繁盛店は値下げしない

全国津々浦々、商品ジャンルも価格帯も異なるさまざまな店がある中で、私がこれまでお話をうかがいに行った繁盛店にはいくつかの共通する習慣があります。その中でも比較的頑固に守られていることに、次の2項があります。

・レギュラー商品の価格を下げない。

・特典、お礼、おわびの品にレギュラー商品やその割引券を使わない。

 繁盛店の店主たちは異口同音にこれを言い、実践しています。当たり前のこととしてさらりと言うのですが、それだけにこれはなかなか曲げません。

 これに対して、多くの店、とりわけ不振店は、繁盛店に比べると簡単に価格を下げたり上げたりと変えようとするものです。とくに客数減が続くとき、その対策として最初に発想することの中で、値下げは優先度の高い取り組みとして考えられる傾向があります。むしろ、業績不振の店に行って話を聞くと、すでに値下げを行い、しかも目立った効果は現れていないか、その後もじわじわと客数が減っていて困っていると言った話をよく聞くものです。

「神の見えざる手」の落とし穴

 あなたは「なぜ繁盛店は値下げしないのだ?」と考えるかもしれません。あるいは「繁盛しているから値下げしないで済むのだ」と思うかもしれません。一理あるでしょう。

 しかし、ここは一つ、「売れなかったら値下げすればよい」という、多くの人が常識のように考えていることが本当なのかどうか、疑ってみることにしたいと思います。

 1000円で買おうと思っていた品物が900円だったら100円の得です。だからうれしいと思うのは当たり前で、疑うほうがおかしいという人もいるでしょう。

需要曲線と供給曲線/Sugarless作成
「神の見えざる手」(需要曲線と供給曲線/Sugarless作成/GFDLによる。オリジナル取得先はこちら

 また、中学校や高校で社会科をきちんと勉強した人は「神の見えざる手」(アダム・スミス「国富論」)を思い出しているかもしれません。学校の先生は黒板にグラフを描いたでしょう。縦軸yが「価格」、横軸xが品物の数量です。先生はこれに2本の曲線を「×」印のように描いたでしょう。1本は「供給」で、価格が低いと供給が少なく高いと供給が多くなるので右上がりになります。もう1本は「需要」で、価格が高いと需要が少なく低いと需要が多くなるので右下がりになります。それで、取引価格はこの2本の曲線が交わったところで落ち着くものだというのが、「神の見えざる手」というものです。

 おや。この説明の中ですでに「価格が低いと需要が多く高いと需要が少なくなる」と出てきてしまいました。学校の先生もそう教えたでしょう。だから、授業をまじめに受けた人ほど、「高いから売れない」「売れなかったら安くすればいい」と考えるようになるのかもしれません。

 でも本当でしょうか? これはあなたの店の中で起こっていることでしょうか。

 経済社会全体を見るのではなく、自店の実務に「神の見えざる手」を持ち込んで考えることには落とし穴があります。というのは、あなたが思い浮かべているこのグラフは、どの商品についてのものでしょうか? 考えてみてください。

デスクは「値上げだ!」と色めき立つが

 ちょっと脱線しますが、お付き合いください。

 私は日経BP社の「日経レストラン」に配属されたとき、柴田書店の「月刊食堂」との考え方の違いをいろいろなところに感じました。それで、上司・同僚をずいぶん困らせましたし、私も両方で習ったことを整理して飲み込むのに苦労しました。これは新しい学びであり、私にとって大切な経験で、日経BP社の上司・同僚には本当に感謝しているのですが、それですべてを「日経レストラン」や日経BP社式の考え方に改めたわけでもありません。

 たとえば、今も日経BP社あるいは日本経済新聞社を含めた日経グループの記者と話していて違和感を感じるのは、「それは『値下げ』か『値上げ』か?」と白黒をつけたい様子を感じるときです。「齋藤、それはつまり『値上げ』ってことか?」と聞いてくるときの同僚やデスクの表情は、何か獲物を見つけた猟犬のように見えるものです(先輩、ごめんなさい)。つまり、それは雑誌社にとっては「ネタだ!」というわけです。

 しかし、私はそんなとき、「そうです!」と答えられないのです。むしろ、「え?」と困ってしまうのです。

「500円のものが450円になった」ら値下げで、「550円になった」ら値上げです。これはわかります。一般論として。では、「カレーライスと表示している商品の価格が500円から450円になった」らカレーライスの値下げで、「550円になった」らカレーライスの値上げでしょうか?

 あなたがそのカレーライスの名称で売る商品を提供しているお店の主人だったとして考えてみてください。元の「500円」というのは、もちろん何らかの考えなり計算なりがあってつけた価格であったとしても、詰まるところ、ある種の料理にあなたが勝手につけた価格です。もともと「450円」でも「550円」でもよかったでしょう。そして、隣近所には「300円のカレーライス」「1500円のカレーライス」もあったでしょう。そのそれぞれのカレーライスは、入っている材料も調理法も味も香りもそれぞれに違い、あなたが「500円」のカレーライスに代わって売ろうとしている「450円」「550円」のカレーライスも、同じカレーライスではないかもしれません。スプーンが器やお冷やのグラスに突っ込んであったり、紙ナプキンでくるんであったり、ランチョンマットにスプーンをそっと置いて供するなり、カレーがポットに入って別添えだったりと、提供法も違うかもしれません。

 その、それぞれに違うものに別々な価格がつくのは、当然のことです。ですから、あなたが提供していたカレーライスの元の「500円」という価格は、カレーライスというものの絶対的な価格ではありません。絶対的な価格ではないものについて「値上げか?/値下げか?」を考えることは、意味のあることではありません。

About 齋藤訓之 307 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →