物語のある人格化がブランドを創る

 2年前の6月13日の夜、テレビをご覧になっていましたか? 小惑星探査機「はやぶさ」の帰還の様子です。

「はやぶさ」は2003年5月に打ち上げられ、当初2007年夏の大気圏再突入を計画していました。しかしいくつかのトラブルがあり、また一時行方不明にもなり、帰還は危ぶまれました。それでも関係者の不屈の努力の成果として、一昨年同夜地球への帰還を果たしました。本体は上空で閃光を放ちながら燃え尽き、小惑星のサンプルを積んだカプセルをオーストラリアのウーメラ砂漠に落とした、その顛末はご存知のとおりです。

「はやぶさ」については、プロジェクトマネジャーの川口淳一郎氏はじめ、生身の人間のヒーローがいます。しかし今回私がお話したいのは、「はやぶさ」という非生物のヒーロー性です。

 はるか上空で光を放ちながら散っていく「はやぶさ」を見て、目を潤ませた方は多いでしょう。そんなあなたに質問です。その涙は、何によったのでしょう? プロジェクトでがんばった人たちのためにという人もいるでしょう。勝利感を味わって涙が出たという人もいるでしょう。でも、そうではないなにか、という人も多いのではないでしょうか。

 私は「はやぶさ」を人のように感じました。資料映像を見れば、金属の箱に太陽電池パネルの羽根がついた、どう見ても人には見えない機械です。しかし、危機を乗り越えての帰還、そのプロセス全体を聞いているうちに、「はやぶさ」に人格ができていったように感じます――大切な友人のような、応援したいスポーツ選手のような、尊敬する偉人のような。

 その帰還と消滅は、死の淵から復活して目的を遂げて元の世界に還る、古来あらゆる民族が伝える英雄譚そのものでした。そして、「はやぶさ」の現世の“体”が失われたことで、“彼/彼女”は神話化したのだと思います。

 考えてみれば、生身の人間も、自分以外の人間は実のところ得体の知れないものです。しかし、そうした他人を人として認識し、仲間(あるいは敵)と分別するための心の働きがヒトには備わっていて、同じ心の働きが人間以外の生物についても起こることがあり、また山や森や海や湖、石ころ、台風などの自然現象、そして機械などの非生物にも起こることがあるのではないでしょうか。神、霊、妖精、オバケ、妖怪として伝わるものの多くは、そのような人間の心の働きと深い関係があるように思います。

 国についてその心が働いて共有されている場合もあります。アンクル・サム(アメリカ合衆国)、ジョン・ブル(イギリス)、マリアンヌ(フランス)などのように。

 このように人として認識されるようになったものは、特別に扱われます。

 欧米の船舶に人名が付けられることはよくあります。そして英語では三人称sheが使われるのも、もちろんこれには諸説あるわけですが、船舶を人として扱い、付き合っている様子をうかがわせます。愛車に女性の名前を付けている(日本でなら“ちゃん付け”で呼ぶ)男性も、珍しくはありません。刀剣、弓、銃などの得物、職人が使う道具なども人として扱われていることがあり、それらに話しかけたり、人物であるように思い出を語る人もいます。

 最近話題の“ゆるキャラ”や企業のマスコットなどが作られるのも、こうしたヒトの心の働きを理解した上で、「顔」をビジュアル化することで手っ取り早く人格化することが狙いでしょう。ですが、「はやぶさ」の例のように、「顔」があることは人格化に必須ではありません。より重要なのは物語(神話)であり、“ひととなり”を感じさせる history や、感情移入の手がかりになる experience が備わっていることです。

 現在、ロボットの技術が大きく進歩し、また人のように考えるコンピュータも作られるようになりました。実際に人間としてふるまい、人間として付き合えるコンピュータが登場するのもSFの中だけの話ではなく、人類が“人格を持つ人工物”を作り出すことは、実は近い将来に迫っていることのようです。

 しかし、今日のように科学技術が進歩するはるか以前から、私たちは非生物に人格を与え、“人として付き合う”方法を知っていました。大切に育てられたり、人々に大きな影響を与えたものは、たとえそれが非生物であっても、いつかピノキオのように服を着て歩き出し、紛れもない人になるのです。

 そして、これはもちろん、店や企業(法律上すでに人格を付与されています)や商品や体系化されたサービスにも起こることです。

 企業がブランド構築・ブランド管理を重視し始めて久しい昨今ですが、本当に大切なのはマーク(ブランド)を作ったり、それらの運用ルールを定めたりすることではありません。そろそろこれは潮時で、これからは“ブランド化”という今日なおあいまいでつかみどころのない活動よりも、誰もが生まれながらに持つ野生の感覚で取り組める“人格化”を目指すように考え直すべきでしょう。そうした活動こそが、企業・商品・サービスを文字通り生かすことになるはずです。

 繰り返しになりますが、そこで最も大切なことは、「はやぶさ」のように共感を呼び起こす物語であり、巡り合いやかいくぐった冒険といった経験の逸話です。

 最近の企業のブランド担当部署は、多くの場合、CSR(企業の社会的責任)、コンプライアンス、環境への対応、フィランソロピー、メセナ、パブリック・リレーション、リスク・コミュニケーションを含む多種のコミュニケーションなど、レベルの異なる多様な機能を担当しているか統括しています。これらについても、守り、愛されるべき“人格”のヒーロー性を補強するもの、ないしはその“人格”のヒーロー性そのものと考えれば、より混乱なくインテグレートしやすくなるでしょう。

※このコラムはメールマガジンで公開したものです。

齋藤訓之
About 齋藤訓之 300 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →