特定農薬に指定されていない木酢液

リスクの考え方、農薬の一般的な説明と現在の日本の農産物の残留農薬の状況について説明してきたが、これらを危険・安全どちらと考えるか、仕事や生活に受け容れるかどうかの判断は、新幹線を利用するか利用しないかを考えるのと同じように(第2回参照)読者一人ひとりに委ねられている。

“農薬ならぬ農薬”木酢液をどう考えるか

 ところで、ここで“農薬ならぬ農薬”についてお話しておきたい。すなわち、天然物由来の各種資材をどう考えるかである。

 これらは「化学的に合成されたものではない」「農薬でない」資材として歓迎する向きがあり、有機栽培やそれを志向した農業、あるいは家庭菜園などでも人気になっている。その代表的なものが木酢液である。

 木酢液は農業用として使用されるだけではなく、さまざまな用途に“効能”があると説明されていて、病害虫防除、生長促進、土壌改良等さまざまな分野での使用が行なわれているようだ。「ようだ」と言うのは、ネット上では家庭菜園を中心に木酢液などの使用例を見つけることができるし、商品として流通する農産物の生産現場で使用している例も筆者は個別には知っているものの、実際に日本でどれだけの量が使用されているかデータとして把握できないからだ。

 木酢液とは、木炭を作る際に出る副産物として知られ、工業的にも作られる(竹を使った竹酢液と呼ばれるものもある。以下一括して木酢液と記す)。多くは暗褐色の液体で、さまざまな化学物質を含んでいる。農業用としては、1973年に「井筒屋松根木酢液」(井筒屋)が登録されているが1979年に失効しているので、これは失効農薬ということになる。失効農薬とは、メーカーの都合など何らかの理由で登録が失効した農薬を言う。日本で登録されたことがない無登録農薬や、安全性に問題があることが判明したために販売禁止農薬に指定されたものと違い、失効農薬は使用が禁止されるものではない。つまり、「井筒屋松根木酢液」について言えば、これは現状有効な登録がされている農薬ではないが、改正農薬取締法でも認められた農薬の一つだと言える。

「効く」とは言えないが有機JASが認める資材

 日本には、“農薬ならぬ農薬”がもう一種類ある。特定農薬、別名特定防除資材だ。これは、農作物の防除に使う薬剤や天敵のうち「その原材料に照らし農作物等、人畜及び水産動植物に害を及ぼすおそれがないことが明らかなもの」ということになっている。具体的には、地場で生息する天敵(クモ、昆虫)と、重曹、食酢が定められている。

 特定農薬を定める過程では、これらのほかに数百の資材が検討対象として挙がったが、薬効を客観的に確認できなかったこと、農薬かどうかという判断ができなかったことから、結論が保留された。木酢液もこの判定を保留された資材に含まれる。

 特定農薬の判定が保留された資材は、薬効をうたって宣伝したり販売すると無登録農薬の販売とみなされ、処罰される。しかし、使用者が自分の判断と責任で使うことは許されている。つまり、農薬として販売してはいけないが、生産者がこれを農薬と信じて使う分には問題ない、という微妙な扱いがされている資材ということになる。

 もともと農薬取締法というものは、農家が粗悪・無効な薬剤をつかまされて経済的な損失を被らないようにという趣旨で制定され、安全や環境への配慮などに資する条項は数度の改正の中で補われてきた経緯がある。したがって、木酢液などの特定農薬判定保留資材が“農薬と言ってはいけないが、農薬と信じてもよい”ものとして扱われるのには、同法の歴史的側面が出ていると言えるだろう。

 ここで注意しておきたいのは、この段階で主に問題になっているのは薬剤としての安全性以前に、そもそも“効くか効かないかわからない”ということだ。

 ところが木酢液は実際に農業用に販売されているが、これはどういうわけか。実は、木酢液は有機JAS(有機農産物の日本農林規格)の「肥料及び土壌改良資材」として認められると考えられている。同規格で使用可能な資材のリストには「その他の肥料及び土壌改良資材」という項目があり、それは以下のように定められている。

その他の肥料及び土壌改良資材

植物の栄養に供すること又は土壌改良を目的として土地に施される物(生物を含む)及び植物の栄養に供することを目的として植物に施される物(生物を含む)であって、天然物質又は化学的処理を行っていない天然物質に由来するもの(燃焼、焼成、溶融、乾留又はけん化することにより製造されたもの並びに化学的な方法によらずに製造されたものであって、組換えDNA技術を用いて製造されていないものに限る。)であり、かつ病害虫の防除効果を有することが明らかなものでないこと。

 この記述は木酢液にも該当すると考えられ、肥料および土壌改良資材として流通できると解釈されているわけだ。そして、それにしたがって木酢液を購入した農家が、自身の判断で農薬として使うのだから問題ないということになる。

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農業コンサルタント おかもと・しんいち 1961年生まれ。日本大学文理学部心理学科卒業後、埼玉県、北海道の農家にて研修。派米農業研修生として2年間アメリカにて農業研修。種苗メーカー勤務後、1995年農業コンサルタントとして独立。1998年有限会社アグセスを設立し、代表取締役に就任。農業法人、農業関連メーカー、農産物流通業、商社などのコンサルティングを国内外で行っている。「農業経営者」(農業技術通信社)で「科学する農業」を連載中。ブログ:【あなたも農業コンサルタントになれるわけではない】