喜びも悲しみもピンクの箱に

「ドーナツキング」から

アメリカ・カリフォルニア州にある約5,000店舗に及ぶドーナツ店の90%以上はカンボジア系アメリカ人の経営によるものである。なぜそうなったのか。今回紹介する「ドーナツキング」は、その基礎と巨万の富を築き「ドーナツ王」と呼ばれたカンボジア男性・テッド・ノイの、天国と地獄を何度も行き来するジェットコースターのような人生を描いたドキュメンタリーである。

“ドーナツ王国”アメリカ

 本作は“カンボジア・ドーナツ”について素朴な疑問を持ったロサンゼルス生まれの中国系アメリカ人女性・アリス・グーが監督し、「エイリアン」(1979、本連載第29回参照)や「ブレードランナー」(1982、本連載第8回参照)のリドリー・スコットが製作総指揮に名を連ねている。

 テッド・ノイについて語る前に、作中でデータが示されているアメリカにおけるドーナツ事情について押さえておこう。

 アメリカのドーナツ産業総売上は2019年で80億ドル(約8,800億円)以上。96%がドーナツ好きなアメリカ人のドーナツ消費量は年間1人あたり平均31個。全米だと100億個になる。

 アメリカのドーナツチェーンは、モータリゼーションの発展とテイクアウト需要の高まりによって1970年代から急速に拡大。地域ごとに勢力が分かれていて、北東部は「ダンキンドーナツ」(Dunkin’)、西部は「ウィンチェル」(Winchell’s Donuts)が強い。全米のドーナツ店は25,000店以上で、カリフォルニア州のドーナツ店はウィンチェルが300店舗、個人経営が約5,000店舗でその90%以上がカンボジア系アメリカ人の経営によるものである。

 このような“ドーナツ王国”のアメリカで、なぜ一介のアジア移民であるテッド・ノイが成功できたのか。きっかけは彼の前半生にあり、トリガーとなったのはふるさとの味の記憶だった。

大手チェーンに勝った“家族・同胞経営”

アメリカで定番化したピンク色のドーナツの箱はテッドが考案したものである。
アメリカで定番化したピンク色のドーナツの箱はテッドが考案したものである。

 テッド・ノイ(カンボジア名ブンテク)は1941年、カンボジアのシソポンで生まれた。シングルマザーの貧しい家庭で育ったテッドは、高校時代、後に彼の妻となる政府高官の娘クリスティ(カンボジア名スガンティニ)と出会う。親の反対にあいながらも猛アタックをかけた末に結婚。長男チェト、長女サヴィ、次男クリスの3人の子供をもうけ、自身はカンボジア軍に入り、少佐にまで昇進する。

 ここまでは順風満帆だったが、タイに異動になった1975年に運命は暗転する。カンボジアの首都プノンペンがクメール・ルージュにより陥落。新政府のポル・ポト政権は原始共産主義社会化を求めて強制労働や大量虐殺を行い、テッドの親戚を含む数百万人の国民が犠牲となった。この惨状は「キリング・フィールド」(1984)やドキュメンタリー「消えた画 クメール・ルージュの真実」(2013)等で描かれている。

 テッド一家は難民となり渡米。彼は最初、カリフォルニア州タスティンの教会、ホームセンター、ガソリンスタンド等で働く。ところが、テッドがガソリンスタンドで働いていたある日のこと、どこからかいい匂いが漂ってきた。匂いを追ってドーナツ店へたどり着くとテッドはドーナツを一つ買って食べてみた。そこで彼は、ココナツミルクと米粉を練って揚げた故郷の菓子「ノムコン」を思い出し、それに似たドーナツの味に夢中となる。これがテッドとドーナツとの出会いだった。

 テッドは「ウィンチェル」の従業員研修でドーナツ作りを学び、店舗責任者を務めた後の1976年、カリフォルニア州ニューポートビーチに「クリスティ」(Christy’s)1号店をオープンさせ独立する。このとき、白い箱より安く手に入り、目立つからという理由で採用したピンクの箱は、後にアメリカのドーナツの箱の定番になっていく。

 深夜営業や24時間営業が多いドーナツ店では、低賃金で融通が利く労働力の確保が重要であった。テッドの店は家族総出でドーナツの仕込みや営業を行ったため、大手チェーンに比べて人件費面で優位に立てたことが成功につながったと言える。

 さらにテッドは、在タイのアメリカ大使館から連絡を受け、同胞難民の受け入れに協力。100以上の家族にドーナツ製造のノウハウを教え、各自が店を持って自活できるように手助けした。それはテッドにとっても、自分の店を貸し出すことで自身のビジネスの拡大につながっていくことを意味していた。テッドの系列店は多い時で70店舗にまで拡大。その勢いは「ウィンチェル」のシェアを奪い、「ダンキンドーナツ」のカリフォルニア進出を阻むほどであった。

 テッドは月に10万ドル(約1,100万円)を稼ぐようになり、総資産は2,000万ドル(約22億円)を超え、豪邸も手に入れた。1991年にはブッシュ(父)大統領からアメリカンドリームを実現した功績を称えられ表彰も受け、名実ともに「ドーナツ王」となった。そのテッドが、今度は一転、一文無しにまで落ちぶれてしまうのだ。一体何があったのか、詳しくは映画本編をご覧いただきたい。

“カンボジア・ドーナツ”は二世たちの時代へ

 テッドがカンボジアに去った現在、カンボジア系の個人経営のドーナツ店は娘・息子へと引き継がれ、進化し、いまも地元で愛されている。

「ダンキンドーナツ」が捲土重来を期してカリフォルニア進出を目指す等、大手チェーンによる圧力が強まっているが、二世たちはSNSを駆使してドーナツが欲しくなる時間にタイムリーに投稿する等の工夫でそれに対抗しようとしている。そしてそれは“カンボジア・ドーナツ”を愛する人々がいる限り有効だろう。


【ドーナツキング】

公式サイト
http://donutking-japan.com/
作品基本データ
原題:The Donut King
ジャンル:ドキュメンタリー
製作国:アメリカ
製作年:2020年
公開年月日:2021年11月12日
上映時間:98分
製作会社:Logan Industry,Scott Free Productions
配給:ツイン
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:アリス・グー
脚本:アリス・グー、キャロル・マルトリ
製作総指揮:リドリー・スコット、フリーダ・リー・モック、アンドレス・ロシロ、ジュリアナ・レマス、ジョニー・ホワン
製作:ファラッド・アミド、トム・モラン、アリス・グー、ホセ・ヌニェス
音楽:ピーター・ローリドセン
音楽監修:リザ・リチャードソン、ダン・ウィルコックス
編集:キャロル・マルトリ
キャスト
テッド・ノイ
クリスティ
チェト・ノイ
サヴィ・ノイ
クリス・ノイ

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。