スープの缶詰で人が死ぬ悲劇

今回は、食品を巡る4つの事件のお話をします。これらは米国で起こったことで、しかも過去のことです。しかし、もしかしたら、今も、いつどの会社で起こってもおかしくない話なのです。これはひとごとではありません。対岸の火事ではないのです。もしこんなことがいま起こったとしたら国中、いや世界中が大騒ぎになるのは明らかです。

ベビーフードに光ったガラス片

 まずは第一の事件です。

 場所は米国。1971年の春のことです。ことの起こりは、コネチカット州に住む女性が自分の小さな赤ん坊にベビーフードを食べさせようとし、スプーンをシリアルの中に入れたときです。その中に何か固いものがあるのがわかりました。何か光るような感じの小さなかけらです。取り出して大声を上げてしまったのです。それはなんとガラスの破片だったのです。

 こんなものが子供の口に入ったら、大変なことになる! 冷や汗が流れたのを彼女は覚えています。驚いてその発見をすぐさま報告をしたのです。

「グッドモーニング・アメリカ! ベビーフードにガラス破片混入」

 新聞は大きな見出しを躍らせました。このニュースはすぐに米国中に伝わり、米国民を震撼させました。

 この製品は、当時すでにほぼ100年の歴史を持つ米国では非常に有名なピルズベリーという会社で製造されたものでした。

 調査の結果、同社のある工場のガラスが割れ、原材料である小麦粉のストレージタンクに落ち、工程上では発見されずにそのまま製造されたというプロセスが明らかになったのでした。

 当然のことながら製品はリコールされ、市場から回収されました。しかしながら、当時はラルフ・ネーダーなどによる消費者運動の激しい時期で、この事件をきっかけに、顧客側からは安全な商品を製造するようにとの要求がさらに高まっていったのです。そこで、そのときの社長キース氏は、同社の開発取締役であったボーマン博士に対して、完全に問題ない製造ができる方法を考えるように指示を出したのです。

 博士は製造工程をつぶさに検討して、ラインに最大限の変更を実施することにしました。その方法とは、宇宙食製造の方法論をこの工場に取り込むということでした。実はピルズベリー社は、数年前から米航空宇宙局(NASA)と宇宙食の研究開発していました。ボーマン博士は、その宇宙食製造のやり方によれば、同じ過ちが起こる可能性はなくなると確信したのです。これが、後に世界に広まっていく、全く新しい食品製造の管理方法となるのです。

一口のスープで奪われた命

 ところが、そうしている間に、第二の事件が起こります。別の会社の製品が、ある悲劇を招いたのです。第一の事件からまだそれほど時間が経過していない、同じ年の6月、汗ばむ時期でした。

 その日、主婦のグレース・コックランさんはボン・ヴィヴァントというメーカーの缶入りビシソワーズ・スープ(冷製ポテトスープ)を夕食に出しました。当時米国の家庭では食品メーカーが工場で造った缶詰を夕食に出すことが普通でしたし、いつも食べているもので安心して食卓に並べました。

 ところがその晩は、主人のサミュエル氏は1匙か2匙口にすると、変な味がすると言って食べるのをやめてしまいました。何でそんな変な味がするのかと、グレースもいぶかしく思って1匙口にして確認してみると、彼女にもおかしな味だとわかりました。

 さて、翌日、サミュエルは出勤するために車で出かけたのですが、途中で目がおかしくなり、前が見えにくくなってきました。それでもなんとか出勤したものの、事務所で数時間働くうちに体調はますます悪化していくばかりでした。そこで眼科に行ったのですが、そこではさらに様子がおかしくなっていて、眼科医はかかりつけの医師に診てもらった方がいいと彼を説得したのです。

 サミュエルがその言葉に従って病院に行ったときには、もはや話すことも困難、眼球は動かず、両腕はだらりと垂れた状況に陥っていました。彼はほとんど動くことのできない病人になってしまったのです。結局、到着して8時間が経過した夜11時頃、彼は最悪の事態を迎えたのでした。医師が彼のベッドに行ったとき、すでにサミュエルの命は失われていたのです。

 一方、サミュエルを診たコルモア医師は、すぐにサミュエルの自宅へ行ってみたのです。そこでは、グレースも同様の状況に陥っていました。彼女は、「昨晩主人と飲んだスープの味がおかしく、2人ともそのスープを完全に飲み切ることができなかった」と報告しました。

 医師は、その話の内容から2人ともスープの中にいたと推定される細菌にやられたのだと考えました。それで、家の中に残っていた未開缶のスープがすぐに調べられることになりました。その缶の中からは、ボツリヌス菌が発見されました。サミュエルの死とグレースの体調不良の原因はそれであったことが判明したのです。

 すぐにこのスープの缶詰は販売中止となり、リコールされました。また、同社の別な製品も引き揚げられ、工場は操業停止となったのです。

 ボツリヌス菌は酸素の少ないところを好む細菌(嫌気性菌)であるため、缶詰のような脱気された食品などに発生して、ボツリヌス毒素という毒素を排出します。この毒素は、上の例でもあるように人を死に至らしめる非常に恐ろしい毒物であるわけです。今日では、この細菌の情報は日本ではよく知られるようになりましたが、実際にこのような悲劇はあったのです。

パンパンに膨らんだ缶詰

 そしてやはり同じ年に、第三の事件が発生します。これも米国では有名なキャンベル・スープ・カンパニーが製造したチキンベジタブルスープに、ボツリヌス菌の存在が確認されたのです。このときは、事前にそれらの缶詰がすべてリコールされて、ボン・ヴィヴァント事件のような大事には至らなかったのです。

 しかし、事件が起こるときには立て続けに同様のことが発生するものなのだと、食品業界は思い知らされることになります。同じ年に、第四の事件が起こったのです。

 ストックレー・ヴァン・キャンプという会社のグリーンビーンズの缶詰でした。その缶詰は、中の空気でパンパンに膨れ上がっていました。その中身を、8歳の子供とその父親が食べたことに端を発します。ただ、この場合も死者を出す重大事にはならなかったのが幸いでした。しかし、疾病管理・防止センターが次の実験をしてみました。この父子の家に残っていた缶詰の液体を取り出してモルモットに注射したところ、死んでしまったのです。つまりこれも上であったような大事件に発展する可能性は多分にあったということなのです。

 これらはたまたま似た事件が同じ年に重なって発生し、これらが一社の問題ではなく大きな社会問題であることを知らせる結果となりました。

 このような一連の事件を収束させるために、米国食品医薬品局(FDA)は、1972年9月にピルズベリーの協力によってFDAの主要なインスペクター16人を集めて3週間にわたる講習をミネソタ州で実施しました。それは、先に述べたピルズベリー社の安全な食品を宇宙に送り出す製造システムはどういったものかを教え、“完全に安全な食品”を製造するにはどうしたらいいのかを指導するものでした。

 やはり、技術の進歩や発展の先駆けとなるには、このような事件が発生し、それを防止するためにはどうするかという観点で時代が動いていくのだということをここで知らされるわけです。

 では、その指導内容はどうであったのか、時代はどう動いていったのか、それらをさらにみていくことにしましょう。

参考文献

Jennifer Ross-Nazzal(2007)「”From Farm To Fork”: How Space Food Standards Impacted The Food Industry And Changed Food Safety Standards」, Steven J. Dick, Roger D. Launius, Jennifer Ross-Nazzal『Societal IMPACT of SPACEFLIGHT』Chapter 12, NASA Office of External Relations History Division.

General Mills(2017)「General Mills 150 – Making Food People Love」, <http://history.generalmills.com/> 2017年2月アクセス.

宇宙航空研究開発機構(2007)「宇宙ステーション・きぼう広報・情報センター」, <http://iss.jaxa.jp/> 2017年2月アクセス.

【編集部より】昨年暮れ、厚生労働省は、いわゆる「一歩進んだ衛生管理」と呼ばれる製造管理手法=HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point/危害要因分析に基づく必須管理点)の導入をすべての食品事業者に義務づける方針を決めました。

 しかし、これは諸外国の食品製造では常識化している一方、日本ではとくに中小零細での導入が3割程度と進んでいません。その原因の一つは、この手法の有効性と重要性の理解が進んでいないことと、何よりわかりにくく、専門的すぎるという印象が強いためと考えられます。

 ジーン・中園氏は、HACCPという言葉が世に広まる以前から、外食業の品質保証と製造業の工場運営の実務の中でこの管理手法に触れ、実務者として現実的な導入手順を考え、従業員の指導や取引先への助言も行ってきました。その経験を活かして、専門用語に慣れていない人にも理解しやすく解説し、小規模な事業所にも導入しやすい現実的な取り組みとして紹介していきます。ご期待ください。

ジーン・中園
About ジーン・中園 2 Articles
Happiness Success コンサルタント じーん・なかぞの 1949年大阪市生まれ。食品マネジメントの専門家として食品製造と飲食店運営に関する指導・助言を行う一方、成功のための著述・講演活動を行っている。1973年日本マクドナルド入社。国内と米国での店舗運営を経て、ハンバーガー大学プロフェッサー、購買本部QA(品質保証)マネジャーを歴任。1990年退職し、オーストラリア・ゴールドコーストの新規開店日本レストランの支配人として移住し繁盛店をつくり上げる。その後シドニーに移り、米国系大手野菜製造加工工場QA部マネジャーおよび食品コンサルタントとして活躍。2009年より6年間日本に“単身赴任”し、取締役工場長として世界基準の食品工場をつくり上げた。著書に、「小さな飲食店をつくって成功する法」(日本実業出版社刊)、「日本品質の食品工場はこうつくれ!」「なぜあの人は5時帰りで年収が10倍になったのか?」「Samurai Quality Assurance On Foods, 2,000 Hits In Japan」「Gene' s Upside Down method of ENRICHING YOUR LIFE!」「藤田田の頭の中」(各・香雪社刊)などがある。※ジーン・中園公式ページ →