「バナナの逆襲」と「あまくない砂糖の話」

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「パナマ文書」も気になるが、「新パナマ病」も大問題だ。その被害で日本でもバナナの供給不足が心配されている。今回はそのバナナの防除に関わる問題を描いた作品ともう1作、食の問題に関するドキュメンタリーを2本取り上げる。

「バナナの逆襲」のバナナ

日本人が最も食べている果物であるバナナ。日本向けの約9割はフィリピン産で、その約9割を大手4社が扱っている。
日本人が最も食べている果物であるバナナ。日本向けの約9割はフィリピン産で、その約9割を大手4社が扱っている。

「バナナの逆襲」は「第1話 ゲルテン監督、訴えられる」と「第2話 敏腕 弁護士ドミンゲス、現る」の2部作であるが、時系列的には第2話が先になる。

 第2話は中米のニカラグアのバナナ農園で働いていた12人の労働者たちが、不妊症になったのはアメリカで使用禁止になっていた線虫防除用の農薬DBCPが使われ続けていたからだとして、雇い主であるアメリカの巨大食品企業を訴えた裁判を描いた法廷ドキュメンタリーである。

 訴訟費用の乏しい労働者たちの弁護を引き受けたのはロサンゼルスで営利的な弁護士事務所を営むキューバ移民の弁護士ホアン・ドミンゲス。同じヒスパニック系である原告への同情からか、巨悪に立ち向かう人権派弁護士の功名狙いなのかはわからないが、彼のチームは現地に飛んで証拠を集め、巨大食品企業の雇った弁護団を向こうに回し、中南米地区の責任者だったCEOから有利な証言を引き出して一部勝訴を勝ち取る。

 裁判の証拠として、ニカラグアのバナナ農園での過去のDBCPの散布の様子が法廷で映写されるのだが、航空機だけでなく大砲のような放水器による散布は凄まじいもので、農薬で水田のように冠水したバナナ畑を労働者が素足で歩く映像は素人目で見ても過剰と感じるものであり、バナナの防除とはそこまでしなければならないものなのかと考え込んでしまった。ちなみに現在の生食バナナの主流であるキャベンディッシュは耐病性品種だが、これを現在脅かしているのがパナマ病の病原菌が変異した新パナマ病である。

 一方、第1話は2009年のロサンゼルス国際映画祭のコンペティション部門に上記の第2話=原題「BANANAS!*」の出品を予定していたフレドリック・ゲルテン監督が、突然巨大食品企業に名誉棄損で訴えられ、映画祭には上映中止の圧力がかかった一件の顛末を描いたものである。驚くのは本来製作者側に立つべき映画祭が簡単に巨大食品企業の要求に応じ、自主規制の名の下に「BANANAS!*」をコンペから除外し、地元のマスメディアも巨大食品企業寄りで観てもいない作品を非難する側に回ったことである。これらは巨大食品企業が雇ったロビイストの活動の成果であり、金さえ払えば何でも実現できるアメリカ社会を象徴するような出来事と感じさせる。

 これに対し、ゲルテン監督と製作会社のWC Filmは巨大食品企業の上映妨害活動に対する損害賠償を求めて逆提訴。この訴訟は世界各地のマスメディアで取り上げられ、ゲルテン監督の母国スウェーデンでは言論の自由をめぐる議論が活発になり、これが巨大食品企業の製品の不買運動、ひいては巨大食品企業の訴訟取り下げににつながることになる。

 面白いのはこの不買運動のきっかけになったのは、とあるブロガーがファストフードのチェーン店で食事をしたところ、件の巨大食品企業の製品が使われていたため、もうそのチェーン店には行かないとブログに書き込んだところ、その書き込みに店が反応して巨大食品企業からの仕入れをストップしたという一件であった。これは日本等の政治的にも経済的にもアメリカの影響下にある国々とは異なり、一定の距離を保った北欧の国だからこそできたことだろう。

 ニカラグアのバナナ農園の労働者やキューバ系弁護士、スウェーデン人監督という“ダビデ”が、巨大食品企業という“ゴリアテ”に勝利したともとれるが、提訴するだけで他者に対して無言の圧力となるスラップ訴訟という側面も、この映画では指摘している。

 なお、原題の「BANANAS!*」に付いている*は、単に果物としてのバナナの意味だけではなく、さまざまな知るべき事実が付加されていることを意味している。

「あまくない砂糖の話」の“ヘルシー”食品

“ヘルシー”を謳う低脂肪ヨーグルトとシリアルだが、映画ではこれだけで約21杯分の砂糖を含んでいるという。
“ヘルシー”を謳う低脂肪ヨーグルトとシリアルだが、映画ではこれだけで約21杯分の砂糖を含んでいるという。

 2014年製作のオーストラリア映画「あまくない砂糖の話」は、俳優で映画監督のデイモン・ガモーが自ら実験台となり、砂糖漬けの生活を60日間続けたらどうなるかを記録したドキュメンタリーである。

 この企画を聞いて真っ先に思い浮んだのは2002年製作のモーガン・スパーロック監督・主演によるアメリカ映画「スーパーサイズ・ミー」。こちらは1日3食30日間ハンバーガーチェーンのファストフードだけを食べ続けたらどうなるかという実験であったが、極端な偏食と運動制限の上に、オーダー時にサイズを尋ねられたら必ずスーパーサイズを選ぶ等のルールによって、体重の増加や体脂肪率の上昇、健康状態の悪化といった結果が引き起こされることは誰にも容易に予想できるものだった。これに対して本作は、一見ヘルシーに見えて、実際には大量の砂糖が隠されている食品に焦点を当てていることが特徴だ。

 実験前のガモーはナチュラル志向の恋人の影響で脂肪・たんぱく質・炭水化物のバランスが取れた食生活を送っていて(表1)、健康診断のデータも良好であった。しかし、ある時オーストラリアの成人が1日にティースプーン40杯分もの砂糖を摂取していると知らされる。巷には“ヘルシー”を謳った食品があふれているのに、これはどうしたことかと疑問を抱いたのがこの実験の動機になった。

●実験前の食事

朝食昼食夕食間食
ベーコンマグロ牛肉フムス
チーズ鶏肉パテ
全脂ヨーグルトサラダリーブスマカダミアナッツ
ほうれん草バターウォールナッツ
アボガドココナッツオイルアーモンド
ブルーベリーケールハーブティー

※脂肪 a50%、たんぱく質 a26%、炭水化物 a24%

(「あまくない砂糖の話」パンフレットより)

 彼が医師や栄養士の管理の元に始めた実験のルールは以下の5つである。

  1. 1日にティースプーン40杯分の砂糖(160g、640キロカロリー)を消費すること。
  2. ソフトドリンクやアイスクリーム、チョコレート等のお菓子の類は避ける。
  3. 低脂肪ヨーグルトやシリアル等の「実は砂糖が多い食品」を摂る。
  4. 必ず「低脂肪」の食品を選ぶ。
  5. ジョギングや筋トレ等の運動習慣は続ける。

 そして、実験中の食事は表2のようなものである。

●実験中の食事

朝食昼食夕食間食
シリアルパスタ低脂肪マフィン
フルーツトーストバーベキューピザ鶏肉セサミチップス
オートミール低脂肪マヨネーズベイクドビーンズムーズリバー
低脂肪ヨーグルトチャツネトマトスープドライフルーツ
ジャムりんごジュースソース子供用フルーツジュース
りんごジュースアイスティーテリヤキソーススキムラテ
オレンジジュース

※非常用携帯食(どうしても空腹感を追い払いたい時は以下の食品を試す)

  • ココナッツオイルをひとさじ
  • ペカンナッツかマカダミアナッツ、ウォールナッツ、アーモンドをひとつかみ
  • アボガドをひとさじ
  • アップルサイダービネガーをひとさじ
  • 温かいサツマイモを1個
  • チーズをひと切れ
  • Lグルタミンの粉末を溶かした水を1杯

(「あまくない砂糖の話」パンフレットより)

 ガモーは摂取するカロリー自体は変えず、いわゆるジャンクフードも摂らず、運動も続けながら砂糖のみを“人並みに”増やした。すると、実験12日目にして3.2kgも体重が増加し、医師からは体脂肪が増えて糖尿病の初期症状だと診断される。特筆すべきは肝臓でアミノ酸を作り出す酵素であるALTの値が急上昇したこと。肝細胞が障害を受けていることを示している。

 35日が経過した頃には下腹が出たり、顔には吹き出物といった身体的な変化だけでなく、気分の落ち込み、集中力の低下、イライラして運動もやる気が起こらないといった精神的なダメージや、甘い物を見ると無性に食べたくなるといった糖質中毒の気も出始める。

 そして60日の実験結果の詳細については映画をご覧いただきたいが、「スーパーサイズ・ミー」のような極端なことはしていないのに結局は同じような流れになったことは、今や加工食品の80%に含まれるという砂糖の影響を、私たちも無視できない身近な問題として迫ってくる。

 ただしここで申し添えておきたいのは、何か重要な判断を下すためには彼1人の実験データでは不十分だということである。当然ながら体質には個体差があり、本当の意味で砂糖の過剰摂取と人の健康の因果関係について証明したいのであれば、多くのモニターの参加は不可欠であろう。エンターテイメントとしては面白いが、鵜呑みにすることなく自分自身の日常の食生活の中で評価していきたいものである。


【バナナの逆襲 第1話 ゲルテン監督、訴えられる 】

公式サイト
http://kiroku-bito.com/2bananas/
作品基本データ
原題:BIG BOYS GONE BANANAS!*
製作国:スウェーデン,デンマーク,ドイツ,アメリカ,イギリス
製作年:2011年
公開年月日:2016年2月27日
上映時間:87分
製作会社:WG Film,Sveriges Television (SVT),Film i Skane,Pausefilm,Klassefilm,MEDIA Programme of the European Union,Swedish Film Institute,Vrijzinnig Protestantse Radio Omroep (VPRO),Yleisradio (YLE)
配給:きろくびと
カラー/サイズ:カラー/1:1.78
スタッフ
監督:フレドリック・ゲルテン
撮影:ジェセフ・アグイレ、キキ・アルゲイエ、ステファン・ベルグ、マリン・コルケアサロ、ホセ・ガブリエル・ノグエ
録音:アレクサンダー・トロンキビスト
編集:ベンジャミン・ビンデラップ、ヨスパー・オスモンド
キャスト
フレドリック・ゲルテン

【バナナの逆襲 第2話 敏腕 弁護士ドミンゲス、現る】

公式サイト
http://kiroku-bito.com/2bananas/
作品基本データ
原題:BANANAS!*
製作国:スウェーデン,デンマーク
製作年:2009年
公開年月日:2016年2月27日
上映時間:87分
製作会社:WG Film,Magic Hour Films ApS
配給:きろくびと
カラー/サイズ:カラー/1:1.78
スタッフ
監督:フレドリック・ゲルテン
撮影:フランク・ピネダ、ジェセフ・アグイレ
録音:アルセニーオ・カデナ
編集:ヨスパー・オスモンド
キャスト
ホアン・ドミンゲス
デュアン・ミラー
バイロン・ロザレス
デビッド・デロレンツォ
リック・マックナイト
アルベルト・ロザレス
カルメン・ロザレス
バヤルド・オコン

【あまくない砂糖の話】

公式サイト
http://amakunai-sugar.com/
作品基本データ
原題:THAT SUGAR FILM
製作国:オーストラリア
製作年:2014年
公開年月日:2016年3月19日
上映時間:102分
配給:アンプラグド
カラー/サイズ:カラー/1:1.78
スタッフ
監督・脚本:デイモン・ガモー
製作総指揮:ポール・ウィーガード
製作:ニック・バジアス
共同製作:ヴァージニア・ホイットウェル
撮影:ジャッド・オバートン
音楽:ジョジョ・ペトリーナ
編集:ジェーン・アッシャー
VFXスーパーバイザー:セス・ラーニー
キャスト
デイモン・ガモー
ゾー・タックウェル=スミス
スティーヴン・フライ
ブレントン・スウェイツ
イザベル・ルーカス
ジェシカ・マーレイ
デビッド・ギレスピー弁護士(正義の戦士)
デビー・ハーブスト博士(チェッカー)
ケン・サイカリス医師(血の教授)
シャロン・ジョンストン栄養士(食の女王)
マイケル・モス
ゲーリー・トーベス
キンバー・スタンホープ
デビッド・ウルフ
ジョン・トレゲンザ
バリー・ポプキン
ダニエル・リード
ジョン・シーブンパイパー
キャスリーン・デメゾン
ジャン・マルク・シュワルツ
ケリー・ブラウネル
アーロン・マシソン
ハワード・モスコウィッツ
トーマス・キャンベル
イナウィニィトゥジ・ウィリアムソン
ニック・アレン
エリック・スタイス

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。