「HOUSE ハウス」と西瓜

[226]追悼・大林宣彦監督

さる4月10日(金)、大林宣彦監督が亡くなった。本連載第207回で言及したように、大林監督はがんと闘病しながら新作「海辺の映画館─キネマの玉手箱─」を完成させており、亡くなった日に公開が予定されていたが、コロナ禍によって公開は延期になってしまった。

 緊急事態宣言が発せられて以来、1カ月以上も映画館で映画を観ることができないという史上初の異常な状況を、「永遠の映画少年」と呼ばれた大林監督は天国からどう御覧になっているだろうか。今回は大林監督への敬意を込め、追悼として、劇場用映画デビュー作「HOUSE ハウス」(1977)を取り上げたいと思う。

食品関連の役名

 本作は、大林監督が1960年代に日本の自主映画の草分けとして活動していた時代に撮った「喰べた人」(1963、藤野一友と共同)、「血とバラ」(1960年、ロジェ・ヴァディム監督)に影響を受けた「EMOTION=伝説の午後・いつか見たドラキュラ」(1966)等のアンダーグラウンド的要素、チャールズ・ブロンソンを起用し海外ロケを敢行した「マンダム」をはじめとするテレビコマーシャルのディレクター時代に培った外連味(けれんみ)のある演出、昔のハリウッド映画のようなチープなホリゾント(背景画)を使ったキッチュ感覚「ねらわれた学園」(1981)や「時をかける少女」(1983)等の角川映画につながるアイドル映画の要素、TVドラマ「麗猫伝説」(1983、劇場版は1998)、「異人たちとの夏」(1988、本連載第207回参照)等の怪談映画の要素「野ゆき山ゆき海べゆき」(1986)や晩年の「この空の花 -長岡花火物語」(2012)、「野のなななのか」(2014)、「花筐/HANAGATAMI」(2017)等につながる反戦のメッセージといった、大林映画のエッセンスのすべてが詰まった作品である。また、助監督経験がない自主映画出身、CMディレクター出身の監督がデビューする道筋をつけたという意味でも、日本映画史におけるエポックとなった。

7人の「ハウスガールズ」たちは西瓜を手土産にオシャレのおばちゃまの住む羽臼屋敷を訪れる。
7人の「ハウスガールズ」たちは西瓜を手土産にオシャレのおばちゃまの住む羽臼屋敷を訪れる。

 ストーリーは愛娘で当時中学生だった千茱萸(ちぐみ)のアイデアを大林監督が具現化したもの。お伽話「白雪姫」と「赤ずきんちゃん」を足して2で割ったような物語に「血とバラ」の吸血鬼映画の要素を加えた、屋敷が人を喰らうというコメディータッチのファンタジーホラーである。

 注目したいのは主人公のオシャレ(池上季実子)のおばちゃま、羽臼香麗(はうす・かれい、南田洋子)と、オシャレの友人グループ=7人の「ハウスガールズ」のうち、オシャレとクンフー(神保美喜、あだ名の由来は中国武術)を除く5人の役名が食品関連になっていること。すなわち、ファンタ(大場久美子、ファンタスティックとコカ・コーラ社の炭酸飲料)、ガリ(松原愛、ガリ勉と甘酢ショウガ)、マック(佐藤美恵子、ストマックとマクドナルド)、スウィート(宮子昌代、甘い)、メロディー(田中エリ子、旋律と不二家のチョコレート)だ。あわよくばスポンサーになって欲しいというプロデューサー的意図と、「喰べた人」以来となる食べることへの並々ならぬ関心をうかがわせる。

西瓜と天然の冷蔵庫

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

「白雪姫」の7人の小人よろしくオシャレのおばちゃまの住む羽臼屋敷に向かうハウスガールズたちは、高台の屋敷の麓で西瓜を売っている農夫と遭遇する。農夫を演じているのはテレビドラマ「寺内貫太郎一家」(1974)で主演を務め、本作の音楽を担当する小林亜星で、その丸顔と太鼓腹が西瓜と相似形となっている。意味深な演技と台詞回しが羽臼屋敷の秘密を知っていることを示している。

 ハウスガールズいちの食いしん坊、マックが農夫から西瓜を買い、手土産として羽臼屋敷に持参する。羽臼屋敷は外観は洋館風だが、台所はかまどがある日本家屋の様式。マックが古い冷蔵庫で西瓜を冷やそうとすると、おばちゃまは壊れているからと天然の冷蔵庫である井戸へと誘導する。そしてこの井戸が第一の惨劇の舞台となり、西瓜の赤い果肉があるもののメタファーとなるのである。

道草を食う男

 一方、ハウスガールズの引率役ながらおばちゃまの差し向けた猫によって遅刻を余儀なくされた東郷圭介先生(尾崎紀世彦)はバギーで後を追うが、「トラック野郎」シリーズ(1975〜1979、本連載第80回参照)の桃次郎に似た男や、ラーメン屋の屋台で「男はつらいよ」シリーズ(1969〜2019、本連載第30回参照)の寅さんに似た男(原一平)に遭遇したりして道草を食った挙句、ようやく羽臼屋敷の麓に到着。農夫に西瓜は好きかと問われ、長いもみあげが猿を連想させる東郷先生は、西瓜は嫌い、バナナが好きといったせいで、シュールな事態を招いてしまう。その詳細は実際に映画をご覧いただきたい。

もう一つの西瓜

 西瓜については大林監督の1989年作品「北京的西瓜」でも印象的に使われている。コロナ禍のせいで中国人へのヘイト発言が目立つ昨今、千葉県船橋市の八百屋さんと中国人留学生たちとの交流の実話をもとにした映画を観て、日中友好について改めて考えてみるのもよいかもしれない。


【HOUSE ハウス】

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1977年
公開年月日:1977年7月30日
上映時間:88分
製作会社:東宝映像
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/スタンダード(1:1.37)
スタッフ
監督:大林宣彦
脚本:桂千穂
原案:大林千茱萸
製作:大林宣彦、山田順彦
制作補:広川恭
撮影:阪本善尚
美術:薩谷和夫
ビクトリアルデザイン:島村達雄
音楽:小林亜星、ミッキー吉野
音楽演奏:ゴダイゴ
録音:伴利也
音響デザイン:林昌平
照明:小島真二
編集:小川信夫
ファッション・コーディネーター:吉田叡子
助監督:小栗康平
スチール:中尾孝
キャスト
オシャレ(木枯美雪)、オシャレの母:池上季実子
ファンタ:大場久美子
ガリ:松原愛
クンフー:神保美喜
マック:佐藤美恵子
スウィート:宮子昌代
メロディー:田中エリ子
東郷圭介先生:尾崎紀世彦
オシャレの父:笹沢左保
西瓜を売る農夫:小林亜星
写真屋さん:石上三登志
江馬涼子:鰐淵晴子
おばちゃま(羽臼香麗):南田洋子
おばちゃまのフィアンセ:三浦友和
女教師:壇ふみ
東京駅の若者たち:ゴダイゴ
寅さんに似た男:原一平
ラーメン屋の客:広瀬正一
村の老人:大西康雄
オシャレの祖母:津路清子
靴屋のおじさん:薩谷和夫
靴屋の女の子:大林千茱萸
ホームで別れる男:大林宣彦
ホームで別れる女:大林恭子
電車の乗客:桂千穂

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。