「ビフォア」三部作――恋人までの“ブレイク”――

食堂車
ヨーロッパ鉄道の列車内で偶然出会った二人は食堂車で意気投合する。

現在劇場公開中の「ビフォア・ミッドナイト」(2013)は、「恋人までの距離(ディスタンス)」(1995/原題:”Before Sunrise”)、「ビフォア・サンセット」(2004)に続く三部作の完結編である。アメリカ人男性のジェシー(イーサン・ホーク)とフランス人女性のセリーヌ(ジュリー・デルピー)の18年にわたる恋の軌跡を二人の会話を中心に描いたものだが、今回はその合間の飲食について見ていこうと思う。

食堂車で始まった恋

食堂車
ヨーロッパ鉄道の列車内で偶然出会った二人は食堂車で意気投合する。

 第1作「恋人までの距離(ディスタンス)」で、二人はブタペストからパリに向かうヨーロッパ鉄道の車内で偶然に出会う。隣りで口論を始めた中年夫婦を避けて席を移ってきたセリーヌをジェシーは食堂車に誘い、会話を弾ませ意気投合する。このシーンはウェイターが注文を取りにくる前と食後の会話が中心で、テーブル上の残り物から二人が何を食べたのかは判別できないが、流れる車窓を背景にしたシチュエーションは映画的に魅力的なモチーフであり、「見知らぬ乗客」(1951)や「北北西に進路を取れ」(1959)などのヒッチコック作品をはじめ、「007/危機一髪(ロシアより愛をこめて)」(1963)や「オリエント急行殺人事件」(1974)など、食堂車を舞台にした映画は枚挙に暇がない。こうした食堂車が日本では絶滅寸前なのは寂しい限りである。

メシ抜きの14時間

 マドリードで恋人にふられたジェシーは、失恋の傷を癒すためヨーロッパを回っていて、ソルボンヌ大学に通うセリーヌはパリに戻る途中だった。翌朝の飛行機でアメリカに帰国するというジェシーは、ウィーンで下車する際、ホテル代がないので明日の朝までウィーンの街を一晩中ぶらぶらするつもりだが、よかったらつきあってくれないかとセリーヌに懇願する。彼に何か魅かれるものを感じていた彼女はそれを受け入れ、一緒に列車を降りる。かくして夕方から翌朝の別れまでの14時間の会話劇が幕を開ける。二人は市電に乗り、レコード店の視聴室や「第三の男」(1949)の名シーンで有名な大観覧車などを巡りながら知的な会話に花を咲かせる。

 ここで気になったのはこれだけの長時間で空腹にならないかということである。数えてみるとカフェに3回入り、ゲームセンターでビールを飲み、バーの主人を説得してタダで入手したワインを深夜の公園で飲んだりもしているのだが、ちゃんとした食事を摂る描写は確認できなかった。お金がないということもあっただろうが、この束の間の恋人たちは食事を忘れるほど会話にのめり込んでいたということだろう。

運命を変えるタブレ

ル・ピュール・カフェ
ウィーンから9年後、パリで再会した二人はセリーヌ行きつけの「ル・ピュール・カフェ」に向かう。

 第2作「ビフォア・サンセット」では、1作目から9年後の二人が描かれる。ジェシーがウィーンでの出来事を書いた小説が評判となり、彼はプロモーションでパリの書店を訪れ、彼の来訪を知ってやって来たセリーヌと再会する。彼は突然の彼女の出現に驚喜するが、19時半に出発する飛行機でアメリカに戻らなければならない。1作目とは対照的に夕暮れまでの85分という限られた時間しか一緒にいられないという状況を、映画は実際の時間と同時進行する「真昼の決闘」(1952)と同様の手法で描いている。

 とりあえず二人はセリーヌ行きつけの「ル・ピュール・カフェ」に行き、ジェシーはコーヒー、セリーヌはシトロン・プレッセ(生レモンジュース)を注文する。そこで彼女はアップにしていた髪を9年前のように下ろし、二人は半年後に約束していた再会を果たせなかった後悔と、9年という時間によって変わってしまったお互いの境遇、しかしあの夜と変わらない共通の想いを知るのである。ジェシーが小説を書いた動機も実は連絡先を聞かなかった彼女に再会するためであり、彼女はそれに応えて今ここにいる。それなら……。

 しかし無情にも出発の時は迫り、彼は彼女を家の前まで送っていく。そこではご近所同士のバーベキューパーティーが始まるところであり、セリーヌは手料理のタブレを持ち寄ることになっていた。タブレとはクスクス(デュラム小麦の粉から作るそぼろ状の食品。北アフリカ発祥)を使ったサラダのことである。

 この後映画は、ジェシーが最後にセリーヌの歌を聴かせてしいと彼女の部屋に上がり込んだところで唐突に終わり、結末は観客の想像に委ねる形をとっているが、彼は彼女のタブレが食べたいがために結局飛行機には乗らず、バーベキューパーティーに参加するというラストシーンを想像したのは私だけだろうか。

 ちなみにセリーヌのご近所さんを演じるアルバート・デルピーとマリー・ピレはセリーヌを演じるジュリー・デルピーの実の父母であり、デルピーの監督作である「パリ、恋人たちの2日間」(2007)等にも出演している。

ゲミスタの入れ物と中身

ゲミスタ
「ビフォア・ミッドナイト」に登場するゲミスタ。トマトなどの野菜を使ったギリシャの詰め物料理である。

 第3作「ビフォア・ミッドナイト」はさらに9年後の話となる。ジェシーとセリーヌはギリシャの老作家パトリック(ウォルター・ラサリー)に招かれ、彼の別荘で仲間たちと共にバカンスを過ごしている。ここで私たちは二人が第2作の後に事実婚の状態となり双子の娘たちをもうけたことを知るのである。

 このシリーズの名物である二人の会話はより円熟味を増し、激しく口論してもすぐに仲直りできる阿吽の呼吸はもはや夫婦漫才の域に達しているが、本作ではブランチのテーブルを囲んだ複数のカップルとの会話が中盤の見せ場になっている。彼らも齢を重ね、二人だけの関係では済まなくなっているのである。

 セリーヌが他の女性たちと会食の支度をするシーンで作っているのはゲミスタというギリシャ料理。トマトやピーマン、ズッキーニ、ナス等をくりぬいてひき肉や米や野菜を詰めオーブンで焼いたもので、「同じものを詰めても入れ物が違うと風味が違ってくる」というセリフには18年の時の流れを経た深い意味を感じずにはいられなかった。

こぼれ話

 劇中のジェシーの小説ではないが、セリーヌにはモデルがいることが最近明らかになった。監督のリチャード・リンクレイターが29歳の1989年にフィラデルフィアで出会い、1作目と同じような一夜を過ごした女性の名前はAmy Lehrhaupt。彼女は1作目の制作前の1994年、25歳の誕生日を前にバイク事故でこの世を去り、監督がその事実を知ったのは今から3年前のことだという。映画のように再会を果たすことはなかったが、フィクションの中で生き続ける彼女に「ビフォア・ミッドナイト」は捧げられている。

作品基本データ

【恋人までの距離(ディスタンス)】

「恋人までの距離(ディスタンス)」(1995)

原題:Before Sunrise
製作国:アメリカ
製作年:1995年
公開年月日:1995年9月2日
上映時間:105分
製作会社:ディトゥーア・フィルム・プロ
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)

◆スタッフ
監督:リチャード・リンクレイター
脚本:リチャード・リンクレイター、キム・クリザン
製作総指揮:ジョン・スロス
製作:アン・ウォーカー・マクベイ
撮影:リー・ダニエル
編集:サンドラ・エイデアー

◆キャスト
ジェシー:イーサン・ホーク
セリーヌ:ジュリー・デルピー

【ビフォア・サンセット】

「ビフォア・サンセット」(2004)

原題:Before Sunset
製作国:アメリカ
製作年:2004年
公開年月日:2005年2月5日
上映時間:81分
製作会社:キャストル・ロック・エンタテインメント=ディツアー・フィルムプロダクション
配給:ワーナー
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)

◆スタッフ
監督:リチャード・リンクレイター
脚本:リチャード・リンクレイター、ジュリー・デルピー、イーサン・ホーク
原案:リチャード・リンクレイター 、キム・クリザン
エグゼクティブプロデューサー:ジョン・スロス
製作:アン・ウォーカー・マクベイ
撮影:リー・ダニエル
編集:サンドラ・エイデアー
衣装デザイン:ティエリー・デレトル

◆キャスト
ジェシー:イーサン・ホーク
セリーヌ:ジュリー・デルピー

【ビフォア・ミッドナイト】

「ビフォア・ミッドナイト」(2013)

原題:Before Midnight
製作国:アメリカ
製作年:2013年
公開年月日:2014年1月18日
上映時間:108分
製作会社:Sony Pictures Classics=Venture Forth=Castle Rock Entertainment=Detour Filmproduction=Faliro House Productions
配給:アルバトロス・フィルム
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)

◆スタッフ
監督:リチャード・リンクレイター
脚本:リチャード・リンクレイター、イーサン・ホーク、ジュリー・デルピー
エグゼクティブプロデューサー:ジェイコブ・ペシュニク
プロデューサー:リチャード・リンクレイター、クリストス・V・コンスタンタコプーロス、サラ・ウッドハッチ
キャラクター創造・原案:リチャード・リンクレイター、キム・クリザン
撮影:クリストス・ブードリス
編集:サンドラ・エイデアー
作曲:グレアム・レイノルズ

◆キャスト
ジェシー:イーサン・ホーク
セリーヌ:ジュリー・デルピー
ハンク:シーマス・デイヴィー=フィッツパトリック
エラ:ジェニファー・プライアー
ニナ:シャーロット・プライアー
ナタリア:ゼニア・カロゲロプーロ
パトリック:ウォルター・ラサリー
アナ:アリアン・ラベド
アキレアス:ヤニス・パパドプーロス
アリアドニ:アティーナ・レイチェル・トサンガリ
ステファノス:パノス・コロニス

(参考文献KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。