コシヒカリの人気低下はコメ人気上昇の前触れ

植え付け直後の水田(茨城県)
植え付け直後の水田(茨城県)

植え付け直後の水田(茨城県)
植え付け直後の水田(茨城県)

コメの品種に、新しい波が打ち寄せています。まだ小さなうねりのようなものですが、遠からず大きな波となって、コメ生産と消費の様子は大きく変わるでしょう。

 昨年、新潟県産コシヒカリは、2007年産米が出回るまでに、2006年産を大量に売り残したと言われています。北海道のある農家から聞いた話ですが、昨年、新潟県のコメ農家が北海道の稲作地帯を視察に来た際、近年の北海道産米の品質の良さをほめ、「最近は新潟産が売れなくて。新潟もがんばらなければ」と漏らしたと言います。それが、一農家のつぶやきではなく、市場の現実としてはっきりしてしまったわけです。

 新潟県産米の低調の原因としては、さまざまなことが言われていますが、私個人の読みとしては、原因は二つだと考えています。

 一つは、味などの品質面で、他の産地にも新潟県産コシヒカリに劣らないものがたくさんあるという理解が、流通業や消費者などに行き渡って来たことがあるはずです。新潟県産コシヒカリは、以前高い値段で取引されていますが、市場の価格は必ずしも品質だけが左右するものではありません。イメージや希少性、「これまで売れた」という実績なども影響します。そこでもし「新潟コシヒカリと味は同等か、むしろ良い」というコメがあれば、新潟県産は高いだけ不利になります。

 いま一つは、「新潟県産コシヒカリ」にケチが付いたということです。2005年作から、新潟県と県下の農協は従来のコシヒカリに変わって、コシヒカリ新潟BLという、病気(イモチ病)に強い新しい品種のシリーズの作付けを農家に勧めました。勧めるといっても、新潟県で従来のコシヒカリを作付けたいという農家は、県外から種モミを入手しなければなりませんし、出荷も農協には頼めず、自分で売り切る覚悟が必要になりますから、事実上の強制ということになるでしょう。

 新潟県では、このコシヒカリ新潟BLを「新潟県産コシヒカリ」の名称で売ることにしました。従来のコシヒカリも「新潟県産コシヒカリ」の名称で売っていいことになっていますが、コシヒカリ新潟BLを導入したもう一つの狙いは、DNA鑑定で新潟県だけで作付けされるコシヒカリ新潟BLを見分けることを可能にし、他の品種は「新潟県産でない」と排除することでした。つまり、苦労して従来のコシヒカリの種モミを入手して作付けた農家は、流通の段階でも県のお墨付きをもらいにくく、苦労すると考えられます。

 新潟県のこのやり方に対して、新潟の一部の農家は反発し、都市の米穀店などからも、このような不自由な管理を批判する声が上がりました。批判するサイドが問題にする主な論点は、「別な品種を同じブランドで売るのはおかしい」とする点と、「味は従来のコシヒカリと同等と言うが、疑問がある」とする点の2点です。これについては、今日に至るまでさまざまな議論がされています。

 県サイドと批判サイドと、どちらが正しいか。これに結着を付けることは難しいでしょう。一つの問題が、自然科学と経済と味覚と心理という全く異なる基準で論じられ、収拾が付かない様相を呈しているからです。

 ただ、一つ言えることは、「『新潟県産コシヒカリ』はもめ事を抱えている」という形でケチが付いたということです。消費者は、もめ事の結論が出るのなど待ちません。「どうも新潟県産コシヒカリは、コシヒカリではないらしい」といった不確かな情報が漏れはじめ、「味が同じなのか、どっちかがまずいのか、結論が出ていないようだ」などと噂されれば、それだけでお客は避けるようになります。消費者のその動きを予測すれば、コメ問屋としても、それを扱うのにはリスクがあるということになるでしょう。

 このような“お家騒動”や、新潟県産コシヒカリの不人気が続けば、新潟県の農家も、コシヒカリ以外の品種の栽培を考えざるを得なくなっていくでしょう。

 そして、このことの影響は、やがて他の都道府県にも波及していくはずです。「あの新潟」にして、「コシヒカリ」の価値が下がるということでは、どこ産であろうともコシヒカリは支持されにくい品種になっていく可能性があります。これは、コシヒカリの価値が一度にガクンと落ちるというのではなく、「コシヒカリはいろいろな良い品種の中の一つ」という理解のされ方に変わっていくと思われます。

 しかし、このことは決して悲しむべきことではありません。

 日本全国津々浦々、誰もがこぞってコシヒカリを栽培しようとしていたこれまでに変わって、全国で様々な品種のコメが栽培されていくことになります。従来、味で評価されにくかった北海道産米が、現在は新潟県農家をうならせるほどの人気を得ているのも、品種改良で地域に合った品種が出来たためですが、同様のことが全国各地について起きてくるでしょう。消費者も、自分の好みや、一緒に食べる料理、食べるシチュエーションによって様々なコメを存分に選ぶことができるようになるでしょう。もちろん、飲食店も、自分の店の料理に合うコメを選びやすくなります。

 このように、コメの選択の幅が広がり、食べる側の個性が認められるようになれば、自ずとコメの消費は伸びていくはずです。例えば、どこの洋服屋さんでも同じ服しか売っていなければ、誰も服をたくさん買おうなどとは考えません。いろいろな店があって、それぞれにいろいろな服を売っているから、ファッション業界は元気なのです。

 それと同じことが、やっとコメ流通の世界にも起こって来るのです。この多様化は、コメの需要を増やし、市場を膨らませます。折からの輸入穀物の高騰もあり、今後、コメへの関心はさらに高まるでしょう。

 飲食店も、のんびり構えているわけにはいきません。今までのように、メニュー表に「コシヒカリ使用」と書けば売れるような平穏な時代は終わったのです。どこで、どんな人が、どんな品種を、どのように栽培しているか――この情報収集競争を闘わなくてはなりません。そのライバルには、同業者だけでなく、外ならぬお客も含まれます。

※このコラムは柴田書店のWebサイト「レストランニュース」(2009年3月31日をもって休止)で公開したものです。

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →