喜劇映画の中の食べ物

「黄金狂時代」(1925)。靴を食べるチャップリン(絵・筆者)
「黄金狂時代」(1925)。靴を食べるチャップリン(絵・筆者)
「黄金狂時代」(1925)。靴を食べるチャップリン(絵・筆者)
「黄金狂時代」(1925)。靴を食べるチャップリン(絵・筆者)

今回から趣向を変え、映画のジャンルや監督、俳優といったカテゴリー別に劇中に登場する食べ物を見ていこうと思う。最初は「喜劇映画」である。

「黄金狂時代」の“靴”

 食事の場面がある喜劇映画としてまず思い浮かぶのはチャップリンの「黄金狂時代」(1925)だ。金鉱を求めてアラスカの雪山にやってきたチャーリーが猛吹雪で山小屋に閉じ込められ、空腹のあまり靴を食べるシーンはあまりにも有名である。彼のトレードマークのひとつであるドタ靴の片方をゆでて皿に盛り付け、ナイフとフォークを使って切り分け、靴紐をスパゲッティのようにして食べる紳士的な仕草には飢餓状況にそぐわない滑稽さがある。そして飢えた仲間の目にニワトリの姿として映ったチャーリーは、彼に追いかけ回されることになるのである。

「キーストン・コップス」のパイ投げ

「世紀の闘い」(1927)。果てしなきパイ投げ合戦の幕開け(絵・筆者)
「世紀の闘い」(1927)。果てしなきパイ投げ合戦の幕開け(絵・筆者)

“手荒い祝福”の代名詞として定着(?)した感のあるパイ投げの起源が映画であることをご存じだろうか。

 サイレント映画の全盛期である1910年代、アメリカの喜劇王マック・セネット(1880~1960)が興したキーストン社で量産された、警官隊と悪人が追っかけっこを繰り広げるスラップ・ステック・コメディの中でパイ投げのギャグが初めて使われた。これらの作品は「キーストン・コップス」と呼ばれて人気を博し、チャップリンもここから映画のキャリアをスタートさせている。

 パイ投げはこの後もスラップ・ステック・コメディの定番ネタとしてマルクス兄弟(Marx Brothers)や三ばか大将(The Three Stooges)などの映画で演じられ続け、ローレル&ハーディの「世紀の闘い」(1927)では実に1000個以上のパイが乱れ飛んだという。

「我輩はカモである」のピーナッツ

「我輩はカモである」(1933)。ピーナッツ売りに化けたチコリニ(チコ・マルクス)とピンキー(ハーポ・マルクス)(絵・筆者)
「我輩はカモである」(1933)。ピーナッツ売りに化けたチコリニ(チコ・マルクス)とピンキー(ハーポ・マルクス)(絵・筆者)

「我輩はカモである」(1933)の原題は「Duck soup」だが鴨はオープニングのタイトルバックに出てくるだけでスープは登場しない。これは丸め込まれやすい人(カモ)を示す英語のスラングである。この邦題は作品の本質を見事に言い当てていている。

 鴨の代わりに登場する食べ物は屋台のピーナッツである。架空の国シルヴェニアのスパイであるチコリニ(チコ・マルクス)とピンキー(ハーポ・マルクス)は、隣国フリードニアの新首相ファイアフライ(グルーチョ・マルクス)の動向を探るようシルヴェニアのトレンティーノ大使(ルイス・カルハーン)から指令を受け、ピーナッツ売りに化けてフリードニアに潜入する。そしてこのピーナッツの屋台で彼らはファイアフライと初めて知り合うのである。

 隣の屋台のレモネード売り(エドガー・ケネディ)とチコリニ&ピンキーが帽子を取り合うコントや、ドリフターズをはじめとする後世の多くのコメディアンに模倣された鏡のギャグなど抱腹絶倒のシーンが続くのだが、この作品のすごいところは全体主義の恐ろしさをナンセンスなギャグで笑い飛ばしているところにある。ファイヤフライの無茶苦茶な施政方針演説や開戦を告げるシーンは、反復と調和というミュージカルの文法を逆手に取り、独裁者の狂気に迎合する群集心理をラディカルに風刺している。

 全体主義を扱った喜劇映画としてはチャップリンがユダヤ人の床屋と独裁者の二役を演じた「チャップリンの独裁者」(1940)が真っ先に挙げられるが、本作のアナーキーさの前にはヒトラーそっくりのチャップリンの熱演も生真面目に見えてしまうほどである。

「マルクス主義」宣言

 チコ、ハーポ、グルーチョ、ゼッポの四人兄弟のコメディアングループであるマルクス兄弟は、ドイツ移民の子として生まれ、旅回りのボードヴィル一座として人気を博した後、1925年の「ココナッツ」で映画に進出した。

 チャップリンやキートン、ロイドといったサイレント時代の喜劇スターに対し、グルーチョのトーキーの利点を生かしたマシンガントークと、無口で予想不能なハーポの危ないギャグが受け、「けだもの組合」(1930)「いんちき商売」(1931)「御冗談でショ」(1932)「オペラは踊る」(1935)といったヒット作を連発した。

 ちなみに「資本論」を著したカール・マルクスとは縁もゆかりもない。というより、これほど水と油の存在もないと思われる。そのどちらを支持するかと問われれば、筆者は躊躇なく兄弟の方を選択することをここに宣言する。

作品基本データ

【黄金狂時代】

「黄金狂時代」(1925)

原題:The Gold Rush
製作国:アメリカ
製作年:1925年
製作会社:ユナイテッド・アーティスツ映画
カラー/サイズ:モノクロ/スタンダード
上映時間:73分(サウンド版)

◆スタッフ
製作・監督・脚本:チャールズ・チャップリン
撮影:ローランド・トセロー

◆キャスト
チャーリー:チャールズ・チャップリン
ビッグ・ジム・マッケイ:マック・スウェイン
ブラック・ラーセン:トム・マレイ
ジャック・キャメロン:マルコム・ウエイト
ハンク・カーティス:ヘンリー・バーグマン

【我輩はカモである】

「我輩はカモである」(1933)

原題:Duck Soup
製作国:アメリカ
製作年:1933年
製作会社:パラマウント映画
カラー/サイズ:モノクロ/スタンダード
上映時間:66分

◆スタッフ
監督:レオ・マッケリー
脚色:バート・カルマー、ハリー・ルビー
台詞:アーサー・シークマン、ナット・ペリン
撮影:ヘンリー・シャープ

◆キャスト
ルーファス・ティー・ファイアフライ:グルーチョ・マルクス
チコリニ:チコ・マルクス
ピンキー:ハーポ・マルクス
ボブ・ローランド:ゼッポ・マルクス
ティズデイル夫人:マーガレット・デュモン
ベラ:ラクウェル・トレス
トレンティーノ大使:ルイス・カルハーン
レモネード売り:エドガー・ケネディ

(参考文献:キネマ旬報映画データベース)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。