「男はつらいよ」シリーズの中の食べ物

「男はつらいよ 寅次郎紅の花」(1995)。満男と泉の若いカップルを見つめる寅さんとリリーの眼差し(絵・筆者)
「男はつらいよ 寅次郎紅の花」(1995)。満男と泉の若いカップルを見つめる寅さんとリリーの眼差し(絵・筆者)

お盆は過ぎてしまったが、筆者が子供の頃の盆正月の映画の定番と言えば、松竹の「男はつらいよ」シリーズをおいて他になかった。筆者の周りにも他の映画を劇場で観に行くことはなくてもこれだけは一家揃って年二回盆正月に観に行くことを年中行事にしている家庭が多くあり、まさに「国民的」映画シリーズという形容が相応しかった。「男はつらいよ」シリーズの食のシーンを紹介したい。

“リリー三部作+1”から

「男はつらいよ」シリーズは、1969年から1995年にかけて48本が製作され、同一キャストでのシリーズ映画製作本数では世界一の記録であり、ギネスブックにも認定されている。

 元々はフジテレビのテレビドラマとして1968~1969年に放映されたが、その最終回で主人公「フーテンの寅」こと車寅次郎=寅さん(渥美清)がハブに噛まれて死ぬという結末に視聴者からの抗議が殺到し、映画化につながったという経緯がある。その意味で、昨今の日本映画の主流である、テレビドラマの劇場版という流れのはしりである。

 ストーリーはご存知の通り、テキヤ稼業の寅さんが毎回旅先で美しい女性(マドンナ)と出会って恋をし、結局は失恋するというものだが、それをマンネリと感じさせない山田洋次監督をはじめとするスタッフならびにキャストの努力によって、息の長いシリーズになった。

 印象的な食のシーンは毎回のようにあるのだが、今回はその中でもマドンナとして最多の出演回数を誇るドサ回りの歌手リリー松岡(浅岡ルリ子)が登場する4本に絞って紹介する。

「寅次郎忘れな草」の家庭料理

「男はつらいよ 寅次郎忘れな草」(1973)。寅さん(渥美清)とリリー(浅岡ルリ子)は網走港で自分たちの身の上を語り合う(絵・筆者)
「男はつらいよ 寅次郎忘れな草」(1973)。寅さん(渥美清)とリリー(浅岡ルリ子)は網走港で自分たちの身の上を語り合う(絵・筆者)

 シリーズ第11作「男はつらいよ 寅次郎忘れな草」(1973)で、寅さんとリリーは北海道網走に向かう夜汽車の中で出会う。シリーズの他のマドンナたちが寅さんにとって“彼方の存在”であるのに対し、このリリーというキャラクターは、“旅人”という寅さんと同類の存在として異彩を放っている。実際ユーモアとペーソスのバランスが魅力のシリーズの中でも、彼女が登場する回は旅人の悲哀(ペーソス)がより強調されているように思える。

 二人は寅さんの故郷である葛飾柴又でばったり再会するのだが、寅さんの実家である団子屋の「とらや」に招かれたリリーは、寅さん一家の人情に触れる。そこで振舞われるのがおばちゃん(三崎千恵子)お手製の芋の煮っ転がしをはじめとする家庭料理である。

 安い飲み屋を経営する母(利根はる恵)に育児放棄された過去を持ち、安アパートに一人暮らしで家庭の愛情に飢えていたリリーにとって、それは心に染みる味であったことだろう。

「寅次郎相合い傘」のメロン

「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」(1975)。 寅さんとリリー、兵頭(船越英二)の北海道三人道中(絵・筆者)
「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」(1975)。 寅さんとリリー、兵頭(船越英二)の北海道三人道中(絵・筆者)

 シリーズ第15作「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」(1975)で、寅さんは青森で知り合った蒸発サラリーマンの兵頭(船越英二)と旅をしていたところ、函館の屋台でリリーと再会する。しかし、男と女の立場をめぐって喧嘩となり、そのまま別れてしまう。

 柴又に戻った寅さんのもとを、無事に東京の家に帰った兵頭が訪ねて来て、「旅の御礼」と言ってマスクメロンを置いていく。後日、寅さんの留守中にリリーが訪ねて来たので、おばちゃんが兵頭の手土産のメロンを切って皆で食べる。そこへ寅さんが帰って来るが、うっかり寅さんの分を勘定に入れるのを忘れていたことから寅さんがスネて大騒ぎになる。そこをリリーが騒動を引き受ける形で寅さんをたしなめたことから、またしても喧嘩になってしまう。これがシリーズ中でも有名なエピソードである「メロン騒動」の顛末である。

 その後雨の降る中を寅さんが番傘を持って柴又駅にリリーを迎えに行くシーンでサブタイトルにもなった相合い傘のゆっくりとした回転を俯瞰でとらえたショットは、喧嘩するほど仲がいい二人の関係を示していると言える。

「寅次郎ハイビスカスの花」の沖縄料理

「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花」(1980)。寅さんに手料理を振舞うリリー(絵・筆者)
「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花」(1980)。寅さんに手料理を振舞うリリー(絵・筆者)

 シリーズ第25作「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花」(1980)では、リリーは巡業先の沖縄で日頃の不摂生がたたって倒れてしまう。彼女からの手紙でそれを知った寅さんは、初めての飛行機の恐怖を振り切って沖縄の病院に駆けつける。寅さんの必死の看病の甲斐あってリリーの病状は好転、養生のため海辺の家を借りてしばらく滞在することになる。

 寅さんとのしばしの同棲生活で、それまでろくに料理をしたこともなかったリリーが、近所のおばさんに教わったゴーヤチャンプルーやミミガーなどの沖縄料理を作って彼に振舞う。そこで彼女は、寅さんにプロポーズともとれる言葉を告げるだが、寅さんは照れてしまって取り合わない。

 このように、二人の関係はどちらかがその気になるともう一方がはぐらかすという展開が多く、ファンをやきもきさせる。

 なお、本作は渥美清死去後の1997年に、CGを駆使してリニューアルし、寅さんの妹さくらの息子満男(吉岡秀隆)の回想という形式で再編集した「特別編」が公開されている。

「寅次郎紅の花」のバナナ

「男はつらいよ 寅次郎紅の花」(1995)。満男と泉の若いカップルを見つめる寅さんとリリーの眼差し(絵・筆者)
「男はつらいよ 寅次郎紅の花」(1995)。満男と泉の若いカップルを見つめる寅さんとリリーの眼差し(絵・筆者)

 シリーズ48作で最終話となった「男はつらいよ 寅次郎紅の花」(1995)では、寅さんとリリーに加え、満男と泉(後藤久美子)の若いカップルの二組の恋の行方が描かれている。

 岡山県の津山で他の男と泉の結婚式をぶち壊しにした満男は、放浪の末に奄美大島にたどり着き、そこでリリーと彼女の家に居候する寅さんと再会する。

 思い出話に花が咲く中、満男がリリーの家の庭になったバナナをもいで食べながら、寅さんとリリーに泉への思いを涙ながらに語るシーンは、甘そうなバナナとほろ苦い話の内容が好対照をなしている。

 渥美清はこの作品の撮影中すでに肝臓がんが進行しており、無理を押しての演技は痛々しく映るが、ラストシーンで寅さんはこの年の1月17日に発生した阪神淡路大震災で最も被害の大きかった神戸市長田区を訪れる。瓦礫と仮設住宅が残る中、パン屋を再開した夫婦(宮川大助・花子)をはじめとする被災地の人々にかけた「皆様、本当にご苦労様でした」という言葉が、寅さん最後のセリフとなった。

 49作目の撮影を前にした1996年8月4日に渥美が死去(享年68歳)したため、シリーズは終了となったが、3.11後の日本に最も必要なのは寅さんの人情だと思うのは筆者だけだろうか。もっとも、こんなことを言うと「それを言っちゃあお終いよ」と天国の寅さんに笑われるかも知れないが……。

作品基本データ

【男はつらいよ 寅次郎忘れな草】

「男はつらいよ 寅次郎忘れな草」(1973)

製作国:日本
製作年:1973年
公開年月日:1973年8月4日
製作会社:松竹
配給:松竹
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
上映時間:99分

◆スタッフ
監督・原作:山田洋次
脚本:山田洋次、宮崎晃、朝間義隆
企画:高島幸夫、小林俊一
製作:島津清
撮影:高羽哲夫
美術:佐藤公信
音楽:山本直純
録音:中村寛
照明:青木好文
編集:石井巌
助監督:五十嵐敬司
スチール:堺兼一

◆キャスト
車寅次郎:渥美清
さくら:倍賞千恵子
リリー(松岡清子):浅丘ルリ子
車竜造(おいちゃん):松村達雄
車つね(おばちゃん):三崎千恵子
諏訪博:前田吟
諏訪満男:中村はやと
社長:太宰久雄
源公:佐藤蛾次郎
御前様:笠智衆
リリーの母:利根はる恵
吾作:吉田義夫
玉木:織本順吉
玉木の妻:中沢敦子
玉木の娘:成田みるえ
水原:江戸家小猫
めぐみ:北原ひろみ
石田良吉:毒蝮三太夫

【男はつらいよ 寅次郎相合い傘】

「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」(1975)

製作国:日本
製作年:1975年
公開年月日:’1975年8月2日
製作会社:松竹
配給:松竹
カラー/サイズ:カラー/ビスタ
上映時間:91分

◆スタッフ
監督・原作:山田洋次
脚本:山田洋次、朝間義隆
企画:高島幸夫、小林俊一
製作:島津清
撮影:高羽哲夫
美術:佐藤公信
音楽:山本直純
録音:中村寛
照明:青木好文
編集:石井巌
助監督:五十嵐敬司
スチール:長谷川宗平

◆キャスト
車寅次郎:渥美清
さくら:倍賞千恵子
松岡リリー:浅丘ルリ子
兵頭謙次郎:船越英二
車竜造:下絛正巳
車つね:三崎千恵子
諏訪博:前田吟
諏訪満男:中村はやと
社長:太宰久雄
源公:佐藤蛾次郎
御前様:笠智衆
信子:岩崎加根子
君子:久里千春
鞠子:早乙女愛
海賊:米倉斉加年
海賊:上條恒彦

【男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花】

「男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花」(1980)

製作国:日本
製作年:1980年
公開年月日:’1980年8月2日
製作会社:松竹
配給:松竹
カラー/サイズ:カラー/ビスタ
上映時間:104分

◆スタッフ
監督・原作:山田洋次
脚本:山田洋次、朝間義隆
企画:高島幸夫、小林俊一
製作:島津清
撮影:高羽哲夫
美術:出川三男
音楽:山本直純
録音:鈴木功、松本隆司
照明:青木好文
編集:石井巌
助監督:五十嵐敬司
スチール:長谷川宗平

◆キャスト
車寅次郎:渥美清
さくら:倍賞千恵子
松岡リリー:浅丘ルリ子
車竜造:下絛正巳
車つね:三崎千恵子
諏訪博:前田吟
諏訪満男:中村はやと
社長:太宰久雄
源公:佐藤蛾次郎
御前様:笠智衆
山里かおり:新垣すずこ
国頭フミ:間好子
国頭高志:江藤潤
国頭富子:金城富美江

【男はつらいよ 寅次郎紅の花】

「男はつらいよ 寅次郎紅の花」(1995)

製作国:日本
製作年:1995年
公開年月日:1995年12月23日
製作会社:松竹
配給:松竹
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
上映時間:110分

◆スタッフ
監督・原作:山田洋次
脚本:山田洋次、朝間義隆
企画:小林俊一
製作:中川滋弘
プロデューサー:深澤宏
撮影:高羽哲夫、長沼六男
美術:出川三男
音楽:山本直純、山本純ノ介
歌:渥美清「男はつらいよ」
録音:鈴木功
照明:野田正博
編集:石井巌
衣裳:本間邦人
助監督:阿部勉
スチール:金田正

◆キャスト
車寅次郎:渥美清
諏訪さくら:倍賞千恵子
リリー:浅丘ルリ子
諏訪満男:吉岡秀隆
泉:後藤久美子
竜造:下絛正巳
つね:三崎千恵子
諏訪博:前田吟
社長:太宰久雄
源公:佐藤蛾次郎
ポンシュウ:関敬六
礼子:夏木マリ
船長:田中邦衛
政夫:神戸浩
リリーの母:千石規子
神戸のパン屋いしくら:宮川大助
パン屋の妻:宮川花子
箕作伸吉:笹野高史
駅舎の男:桜井センリ
タクシー運転手:犬塚弘
神戸の会長:芦屋雁之助
自転車の男:佐藤和弘

(参考文献:キネマ旬報映画データベース)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。