生産者は需用者が求める品質と安全を直視せよ

中国のアメリカ輸出用野菜の圃場
中国のアメリカ輸出用野菜の圃場にある禁煙の注意書き。需用者が求める安全に従ってさまざまな基準を遵守している(記事とは直接関係ありません)

前回は「日本食品標準成分表」の読み違えによって、生産者が農産物の栄養価を上げるために誤った努力をしているケースが多いと書いた。では、農産物の栄養価を適正にするために、本来はどのような努力をすればいいのだろうか。

栄養のある野菜作りは生産者の技術力による

 その基本は、第20回「おいしい農産物が出来る条件」で書いた4点が、出来た農産物の栄養価についても当てはめて考えることができるだろう。

(1)栽培に適した地域・条件で作られていること

(2)旬のもの

(3)新鮮なもの

(4)品種の特徴としてうまい

(5)栽培方法がよい

 なお、前回紹介した女子栄養大学栄養学部生物有機化学研究室の辻村卓教授執筆のページによれば、農産物に含まれるビタミン類は天候の影響に左右されることが多い一方、ミネラル類は、あまり関係がないということである。

●野菜の旬と栄養価 ~旬を知り、豊かな食卓を~
http://vegetable.alic.go.jp/yasaijoho/joho/0811/joho01.html

 農産物の栄養価を高める栽培技術というのは、さほど明確になってはいないのだが、こうした指摘から考えると、土壌中のミネラル成分をよく吸収する条件を整えること、そして光合成能力を高めることが、結果につながりそうである。植物の抗酸化力も、光合成能力を最大限発揮できるようであれば上昇するとも聞くので、おおむね間違ってはいないだろう。

 ミネラルを吸収させるというと、すぐにミネラルを土壌に補給することを考えがちであるが、土壌にそれが欠乏しているとは限らない。まず考えるべきことは、土壌中にミネラルを豊富に含ませようとすることではなく、植物の根毛と呼ばれる眼に見えないような細かな根を張らせることで、土壌に含まれているものを適正に吸収させることだ。

 つまり、いわゆる栄養価の高い農産物を作るために必要なことは、根毛を張らせて、光合成能力を活かせるように無理のない栄養バランスに持ち込むことに違いない。いや、筆者の経験から言えば、むしろそういった観点から栽培を考える態度がなければ、なかなかいいものを作れるものではない。つまり、おいしさを求めるのでも、栄養価を高めようとするのでも、違いが出るのは特別・特殊な栽培方法を採用するか否かではなく、生産者個々の技術力の有無によるはずである。

 ここは「だろう」「はず」と書いているように、厳密に比較してわかったことではない。しかし、筆者の経験上、ミネラルをしっかり吸い、かつ光合成能力も高かった作物は健康に育った作物であり、味も日持ちもよい。その状態であれば、栄養価も高いと推測するのである。

流通が考える安全とは衛生が第一

中国のアメリカ輸出用野菜の圃場
中国のアメリカ輸出用野菜の圃場にある禁煙の注意書き。需用者が求める安全に従ってさまざまな基準を遵守している(記事とは直接関係ありません)

 この、農産物の栄養価の問題に関する誤解は、第13回「化学肥料を使う農産物の安全性」第14回「硝酸態窒素が増える問題の本質」でも書いた硝酸態窒素に関する問題と同時に語られることが多く、“現在の日本の農産物の品質はよくない”と主張する向きが拠り所とする主要な論法の二大柱である。

 繰り返すが、現在の農産物の栄養価をはじめとする品質レベルが過去の農産物よりも低くなっているということはない。

 ただし、これは、本来の旬のもの同士を比べたときの話であって、いつの時代に作ったものであろうと、旬でない時期の農産物については、栄養価が低いと考えていいだろう。いかに栽培技術が優れていたとしても、旬でない時期のものや、天候条件が悪い中で栽培したものであれば、農産物の栄養価は低くなる。ということは、やはり農産物の品質を一定に保つことは難しいということである。

 となると、流通ではおいしさと並んで栄養価もセールスポイントとすることが難しいということになる。では、おいしいとも言えず、栄養価が高いとも言えないとすると、流通業者が求める高品質な農産物とは一体どのようなものなのだろうか?

 流通業者が訴求しにくくとも、消費者からすれば、やはり「おいしい」「栄養がある」というものがほしいだろう。また、消費者はさらに「安全」ということも求めているようだ。

 安全については、この連載の最初から長く説明してきたので改めては触れないが、一つだけ、消費者がイメージする「安全」と、流通サイドがイメージする「安全」とは、かなり違っているということだけ指摘しておく。

「食の安全」と言ったとき、最近の消費者が関心を持っているものとしては農薬などの化学物質の残留の比重が大きいだろう。しかも、100%の安全だとか、たとえ科学的に全く問題のないと考えられるレベルの微量でも化学物質の残留のないものを求める人が少なからずいる。

 しかし、流通、小売、外食がまず問題にするのは菌数である。食中毒を起こすことがないか、良好な衛生状態で微生物がコントロールされているか、最も気にするのはそこであり、化学物質の残留についてはしかるべき検査の証明書が取れればそれ以上心配することはまずないだろう。むしろ次に関心が持たれるのは、金属片、ガラス片、プラスチック片などの異物混入がないかのほうだ。

 もちろん、消費者視点の安全・安心を無視しているわけではない。何をより重大ととらえるか、リスク評価の視点が違うのである。流通、小売、外食にとって、食中毒や異物混入事故は、即、病気、ケガ、生命にかかわる問題だ。GAP(Good Agricultural Practice)という規格がヨーロッパで発案されたのも、主にこうした食品衛生を担保するためのものと言える。ところが、これが日本の生産者にはなかなか理解されず、諸外国に比べて普及が遅い。

 おいしさ、栄養価、そして安全――消費者が考えるそれらと、流通業者が考えるそれらと、生産者が考えるそれらとが、日本ではいずれもかみ合っていない。

About 岡本信一 41 Articles
農業コンサルタント おかもと・しんいち 1961年生まれ。日本大学文理学部心理学科卒業後、埼玉県、北海道の農家にて研修。派米農業研修生として2年間アメリカにて農業研修。種苗メーカー勤務後、1995年農業コンサルタントとして独立。1998年有限会社アグセスを設立し、代表取締役に就任。農業法人、農業関連メーカー、農産物流通業、商社などのコンサルティングを国内外で行っている。「農業経営者」(農業技術通信社)で「科学する農業」を連載中。ブログ:【あなたも農業コンサルタントになれるわけではない】