雛祭りに見る宗教・呪術の工業化

 3月3日は桃の節句。「雛祭り」と言いますから、桃の節句と言えば雛人形が主役のように思います。女性のみなさんには、せっかく素敵なお雛様を見てもらおうというのに、小学生の頃おひなさまの日に招待した男子はなぜ食べることばかりに熱心だったのだろうとか、「日本全国酒飲み音頭」なる曲に「ひな祭りで酒が飲めるぞ」なんて歌っているのは許せないとか、思っている方もいるでしょう。

 しかしこの節句なるもの、食い気は許されるべきもののようです。今日では「節句」と書くのが普通のようで、新聞もたいていは「節句」で統一しています。ですが、もともとは「節日」(せちにち)に「供える」「供する」から出来た言葉で、「節供」と書くほうが古いようです。

 節日は五節句(五節供)すなわち、1月7日(人日/七草)、3月3日(上巳/桃の節句)、5月5日(端午)、7月7日(七夕)、9月9日(重陽)で、それぞれに七草粥や柏餅や菊を浮かべた酒など、何かと口に入れるものがかかわっているものです。

 中でも、桃の節句はアイテムが多いようです。

 まず雛壇には菱餅が載っています。それからひなあられ。子供には勧められませんが、桃の酒と白酒。そしてちらしずしにはまぐりの吸い物、といったところでしょうか。他にも地方ごとに、各家庭ごとに、いろいろな料理や菓子を用意するでしょう。

 これらの食事は、神仏に供えたものを下げて食べるナオライ(直会)が元々の形でしょう。つまり神仏と酒食を共にする宗教的な行事だったはずです。

 他の節句(節供)でも言えることですが、桃の節句の食事は、とくに呪術的なものがそろっているようです。

 菱餅の原形は、この季節に手に入る薬草で色を付けたものでしょう。桃は中国由来の信仰では、邪鬼を払う力を持ち、幸福をもたらすものとのことです。ちらしずしは季節の山菜料理が原形でしょう。春の山菜は、何もなかった“死の世界”(厳冬)から、不敵と思えるほどの力で芽吹き、伸びるところから、それを食べることで生命力を体に取り込もうという呪術的な食品です。ハマグリはこの時期に旬を迎えますが、海中から地上へ(地下の世界から人間の世界へ)引き上げる魚介類は誕生と結び付けてとらえられることの多いものです。

 さて、現代の雛祭りの行事食ですが、そのほとんどは工業化されています。今日、菱餅を家庭で作ることは希でしょう。ひなあられしかり。酒はもちろん。ちらしずしは自分で作るという人は多いでしょうが、この時期は“ちらしずしの素”の書き入れ時です。すると、全く家庭で作るものとすれば吸い物ぐらいでしょうか。

 宗教的、呪術的な食が工業化されている例は、他の国や宗教でも珍しいことではありません。ただ、そのことで食そのものや行事が即物的、物質的になりすぎることのないように、供給者も消費者も、それぞれに意味を考えたり、それぞれが思い思いの工夫をすることを忘れないようにしたいものです。

※このコラムはメールマガジンで公開したものです。

齋藤訓之
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Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →