「金持ちになると氷を使うようになる」は常に真か

 先週は「氷の朔日」と和菓子「水無月」のお話をお届けしましたが、その後もう少し調べてみましたところ、まだいくつか同様のお話があることがわかりました。

 石川県には「氷室饅頭」という、丸い、赤・白・緑三色の饅頭があって、季節のお菓子として金沢の方々は楽しみにされているそうです。これも、旧暦6月1日に加賀藩が幕府に氷を献上していたということで、これにちなんでお菓子屋さんが作ったと伝えられているようです。また興味深いのは、この時期、当地でも麦饅頭を作る習慣があって、氷室饅頭の起源はそれとも伝えられているそうです。

 熊本県八代市の八代神社 (妙見宮) では、6月1日に氷室祭りが行われるということです。その起源として、八代城主となった細川忠興が山の雪を供えたのが始まりと伝えられていて、現在では九州の製氷業数社がこの日に氷を供えているそうです。

 そして、この祭りに欠かせないのが名物の「雪餅」というお菓子です。これは米粉を練ってあんを入れて蒸す菓子で、形は四角。中のあんがちょうどよく表面に透けて、これも氷そっくりに見えます。

「氷の朔日」にまつわる行事や食べ物は、全国各地にまだまだあることでしょう。その多くは、中央から伝わった行事と、もともと地域で行われていた行事が混交する形で再構成されて定着したものであるように思われます。

 さて、冷蔵庫のない時代に、まさにこれから暑くなるという季節の京都なり熊本なりにそれなりの量の氷を用意するというのは、相当な知恵と設備と人手を要したことと思いますが、明治時代の氷ビジネスで驚かされるのは、「ボストン氷」というものがあったということです。

 アメリカ・ニューイングランド地方産の氷を大西洋、インド洋経由で輸入するというもので、やはり非常に高価なものであったということです。それに対して、氷の国産化でもっと安くできないかと知恵を絞ったのは、東京で牛鍋屋を開業した三河出身の商人、中川嘉兵衛という人でした。中川は最初富士山麓でこれを試みるもうまく行かず、たどり着いたのが北海道・函館。なんと冬に五稜郭の堀に出来る氷を切り出し、これを海路横浜へ運び、東京・永代橋の倉庫で貯蔵して売ったということです。

 いや、明治時代の氷事情については、今後FoodWatchJapan連載「洋酒文化の歴史的考察」石倉一雄さんが詳しく書いてくれるはずですので、このお話はこのぐらいにしておきましょう。どうぞお楽しみに。

 ところで、一昨年、中国では面白い氷を見ました。山東省の大規模な青果市場を訪ねたのですが、市場のところどころに空のペットボトルが大量に集められているのです。これは何だろうと思って見ていると、野菜を文字通り山積みしたトラックが出所だとわかりました。ペットボトルに水を入れて凍らせたものを保冷剤として野菜と一緒に積んでくるのがわかって、なるほどと膝を打ちました。ナンバーを見ると内モンゴルに近い方とか、相当に遠くから来たトラックですが、ボトルの中はまだ氷が残っています。

 市場はまさに改築が進んでいる最中で、ペットボトル保冷剤を積んだ無蓋車が近代的な建物の中に躍り込んで来る光景はちぐはぐに見えましたが、そうしたトラックも早晩ピカピカの保冷コンテナに替わり、彼らも「あの頃はな……」と語る日も近いのだろうなどと考えました。

 その中国のあちこちで、会議で出る飲み物と言えば、蓋付きの器に茶葉を入れて、それにお湯をさしてくれるというもの。緊張する話題の最中にも、給仕の人が回って来てお湯を足してくれるたびに、そっと手を広げて勧めるしぐさをしてくれるのは、なんとも心なごむものです。

 中にはペットボトル入りの水やお茶を用意してくれる会社もありますが、それが冷やされているということはまずありませんでした。常温が普通です。しかしこれは、冷蔵庫事情が悪いからというのではありませんでした。何しろ、街で店に入れば、氷も冷たい飲み物もアイスクリームも、刺身に使える魚介もたくさんあります。

 その後山東省の食品メーカーの方たちが来日し、視察に同行するということがありました。そのとき、飲み物が冷たくなかった理由がよくわかったのです。

 高速道路のサービスエリアに入り、レストランで休憩したとき、お冷やが出ると、彼らはすかさず白湯をリクエストするのです。暑い日だから冷たいものが飲みたいのではないかと思うのですが、彼らはにこにこして白湯を飲んでいます。

 もちろん、広い中国のたくさんの中国人を一つにくくることはできませんが、このときご一緒した人たちの話からすると、とにかく冷たいものを飲むことはいけないと小さな頃から教えられて育ったということなのです。それは私たちもよく「生水を飲むな」と言われたように、衛生上の理由もあるようですが、どうもそれ以上に「体を冷やすな」ということ、漢方や陰陽五行説的な考えが大きく影響しているようでした。

 さすが徹底していると感じたのは、ホテルでの会食で、乾杯のビールを注ごうとしたそのときです。彼らがにわかにそわそわとし出したので聞いてみると、ビールが冷たいので困ると言うのです。すぐに彼らが昼間白湯を飲んでいたのを思い出して、ホテルの人に冷えていないビールに替えるように頼みました。

 サービスが素晴らしいということで有名なホテルだったのですが、この注文は想定外だったようで、ウェイターは最初何のことかわからないといった顔をしていて、冷えていないビールを出すのにもずいぶん時間がかかりました。

 先週触れた、高度成長期の日本へのアメリカ人のアドバイス「金持ちになると氷を使うようになる」というお話。必ずしも皆が皆そうとは限らないのだなと考えさせられた日でした。

※このコラムはメールマガジンで公開したものです。

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About 齋藤訓之 398 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所特任研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →