VI 女性バーテンダーのさきがけ(4)21世紀の彼女たち

洋酒文化の歴史的考察
洋酒文化の歴史的考察

職業を選ぶ上では機会均等だが、仕事をしていく上で男性ならでは/女性ならではの能力がそれぞれに発揮されることは否定できない。バーテンダーの仕事をする上で、女性であることの力はなんだろうか。

女性バーテンダーのバーで味わう空気感

 最近、バーで多く見かけるようになった女性の一人客の場合、職場の同僚でもなく学生時代の友人でもない女性バーテンダーが、酔った際に自分が垣間見せる素顔を知ってくれている親身な相談相手だ、という話を聞いたことがある。この世界で20年以上働いている女性バーテンダーからは、こうも聞いた――まだ口もきけない乳幼児の体調を表情やしぐさから図る育児の能力、それを可能にする女性のDNAに刻まれた特有の気質が、仕事で困難な目標を達成したことやつらかったことなど、自らの喜怒哀楽を言外に察知してもらいたくてバーにやってくる客との対応に役立っているのかもしれない。この話にもうなずけるところがある。

 3回にわたって書き連ねてきた女性バーテンダーの原稿にどうにか目途がついたころ、筆者は帰省先の北海道で友人を待っていた。7年ぶりで会った彼は、最近白髪が増えたと苦笑しながら、筆者を新千歳空港の一角にあるバーに誘った。子供たちの課外活動の面倒を見てから空港に駆け付けてくれた学校教師の彼と話せる時間は、飛行機の搭乗手続きが始まるまでの30分ほどしかない。東京の同期生たちの消息を矢継ぎ早に尋ねる彼と筆者のついたカウンターの前に立ったのは、きりっとした表情が印象的な一人の女性バーテンダーだった。

 新千歳空港の乗降客は1日平均4万人、年末年始にはそれを超えるという。彼の質問攻めをどうにか切り抜けながら、筆者の視線は友人の肩越しに見える、通路を行きかう土産物の包みを抱えた男女や、はしゃぐ孫を肩に載せた幸せそうな老人の姿を追っていた。

 ほどなくして目の前に出された、心地よく冷えたマティーニを味わう筆者のすぐ先にあるプロムナードを行きかう人々は、我々が酒場で管を巻いていることなどあずかり知らぬかのように通り過ぎていく。ひとときの憩いを、はた目からは見えない透明な窓があるかのように楽しんでいた筆者に、女性バーテンダーが声を掛けてきた。

 バックバー(彼女の背面の酒棚)を眺めながら、友人には耳慣れないであろうリキュールの名前やら配分やらをあれこれ思案して彼女と次の一杯を決める会話を交わしていて、わかったことがある。我々が女性バーテンダーのいるバーに行くのは、カウンターを挟んで心地よい緊張――空気感と言った方がいいかもしれない――を味わいたいからなのではないか、と。

恋の序章に似たなにか

 筆者は本稿を書くに当たって、「女性バーテンダー」と言えば名前が上がる銀座や大森の有名なバーに、あえて紹介なしで乗り込んでみた。彼女たちについて、総じて言えるのは、日頃の努力に裏打ちされた高いプライドがバーを華やいだものに変えていることだった。

 素性も不明なままに店に現れた筆者と彼女たちはまず言葉を交わす。何軒かで「どなたかのご紹介で?」「あ、いや……」というやりとりが交わされた。一切情報がないこの客はどういう酒を求めているのか。質問と応答は最低限に交わされるが、自分のことをあれこれと話すことを好まない筆者から、それ以上を引き出すことはできない。あとは接客経験や調製経験、あとは自らの洋酒知識に頼るしかない。

 逆に、こちらはブログや噂で先方のプロフィールをあらかた把握している。我ながら「嫌な客だな」とも思うが、結果的にどこの店でも一見の客であるにもかかわらず、心地よい緊張感を持続したまま店を持することができた。

 一人でフラリと訪れた未知の客。そこから彼女たちは自分の手にある知識と経験を頼りに、“闘い”を挑んでくる。その客が注文を決めるまでの様子は、一挙手一投足まで店から注視されていると思って間違いない。渡されたメニュー・ブックを閉じてバックバーを眺めた日には、彼女たちの緊張のボルテージはいやが上にも上がってくる。

 注文が決まって交わされるやりとりと、調製中の緊張した空気感は恋の序章にありがちな男女のやり取りに、いささか似ているかもしれない。やがて差し出されたグラスを口にした客の満足の意が表情に現われ、彼女の表情に安堵と会心のこもった笑顔が浮かんだときの、先ほどまでの緊張から一転した空気感の緩急は、他の酒場では味わえないものに違いない。

女性バーテンダーが美しい理由

 新千歳空港のバーで珍しい青リンゴのリキュールを見つけた筆者は、それを使った、いささか調製が面倒なカクテルを頼んでみた。口を付けた筆者の表情から、それが希望通りのカクテルであったことを知った女性バーテンダーの微笑みは、国際線の発着も多い新千歳空港で世界を相手にシェーカーを振っている女性特有のプライドと、一つの困難なミッションを完遂した充足で、輝いて見えた。

 筆者は以前から女性バーテンダーには美人が多いと感じていたが、どうも誤解だったらしい。彼女とのやり取りで気付いたのは、女性バーテンダーに美人が多いのではなく、技能や経験を磨き、そのことを誇りとする女性が美しいのでは、という仮定だった。

 一人ひとりの客にプロとして向き合い、一杯ごとに真剣勝負の火花を散らす。カウンターというステージに立って、いつも見られることを意識するから美しくなっていく。

 美人がバーテンダーになるのではなく、バーテンダーという、緊張感に緩急がある、人の前に立つ仕事が、彼女たちを美しくしているのだ。本稿を終えた今は、そう確信を持って言えそうな気がする。

About 石倉一雄 129 Articles
Absinthe 研究/洋酒ライター いしくら・かずお 1961年北海道生まれ。周囲の誰も興味を持たないものを丹念に調べる楽しさに魅入られ、学生時代はロシアの文物にのめり込む。その後、幻に包まれた戦前の洋酒文化の調査に没頭し、大正、明治、さらに江戸時代と史料をあたり、行動は図書館にバーにと神出鬼没。これまでにダイナースクラブ会員誌「Signature」、「男の隠れ家」(朝日新聞出版)に誰も知らない洋酒の話を連載。研究は幻の酒アブサン(Absinthe)にも及び、「日経MJ」に寄稿したほか、J-WAVE、FM静岡にも出演。こよなく愛する酒は「Moskovskaya」。