居酒屋主人とはかない女たち

映画に描かれた居酒屋(1)

映画に描かれた居酒屋の印象的な飲食シーンに着目する。シリーズの1回目は、タイトルに「居酒屋」の名を冠する3本の日本映画「居酒屋兆治」と「居酒屋ゆうれい」・「新 居酒屋ゆうれい」から。

「居酒屋兆治」の「煮え切らない煮込み」

 1本目は、寿屋(現サントリー)在籍時に「トリスを飲んでHawaiiへ行こう!」のコピーライターとして知られ、1963年に「江分利満氏の優雅な生活」で第48回直木賞を受賞した作家・山口瞳が1982年に著した小説を原作に、1983年に高倉健(健さん)主演、降旗康男監督で映画化された「居酒屋兆治」

 健さんと降旗監督が東映退社後にコンビを組んだ(1978)から、健さんの遺作「あなたへ」(2012)に至る「しゅうじ・えいじ6部作」の3作目にあたる。「兆治」は、健さん演じる居酒屋の主人の名前ではなく、高校野球のエースだった彼が、昭和後期のプロ野球で「マサカリ投法」「サンデー兆治」の異名を取り活躍したロッテ・オリオンズ(当時)の200勝投手、村田兆治にあやかって付けた店の名前である。

 原作は山口の自宅の近くにあった東京都国立市の居酒屋をモデルにしているが、映画は舞台を北海道・函館の金森赤レンガ倉庫辺りに移している。健さんの映画は、東映時代の「網走番外地」シリーズ(1965~1972)をはじめ、「幸福の黄色いハンカチ」(1977、本連載第69回参照)、「遙かなる山の呼び声」(1980)、「駅 STATION」(1981)、「鉄道員(ぽっぽや)」(1999)等、北海道を舞台にした作品が多い。これは、“寡黙に耐える男”のイメージに冬の寒さ、厳しさが似合うからだろう。

 本作も例外ではなく、健さん演じる英治は、高校時代に肩を壊して野球の道を断念。貧乏暮らしの中、恋人のさよ(大原麗子)に裕福な牧場主の神谷(左とん平)との縁談が持ち上がると自ら身を引く。就職した造船所で真面目に働いて管理職に昇進するも、リストラ役を命じられたことに反発して退職。もつ焼き屋の松川(東野英治郎)に弟子入りして場末の小さな居酒屋「兆治」を開業という、挫折と波乱の人生を送ってきた。そして店を始めてからは、そこに集う市井の人々のさまざまな喜怒哀楽に寄り添うことになるのである。

 修業した環境もあって「兆治」のメニューはもつ焼きと煮込みが主体。それゆえ串打ち等の仕込みのシーンもある。神谷牧場に嫁いだものの、結局英治のことが忘れられず、牧場が火事になった夜に姿を消したさよが英治の前に現れたのは、そんな折だった。「あなたが悪いのよ」と責める彼女に、彼は「これ何だかわかりますか」と仕込みの串を差し出そうとするが、彼女の姿は既にない。降りしきる雨の中、串を持ったままさよを探す英治の姿に哀愁の漂う切ない場面になっている。

 高校の先輩でタクシー会社副社長の河原(伊丹十三)の店の移転の誘いを、師匠にあたる松川の店の客を取ってしまうという思いから断わる英治に、河原が煮込みの鍋に割り箸を突っ込みながら言う。

「煮え切らねえんだよ。てめえんとこの煮込みと同じだ」

 酒癖の悪い意地悪な男のセリフであり、決して「兆治」の煮込みが生煮えという訳ではないのだが、不幸のシナリオを繰り返す英治の人生をある意味言い当てている。

 この種の映画では、個性豊かなキャストを揃えることが成功のカギを握る。「少し愛して、なが~く愛して」のウイスキーのCMが懐かしいさよ役の大原麗子に対し、英治の妻・茂子役には、「百万本のバラ」等のヒット曲で知られ、60年代後半の学生運動の指導者で、後に「大地を守る会」の初代会長を務めた藤本敏雄との獄中結婚が話題となったシンガーソングライターの加藤登紀子を起用。「人の想いは止められないから、しめじのおじやを作って待ってる」物分かりの良い妻を演じている。

 この他、「網走番外地」シリーズの田中邦衛、「昭和残侠伝」シリーズ(1965~1972)の池辺良、小林稔侍といった健さんとの共演が多い面々に加え、「月に一度、目玉焼き3つの朝食」という年の差36歳の夫婦を演じた大滝秀治と石野真子、向かいの小料理屋の女将を演じたちあきなおみ、妻を扇風機の事故で亡くすタクシー運転手の小松政夫、市役所職員で常連客の細野晴臣から、1シーンだけ出演の「幸福の黄色いハンカチ」の武田鉄矢まで、キャスティングに関しては合格点を与えられる。

「居酒屋ゆうれい」のオバケと「新 居酒屋ゆうれい」のフグと桃

クジラの尾びれの部位であるオバケ(尾羽毛)。酢味噌で食べる
クジラの尾びれの部位であるオバケ(尾羽毛)。酢味噌で食べる

 2本目は、山本昌代の小説を原作に、「ツィゴイネルワイゼン」(1980、本連載第7回参照)等、今年2月に亡くなった鈴木清順監督作品を多く手がけた田中陽造が脚色し、「君は僕をスキになる」(1989)、「エンジェル 僕の歌は君の歌」(1992)等の渡邊孝好が監督した1994年製作の「居酒屋ゆうれい」である。

 原作は、古典落語の演目「三年目」を下敷きに、舞台を横浜・反町の居酒屋「かづさ屋」に設定。死の床にある先妻・しず子(室井滋)に、終生再婚しないことを誓った居酒屋の主人・壮太郎(萩原健一)が、約束を反故にして若い里子(山口智子)を後妻に迎えたことから、壮太郎と里子の前にしず子の幽霊が現れるという怪談的要素に加え、「幽霊西へ行く」(1935、ルネ・クレール監督)や「幽霊紐育を歩く」(1941、アレクサンダー・ホール監督)、あるいは劇中テレビの画面に映し出されるフランキー堺主演の「幽霊繁盛記」(1960、佐伯幸三監督)といった作品の系譜に連なる幽霊コメディになっている。

 かづさ屋のメニューには焼鳥はなく、煮込み、おでんに、常連客の魚屋の魚春(八名信夫)が持ってくる寿司ネタにも使えるという中トロ、タコ、イカ、アジといった刺身が定番。これにしず子の“帰還”以降に加わったのが「オバケ」である。「オバケ」はクジラの尾びれの部位の呼び名で「尾羽毛」と書き、酢味噌に付けて食べる。壮太郎は魚河岸でたまたま見つけたと言うが、しず子に成仏してもらう魔除けであることに違いない。もちろんそんなことは彼女もお見通しである。

「オバケってのは私への当てつけ? 幽霊コケにするとたたるよ」

 足もあれば酒も飲むというしず子の幽霊がいかに成仏するかは本編をご覧あれ。本作は、この年のキネマ旬報ベストテンと読者選出ベストテンで共に3位となる等内容的に高い評価を受け、興行的にもヒットした。

 それを受けて2年後の1996年に監督、脚本をはじめほぼ同じメインスタッフでリメイクされたのが3本目の「新 居酒屋ゆうれい」。前作との相違点はキャストが壮太郎役の舘ひろし、里子役の鈴木京香をはじめ総入れ替えになったのと、舞台を反町から北品川に移したこと。そして最も大きな変更は、しず子役の松坂慶子を、しず子にそっくりな現実の女性、ユキエと2役にしたことである。

 ユキエには不治の病で入院中の弟がいて、その入院費を稼ぐため彼女は「青柳」という寿司屋を経営している。その実態は死期の近い客たちに毒入りのフグを出して楽にしてやるという危ない店だった。「かづさ屋」の常連客の一人でがんに冒された佐久間と共に来店した壮太郎がその実態に気付くが、そこに彼女の弟の訃報と警察の手入れが同時に入り、店は営業停止となり、ユキエは壮太郎の前から姿を消す

 そして三回忌の7月13日、しず子はお供えの桃を食べようとするが、噛む力が残っていなくて食べられず、壮太郎が口移しで食べさせてやる。この2役と桃のエピソードは「ツィゴイネルワイゼン」に似ていて、前作より怪談的な要素が濃くなっている。

アルゴ・プロジェクトとサントリー

「居酒屋ゆうれい」と「新 居酒屋ゆうれい」の企画・製作に関わっているアルゴ・プロジェクトは、1989年にキティ・フィルムの伊地智啓、ニュー・センチュリー・プロデューサーズの岡田裕、シネマハウトの佐々木史朗、プルミエ・インターナショナルの増田久雄、メリエスの山田耕大、ディレクターズ・カンパニーの宮坂進という6人のプロデューサーによって製作会社の枠を越えて設立された。製作から配給・興行までを一手に手がけることで、大手映画会社の意向に左右されない映画を世に送り出そうとするシステムは、戦後間もない頃の独立プロダクションや、60年代のATG(日本アート・シアター・ギルド)に匹敵する90年代の映画運動として記憶されるべきもので、「櫻の園」(1990、中原俊監督)、「ザ・中学教師」(1991、平山秀幸監督)、「死んでもいい」(1992、石井隆監督)、「トカレフ」(1994、阪本順治監督)等の個性的な作品を生み出している。

 このアルゴ・プロジェクトに出資していたスポンサー企業が、バブル景気に沸いた当時文化活動に力を入れていたサントリー。「居酒屋ゆうれい」の「かづさ屋」のセットはビールはもちろんのこと、什器備品からポスターにいたる全てがサントリー製品で埋め尽くされていたのが印象に残っている。

酒場詩人吉田類と居酒屋三景/映画に描かれた居酒屋(2)
https://www.foodwatch.jp/strategy/screenfoods/59354

【居酒屋兆治】

「居酒屋兆治」(1983)
作品基本データ
製作国:日本
製作年:1983年
公開年月日:1983年11月12日
上映時間:125分
製作会社:田中プロ
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:降旗康男
脚本:大野靖子
原作:山口瞳
製作:田中壽一
制作補:佐々木健一
撮影:木村大作
美術:村木与四郎
音楽:井上尭之
録音:紅谷愃一
照明:安河内央之
編集:鈴木晄
助監督:桃沢裕幸
スチール:橋山直己
キャスト
藤野英治(兆治):高倉健
藤野茂子:加藤登紀子
神谷さよ:大原麗子
岩下義治:田中邦衛
河原:伊丹十三
神谷久太郎:左とん平
井上:美里英二
吉野耕造:佐藤慶
有田:山谷初男
小寺:河原さぶ
越智:平田満
堀江:池部良
秋本:小松政夫
沢井:石山雄大
佐野:細野晴臣
松川:東野英治郎
相場先生:大滝秀治
相場多佳:石野真子
小関警部:小林稔侍
中村巡査部長:三谷昇
桐山少年:佐野秀太郎
峰子:ちあきなおみ
ミーコ:好井ひとみ
エミリー:水木薫
河原洋子:中島唱子
秋本鈴子:立石涼子
岩下靖子:片山満由美
モツ屋:あき竹城
アベックの男:武田鉄矢
アベックの女:伊佐山ひろ子

(参考文献:KINENOTE)


【居酒屋ゆうれい】

「居酒屋ゆうれい」(1994)
作品基本データ
製作国:日本
製作年:1994年
公開年月日:1994年10月29日
上映時間:110分
製作会社:サントリー=テレビ朝日=東北新社=キティ・フィルム作品
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:渡邊孝好
脚本:田中陽造
原作:山本昌代
製作:稲見宗孝、古川吉彦、中川真次、伊地智啓
プロデューサー:椋樹弘尚
撮影:藤沢順一
美術:稲垣尚夫
音楽:梅林茂
音楽プロデューサー:向井達也
歌:平松愛理:(「あなたのいない休日」)
録音:紅谷愃一
照明:上田なりゆき
編集:鈴木晄
助監督:富樫森
スチール:目黒祐司
キャスト
壮太郎:萩原健一
里子:山口智子
しず子:室井滋
辰夫:三宅裕司
幸一:西島秀俊
魚春:八名信夫
佐久間:橋爪功
理恵:渋谷琴乃
杉本延也:豊川悦司
豊造:尾藤イサオ
ちづる:角替和枝
余貴美子:カスミ
比嘉武尊:翼
里子の母:絵沢萠子
骨董屋主人:大竹まこと
掛け軸泥棒:深沢敦
リーゼントの男:翁華栄

(参考文献:KINENOTE)


【新 居酒屋ゆうれい】

「新 居酒屋ゆうれい」(1996)
作品基本データ
製作国:日本
製作年:1996年
公開年月日:1996年9月28日
上映時間:113分
製作会社:東宝=テレビ朝日=東北新社=ケイファクトリー作品(企画*アルゴ・ピクチャーズ/制作*ケイファクトリー)
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:渡邊孝好
脚色:田中陽造
原作:山本昌代
製作:平沼久典、大沢清孝、植村徹、伊地智啓
プロデューサー:椋樹弘尚
撮影:藤沢順一
美術:稲垣尚夫、内田哲也
装飾:松本良二
音楽:梅林茂
音楽プロデューサー:向井達也、高木健次
主題歌:マルシア:(「心の結婚」)
録音:野中英敏
整音:紅谷愃一
音響効果:斎藤昌利
照明:上田なりゆき
編集:鈴木晄
ワードローブ:宮本まさ江、浜井貴子
衣裳:岩崎文男
助監督:大津是
スクリプター:黒木ひふみ
スチール:目黒祐司
ビジュアルエフェクト:大屋哲男
キャスト
壮太郎:舘ひろし
しず子、ユキエ:松坂慶子
里子:鈴木京香
佐久間:津川雅彦
杉町:生瀬勝久
辰夫:中村有志
幸一:志萱一馬
魚春:名古屋章
豊造:鈴木ヒロミツ
ちづる:根岸季衣
カスミ:速水典子
翼:清水京太郎
住職:すまけい
殺し屋:松重豊
バーテン:奥村公延
賢三の妻:白井真木
戸塚刑事:梶原善
吉田刑事:阿南健治
大榎刑事:大杉漣
小唄の師匠:吉満涼太
整体師:朱源実
八百屋:岡山はじめ
サラリーマン:こねり剛
サラリーマン:鈴木耕司
ガラス屋:俵木藤汰
ボクサー:田中健司
サーファー:堤一仁
サーファー:高山輝之
小唄の弟子:片岡美月
釣り人:田中哲司
釣り人の彼女:小川真理子
白い手:百瀬里織

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。