映画の中のパン「ブラック・ブレッド」

アンドレウ(フランセス・クルメ)に与えられた食事は黒パンとスープだけの粗末なもの(絵・筆者)
アンドレウ(フランセス・クルメ)に与えられた食事は黒パンとスープだけの粗末なもの(絵・筆者)

昨今のヨーロッパ金融危機でも話題になることの多いスペインだが、20世紀にはそれとは比較にならない苦難の歴史があった。今回はそうしたスペインの歴史を背景にした作品の中で、現在公開中のパンが重要な意味を持つ作品を取り上げる。

スペイン内戦とフランコ独裁

 今回の映画「ブラック・ブレッド」(2010)について語る前にその時代背景についておさらいしておこう。

 第一次世界大戦後のスペインでは経済が停滞し、貧困層は困窮にあえいでいた。各地で反政府運動が激化し、軍部、地主、カトリック教会等の保守勢力が支持する右派と、1919年のロシア革命の影響を受けた知識層、貧農、労働者階級を中心とした左派の対立が起こり、バスク、カタルーニャ両州の独立の動きも加わって状況は混沌としていた。

 1936年の総選挙で左派政党が勝利を収め、国王アルフォンソ13世は退位、王政から共和制に移行した(スペイン革命)。新憲法のもと、社会主義政党を中心とした連合政権である人民戦線政府が成立するが、これに反対する保守勢力はモロッコに駐留していたフランコ将軍を担いで反乱を起こした。これが世に言うスペイン内戦である。

 人民戦線軍をソ連が支持する一方、ナチス・ドイツやイタリアといった国々が反乱軍を支援し、内戦は共産主義とファシズムの代理戦争の様相を呈していった。1937年4月26日、バスク地方のゲルニカをドイツ空軍が爆撃機で襲撃し、民間人を中心に多数の死傷者を出した。パリでこの報を聞いたパブロ・ピカソが母国の悲劇を壁画にしたのが「ゲルニカ」である。また、「老人と海」(1952)等で著名なアメリカのノーベル文学賞作家アーネスト・ヘミングウエイは人民戦線軍に参加した経験をもとに長編小説「誰がために鐘は鳴る」(1940)を著し、1943年にはゲーリー・クーパーとイングリッド・バーグマン主演で映画にもなった(邦題「誰が為に鐘は鳴る」)。

 内戦は1939年に首都マドリードが陥落し、4月1日の反乱軍の勝利宣言によって終結した。フランコは国家元首(総統)に就任し、1975年に死去するまでの36年に渡って独裁政治を行った。人民戦線の残党に対しては治安警備隊を使った厳しい弾圧を加え、バスク語やカタルーニャ語の公式の場での使用を禁じるなど地方独立の動きも封じ込めた。

 農村は“勝ち組”と“負け組”に二分され、負け組である左派の支持者はカトリック教会からも疎まれ、「アカ」呼ばわりされて集落からの孤立を深めていった。

黒パンと白パン

アンドレウ(フランセス・クルメ)に与えられた食事は黒パンとスープだけの粗末なもの(絵・筆者)
アンドレウ(フランセス・クルメ)に与えられた食事は黒パンとスープだけの粗末なもの(絵・筆者)

 前置きが長くなったが、映画は1940年代のカタルーニャの森の中で荷馬車を引いていたディオニスとクレットの父子が何者かによって惨殺されるショッキングなシーンから始まる。同国の巨匠ルイス・ブニュエルの「糧なき土地」(1933)の山羊の一場面のように崖から落ちてゆく馬車を目撃した11歳の少年アンドレウ(フランセス・クルメ)は、幼なじみのクレットがいまわの際に「ピトルリウア」と呟くのを耳にする。

 ピトルリウアとは、森の洞窟に住んでいると言われている背中に羽根の付いた伝説の怪物であり、アンドレウの父ファリオル(ロジェール・カサマジョール)の飼っている小鳥の名前でもあった。ファリオルはディオニスとはかつての左派の同志で、内戦後は共に村八分にされ、鳴き声大会に出す小鳥を育てていた。何かと口実をつけて左派の残党を粛清したい警察は、ファリオルを第一容疑者として追及する。

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。