販促重視が外食産業をつぶす

前回のつづき》フードコストや店内のスタッフのレイバーコストよりも、販売促進にかけるコストを優先するお店には、どんなお客が来店しているでしょうか。ここで言う販売促進にかけるコストとは、前回の例でお話した客引きだけの話ではありません。フリーペーパーに出す広告の費用、クーポン・プログラムにかける費用、自社サイトやグルメサイトなどのWebコンテンツにかける費用、チラシのポスティング、どれについてでもです。

 多くの場合、販売促進で来店するお客は新規客であり、リピートするかどうかはまだわからないお客です。フリーペーパーなら、何を食べるか目的もなく歩いている人がたまたま手にして、たまたまキャンペーンだから来店するのでしょう。クーポンならば、高い(かもしれない)店を安く利用できるなら来店したいというお客が来店するのでしょう。

 問題は、そういう人たちが来店したときに、「たまたま来たけれど、これはまた(もっと高くても)来なくちゃ」と思える何かを、その店が用意できているかどうかです。もしそのとき、毎月毎月販売促進にお金をかけていて、サービスに人件費はかけられない、原価率を抑えている、他にはない商品も開発できない、といった状況であれば、その店に定着する新規客というのは、果たして望めるものでしょうか。

 本来は、と言いますか、かつて多くの飲食店は、通常の営業と開発にお金をかけていたものです。そして、年に何度か、「ここぞ」というときに「ウチの素晴らしいサービスを、料理の味を、一度は体験してください(必ず好きにさせますから)」という意味を込めて販売促進費を使っていたものです。

 それに対して、のべつ販売促進を行うということはどういうことでしょうか。

販売促進 → 営業費削減 → リピート望めず → 販売促進 → ……

 という悪循環に陥ることではありませんか。

「そうは言ってもたいへんなんだ」「過当競争の時代だからやむを得ないんだ」――そうおっしゃるお店が多いことは知っています。かつては総合的に情報を伝えていた飲食店の経営情報誌で、今は販売促進の情報を柱とするように舵を切ったものもありますから、そういうお店が今や主流かもしれません。しかし、どこかで、いつかのタイミングで、このスパイラルを断ち切らなければ、その店独自のよさというものは、作っていけないのではないでしょうか。

 悪い言葉も使って厳しく言うならば、過当競争時代での“勝ち組”と“負け組”を分けるのは、そこではありませんか? 食に関心のある人ならば知っているはずです。どの繁華街にも、とくに宣伝もしていないのになぜかいつもお客が集まって、いつも座れない店というものが、数軒はあるものです。そういうお店になるか、そうではないお店で、できるところまで突っ走ってみるのか。どちらを選ぶかは、決めなければならないでしょう。

 さて、この宿題は居酒屋など飲食店だけの課題ではありません。外食産業に食材、加工食品、そしてアルコールなどの飲料を供給するメーカーにとっても重大な、ゆゆしき問題です。

 今の、販売促進が主流の外食産業で増えているお客とはどのようなお客でしょうか。その店ならではの味やサービスや雰囲気を求めるのではなく、価格を求めるお客、ボリュームを求めるお客、飲み物も酒肴も何でもいいから酒に酔いたいお客、そういう人たちではありませんか。

 今そういう消費行動をしている人たちにも、もっと違う消費を楽しむことを覚えてもらうように行動していかなければ、最終的に食品は価格とスペックだけで評価される、実に味気ないものにならざるを得ないでしょう。

 詳しくは回を改めますが、供給者・消費者ともに、価格・安全・健康への関心を過剰に高めている今の状況は、その前ぶれでしょう。味や文化など経験を要し、面倒でわかりにくい基準で選んだり楽しんだりするお客が消えていっているのです。

※このコラムはメールマガジンで公開したものです。

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →