「アイリッシュマン」の食べ物

[227]VOD映画の食べ物(1)

コロナ禍によって全国の映画館が閉鎖される中、シェアを伸ばしているのが動画配信サービス(ビデオ・オン・デマンド、以降VOD)である。世界最大手の Netflix をはじめ、Amazon Prime VideoHuluU-NEXTといった従来からのVODサービスが市場を伸ばすと注目されている。

 しかし、それだけではない。コロナ禍の影響で上映延期になった作品を期間限定でデジタル配信する「仮設の映画館」、ミニシアターのUPLINKが運営するオンライン映画館「UPLINK Cloud」上での「Help! The 映画配給会社プロジェクト」といった試みも始まっている。

 そこで今回からしばらくの間、VOD配信を前提に製作され、VOD配信の前後で劇場公開された、または公開予定の作品を取り上げていこうと思う。まずは2019年のマーティン・スコセッシ監督作品「アイリッシュマン」から。

アカデミー賞を席捲した「ギャング映画の集大成」

 VODサービスの中でいちはやくオリジナル映画の製作に乗り出したのがNetflixである。ハリウッドメジャースタジオを超える製作費をかけ、スタッフやキャストにビッグネームを起用する戦略は作品の質にも寄与し、2018年にはアルフォンソ・キュアロン監督の「Roma/ローマ」がヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞、アカデミー賞の外国語映画賞、監督賞を受賞した。

 その勢いは2019年にはさらに増し、5つの作品でアカデミー賞の24のノミネーションを受けた。これは製作会社最多の記録だ。主な作品ごとのノミネーションを振り返っておこう。

「アイリッシュマン」:作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞、編集賞、美術賞、衣装デザイン賞、視覚効果賞

「マリッジ・ストーリー」:作品賞、主演男優賞、主演女優賞、助演女優賞、脚本賞、作曲賞

「2人のローマ教皇」:主演男優賞、助演男優賞、脚色賞、

「失くした体」:長編アニメ映画賞

「クロース」:長編アニメ映画賞

 そして、「マリッジ・ストーリー」のローラ・ダーンが助演女優賞を受賞した。

 今回取り上げる「アイリッシュマン」は、「グッドフェローズ」(1990)、「カジノ」(1995)、「ギャング・オブ・ニューヨーク」(2002)、「ディパーテッド」(2008)等数多くのギャング映画を手がけてきたスコセッシの集大成的な3時間29分の大作である。

 主演はロバート・デ・ニーロとアル・パチーノ。「ゴッドファーザーPartⅡ」(1972)、「ヒート」(1995)、「ボーダー」(2010)に続くデ・ニーロ&パチーノの共演4作目となる。驚くべきは現在76歳のデ・ニーロと80歳のパチーノが若い頃からすべてを演じていることで、現代のCG技術がそれを可能にしている。

 物語は、チャールズ・ブラントのノンフィクション「I Heard You Paint Houses」(高橋知子訳「アイリッシュマン」)を原作に、アイルランド系のトラック運転手フランク・シーランが、イタリア系マフィアのヒットマンとして活動した1960年代から70年代を、1963年のケネディ大統領暗殺事件や1972年のウォーターゲート事件、アメリカ最大の未解決事件といわれる全米トラック運転手組合(IBT)の元委員長、ジミー・ホッファ失踪事件を絡めて描いている。

ワインとパンが象徴するもの

フランクとラッセルは一つのパンを分け合い、赤ワインに浸して食べる。
フランクとラッセルは一つのパンを分け合い、赤ワインに浸して食べる。

 フランク(ロバート・デ・ニーロ)は小遣い稼ぎのためにマフィアのボス、スキニー・レイザー(ボビー・カナヴェイル)に積み荷の牛肉を横流しし、その裁判でIBTの弁護士、ビル・バファリーノ(レイ・ロマノ)の世話になる。その従兄弟がマフィアの大ボス、ラッセル・バファリーノ(ジョー・ペシ)で、かつてフランクがトラックの故障で困っていたところを助けてくれた男だった。

 偶然再会したフランクとラッセルはテーブルを囲んで一つのパンを分け合い、赤ワインに浸して食べる。フランクはそこで、戦争中イタリア戦線で捕虜の銃殺等の汚れ仕事をさせられていたことをラッセルに打ち明ける。キリスト教でワインとパンはイエス・キリストの血と肉を意味するが、この“聖餐”はフランクがラッセルの“裏稼業”を引き受ける儀式であったことが後にわかる。そしてこの“聖餐”は映画の後半、残酷な形で繰り返されることになる。

手を汚すことがないアイスクリーム好き

 一方、フランクがラッセルの紹介で知り合ったドイツ系のホッファ(アル・パチーノ)は、酒は一切飲まない男。フランクがIBTのライバル組合のタクシーを“始末”した後で、側近のジョーイが用意したスイカのウォッカ漬けにも手を付けない。スイカも血と肉を連想させる食べ物だが、有名人のホッファは手を汚すことはないのである。

 そんなホッファの好物はアイスクリーム。ジョン・F・ケネディは、ホッファのマフィアとのつながりを追及するロバート・ケネディ司法長官(ジャック・ヒューストン)の兄だが、この大統領暗殺をテレビが報じたときのホッファは、カフェでパフェを食べていた。そして刑務所に収監されてからも炊事係の囚人にサンデーを作らせる。

“仕事”は冷徹にこなすが根は“いい人”のフランクは、そんな自分とは性格が好対照のホッファとの親交を深めていく。

サラダ/シリアル/魚の臭い

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

 1971年、ホッファはニクソン大統領の大統領特赦で釈放され、フランクが用意したアイスの次に好物の「ラムズ」(Lum’s=マイアミ発祥のレストランチェーン)のチリドックに舌鼓を打つが、IBTの実権は八方美人のフランク・フィッツシモンズ(ゲイリー・バサラバ)に移っていた。復帰を狙うホッファはマフィアからも煙たがられる存在となり、フランクとラッセルは何とか復帰を思いとどまらせようとするがホッファは聞く耳を持たない。

 1975年7月、ビルの娘の結婚式に出席するため、フランクとラッセルは双方の妻を伴い4人で車に同乗してデトロイトに向かう。

 途中立ち寄ったホテルでラッセルはキッチンを借り、マフィアの手下から取り寄せたワインビネガーとオリーブオイルでイタリアンサラダを作る。翌朝、コーンフレークと「トータル」(Total=ゼネラルミルズの全粒粉シリアルの商品名)とコーヒーの軽い朝食を摂る。

 この2回の食事でラッセルはある用件をフランクに伝え、フランクは魚を積んだ後で濡れた車の後部座席に乗る。一度付いたら永遠にとれない臭い。

 この一連の食べ物の連鎖が深い意味を持っている。ここで謎解きは控えるが、是非実際にご覧になって味わっていただきたい。


【アイリッシュマン】

公式サイト
https://www.netflix.com/title/80175798
作品基本データ
原題:THE IRISHMAN
製作国:アメリカ
製作年:2019年
公開年月日:2019年11月15日
上映時間:209分
製作会社:Netflix、シケリア・プロダクションズ、トライベッカ・プロダクションズ
配給:Netflix
カラー/モノクロ:カラー
スタッフ
監督:マーティン・スコセッシ
脚本:スティーブン・ザイリアン
原作:チャールズ・ブラント
製作:リック・ヨーン
製作総指揮:リチャード・バラッタ、ニールス・ジュール、ベリー・ウェルシュ、ジョージ・ファーラ、ジャイ・ステファン、タイラー・ザカリア、チャド・A・ベルディ、ニコラス・ピレッジ
製作:マーティン・スコセッシ、ロバート・デ・ニーロ、ジェーン・ローゼンタール、エマ・ティリンガー・コスコフ、アーウィン・ウィンクラー、ジェラルド・シャマレス、ガストン・パブロビッチ、ランドール・エメット、ガブリエレ・イスラロヴィチ
撮影監督:ロドリゴ・プリエト
美術:ボブ・ショウ
音楽:ロビー・ロバートソン
音楽監修:ランドール・ポスター
エグゼクティブ音楽プロデューサー:ロビー・ロバートソン
編集:セルマ・スクーンメイカー
衣裳:サンディ・パウウェル、クリストファー・ピーターソン
VFXスーパーバイザー:パブロ・ヘルマン
キャスト
フランク・シーラン:ロバート・デ・ニーロ
ジミー・ホッファ:アル・パチーノ
ラッセル・バファリーノ:ジョー・ペシ
アンジェロ・ブルーノ:ハーヴェイ・カイテル
ウィスパー・ディトゥリオ:ポール・ハーマン
トニー・サレルノ:ドメニク・ランバルドッツィ
クレージー・ジョー:セバスチャン・マニスカルコ
サリー・バグズ:ルイス・キャンセルミ
スキニー・レイザー:ボビー・カナヴェイル
ビル・バファリーノ:レイ・ロマノ
トニー・プロ:スティーヴン・グレアム
フランク・フィッツシモンズ:ゲイリー・バサラバ
ペギー・シーラン:アンナ・パキン
ドロレス・シーラン:マリン・アイルランド
アイリーン・シーラン:ステファニー・カーツバ
キャリー・バファリーノ:キャスリン・ナルドゥッチ
ジョゼフィーヌ・ホッファ:ウェルカー・ホワイト
チャッキー・オブライエン:ジェシー・プレモンス
ロバート・ケネディ:ジャック・ヒューストン
ジェリー・ベイル:スティーヴン・ヴァン・ザント

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。