浜納豆と中国の豆チ/穀物を塩蔵したのは味のためか

浜納豆
浜松産「浜納豆」

人類が食塩を発見すると、食品を塩蔵して保存することを始めた。中でも穀物の塩蔵品が穀醤(こくびしお)である。浜松名物に浜納豆というものがある。これは平安時代に中国から伝わったとされるが、穀醤の発展したものであろう。同起源と考えられるものに、現在の中国でもよく使われる豆チがある。これらについて紹介したい。

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食塩の発見

 わが国において岩塩は産出されず、食塩は海水を煮詰めて作ることになる。こうした製塩は日本ではいつごろから行っていたのだろう。製塩用と考えられる縄文土器が存在する。外部に文様はなく、内部は水漏れ防止のために緻密に磨かれている。こうした道具の発掘から推定されるのは、日本での製塩は縄文時代後期(前2500~前1300年)に関東で開始され、晩期(前1300~前950年)には東北まで広がっていたらしいということだ。

 生理的な必要を考えると、魚介類や肉類を摂っていれば、栄養素としての食塩摂取は不要である。だが、食塩があれば格段においしい調理が可能になる。また、食塩があることのメリットはそれだけではない。食塩は水分活性を低下させ、防腐効果があるのだ。腐敗しやすい食品の保存に応用できることは、早くから発見されていたに違いない。

 奈良時代に制定された法令「大宝律令」(大宝元年=701年)に「醤司」(ひしおつかさ)の記録がある。醤(ひしお)の製造・利用は、食材を塩漬けして保存したことに始まると考えられている。これらには、野菜や海草等を原料にした草醤(くさびしお)、魚の魚醤(うおびしお)、肉の肉醤(ししびしお)、穀物を用いた穀醤(こくびしお)があり、古代中国の醤(ジャン)が伝わったものとされる。

 その後、改良が加えられ、草醤から現在の漬けもの類が生じたとされる。魚介類を用いた魚醤からは、なれ鮨を経て早鮨が生まれた。また、魚醤や塩辛の起源とも考えられている。そして、穀醤からは、みそやしょうゆが生まれたとされる。

穀醤の不思議

 さて、上記の塩蔵起源説におかしいと感じるところはないだろうか。肉類、魚介類、野菜類は傷みやすい食材のため、塩蔵の必要性は理解できる。ただし、穀類の塩蔵とはおかしいのではないか。そもそも、穀類は収穫後に乾燥させることで長期保存が可能である。また、穀類は食べる量が多い。塩蔵しては食べられる量が制限されてしまう。

 そうであれば、穀醤が造られた目的は、保存性向上ではなかったはずである。筆者は、その目的が微生物による発酵だったに違いないと考えている。食材と共に食塩が存在すれば、耐塩性微生物が増殖する。その一つが乳酸菌であり、耐塩性酵母というものもある。乳酸菌が造る乳酸や酵母が造るアルコールは食材の風味を向上させる。

 ただし、穀物中のデンプンやタンパク質を乳酸菌や酵母は直接に資化する(微生物が利用する)ことはできない。まず、デンプンやタンパク質をブドウ糖やアミノ酸まで分解するカビ(糸状菌)の酵素が必要になる。初期は自然に発生したカビを使用していたのであろう。穀物の発芽によっても、アミラーゼ等の酵素が生ずるが、歴史的には東洋では利用されなかったようである。

 このように、穀醤は他の醤と異なり、いくつかの技術的なブレークスルーが必要だったのである。中国でも、周(前1046年頃~前256年)の時代から魚醤や肉醤は造られていた。穀醤が現れるのは、それより最大1000年以上も後の前漢時代(前206~8年)になってからのことになる。

浜納豆とは何か

浜納豆
浜松産「浜納豆」
豆チ
中国産「豆チ」

 さて、ポピュラーなものとは言えないが、浜納豆という伝統的な発酵食品がある。栄養に富み、保存性が高いため、戦国時代には重要な兵糧とされていた。納豆という言葉を含むため、糸引き納豆と一緒に説明されることが多いが、食塩を含むため塩辛納豆と呼ばれたり、造られる寺の名称から大徳寺納豆や天龍寺納豆、あるいは単に寺納豆と呼ばれるものもある。

 これらの名前は聞いたことがあっても、実際に食べた経験のある方は少数だろう。同様にマイナーな大豆食品とは言え、テンペは高級スーパー等で入手できる(第27回「テンペ普及への道」参照)。しかし、浜納豆をそろえているスーパーは見つけられなかった。テンペ以上に希少な大豆食品と言えそうである。

 浜納豆の造り方を説明しよう。原材料は大豆、小麦、食塩である。大豆は浸漬後に蒸煮する。小麦を炒って砕いた香煎(こうせん)に種麹を合わせ、冷却した大豆と混合する。これを30~33℃の麹室で2日間製麹し、水分20~25%程度まで乾燥させる。この麹豆が浸る程度に塩水を加えて6~12カ月熟成させる。麹豆を取り出して、改めて乾燥させると完成である。乾燥時にショウガやサンショウを加えることがある。

 造り方や用いる微生物は、みそやしょうゆと同じである。浜納豆は、納豆菌を使う糸引き納豆ではなく、穀醤を起源とする塩蔵の系譜にあるのだ。

 浜納豆は平安時代には中国から日本へ伝わっていたらしい。一方、糸引き納豆が一般化するのは江戸時代になってからのことで、両者には直接の関係はないと考えている。しかも、かつて納豆と言えば浜納豆のことを指していた。やがて、その後に普及した糸引き納豆を指すのが一般的になっていったという。「庇を貸して母屋を取られる」類の話である。

 現在の中国では、浜納豆と起源を同じくする豆チ(トウチ、チは豆偏に支)という調味料が伝わっており、また広く使用されている。一般的なものは食塩を使用するが、無塩タイプもあるという。ネパールやブータン、ラオスには無塩の大豆発酵食品が存在する。これらと中国の無塩タイプの豆チは関連があるようだ(第30回「日本文化の東西差と大豆」参照)。

 筆者が入手した浜納豆と豆チの外観は真っ黒の粒状でよく似ている。両者共にうっすらとしょうゆのような香りがある。塩分は浜納豆9.9%に豆チ7.9%と高い。味は塩味が強く、その後にほんのりと豆の味が広がる。通常、塩味をつける調味料として使用する。豆の味はわからなくなるが、隠し味となっているのだろう。

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About 横山勉 99 Articles
横山技術士事務所 所長 よこやま・つとむ 元ヒゲタ醤油品質保証室長。2010年、横山技術士事務所(https://yokoyama-food-enngineer.jimdosite.com/)を開設し、独立。食品技術士センター会員・元副会長(http://jafpec.com/)。休刊中の日経BP社「FoodScience」に食品技術士Yとして執筆。ブログ「食品技術士Yちょいワク『食ノート』」を執筆中(https://ameblo.jp/yk206)。