。

 さらに2023年6月21日、アメリカ農務省は、アップサイド・フーズとイート・ジャストの2社に、国内での培養肉の販売を最終承認したというニュースが飛び込んできた(※4)。培養肉の販売が認められるのは、シンガポールに次いで2カ国目。すでにアメリカ食品医薬品局(FDA)の承認も得ており、ついにアメリカという巨大市場に培養肉がリリースされる日が来たわけだ。これについてヴァレティはインタビューで、こう述べたという。

「夢がかなった。新たな時代の始まりだ」

 ひょっとすると2050年には、現在の畜産は時代遅れになっているかも知れない?

※1:農林水産省「2050年における世界の食料需給見通し」(PDF)
https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/jki/j_zyukyu_mitosi/attach/pdf/index-12.pdf

※2:FAO「Sustainable Food and Agriculture」
https://www.fao.org/sustainability/news/detail/en/c/1274219/

※3:FAO「Livestock solutions for climate change」(PDF)
https://www.fao.org/3/i8098e/i8098e.pdf

※4:「培養鶏肉の米販売に歴史的一歩、農務省が2社に認可-レストランで提供へ」(Bloomberg、2023年6月22日) https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2023-06-22/RWMJMKT0G1KW01


【ミート・ザ・フューチャー 培養肉で変わる未来の食卓】

公式サイト
https://www.uplink.co.jp/mtf/
作品基本データ
原題:MEAT THE FUTURE
製作国:カナダ
製作年:2020年
公開年月日:2023年6月9日
上映時間:84分
製作会社:Documentary Channel, LizMars Productions
配給:アップリンク
カラー/サイズ:カラー/16:9
スタッフ
監督・脚本・製作:リズ・マーシャル
撮影:ジョン・プライス
音楽:イゴール・コレイア
編集:キャロライン・クリスティ、ローランド・シュリンメ
キャスト
ウマ・ヴァレティ
ニコラス・ジェノベーゼ
エリック・シュルツ
ケーシー・カーズウェル
ダニエル・デスメット
マシュー・レオン
マイケラ・ウォーカー
ムルナリ二・バヴァタネニ
ブルース・フリードリヒ
アマンダ・リトル
ナレーション:ジェーン・グドール

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。