ヒットを生むわがままな心(2)

スパゲティ(「カ・アンジェリ」にて)。もちろん、レストランで食べるできたての料理はうまい。しかしそれに甘えれば、新しいビジネスに足をすくわれることもある
スパゲティ(「カ・アンジェリ」にて)。もちろん、レストランで食べるできたての料理はうまい。しかしそれに甘えれば、新しいビジネスに足をすくわれることもある
スパゲティ(「カ・アンジェリ」にて)。もちろん、レストランで食べるできたての料理はうまい。しかしそれに甘えれば、新しいビジネスに足をすくわれることもある
スパゲティ(「カ・アンジェリ」にて)。もちろん、レストランで食べるできたての料理はうまい。しかしそれに甘えれば、新しいビジネスに足をすくわれることもある

《5月28日の続き》どんなに優れたコンセプトでも、周りに似たようなコンセプトばかり現れれば、一般の消費者からは企業間の区別はつきにくくなる。いずれも同質、同じ商品と見られてしまえば、お客は価格で選ぶしかなくなる。そのとき問題になるのは、「胸いっぱい」は維持されるのか、つまり感動はあるかということだ。圧倒的な価格差は感動につながるが、似たような価格の中でわずかな差を見るようになってしまえば、感動は薄れる。むしろ、消費をつまらなくさせる。

 今の外食産業に「胸いっぱい」が足りないとしたら、その原因は、業態開発、商品開発を、理論、理屈で考え過ぎている部分があるのではないか。

 POSデータからはいろいろなことが分かるだろう。他社を観察すれば、何を売れば、どれぐらい儲かるものかといったことも、データとして分かる。そして、自社のキッチンで使っている機器のどれとどれは他社にないものだろうか。さて、前回紹介した奥井俊史さんの指摘のように、外食産業でも、他社と同じデータに基づいて、他社と同じ機器、材料で考えていないだろうか。

 そしてそのために、やはり前回紹介した川崎和男さんの指摘のように、わがままで、我を通そうとする、わが社の“デザイナー”の力を抑え込んでしまっていることがあるのではないか。

 ところで、データ、理論、理屈に基づく商品開発という点では、コンビニのほうが外食よりも進んでいる、より甚だしいはずと考える向きも多いだろう。そのコンビニが、「胸いっぱい」で外食を上回るはずがないと考えるかもしれない。

 しかし、たとえばこんな人がいる。東京・表参道のイタリアン「カ・アンジェリ」のシェフ佐竹弘さんは、六本木「ヂーノ」などの成功で一世を風靡したシェフだ。当時は寝る間もないほど忙しかったが、その後休日に田舎に出かけて自然を楽しむ生活を重視し、その中で野菜などのおいしさ、その生かし方を改めて学んだ。それを老若男女いろいろな人に伝えるために、手頃な価格でゆっくり楽しめる店をと考えたのが、「カ・アンジェリ」だという。

 その佐竹さんが、昨年、あるコンビニ大手のパスタ商品2品を監修したという。しかも、名前も出さなければ、報酬も取らなかったというから、記者のやじうま根性は否応なくくすぐられる。

 コンビニの商品担当者とこの商品にかかわる食品メーカーの担当者にパスタ商品のコンセプトを伝え、試作品に対して何度も厳しくダメだしをした。この両担当者殿、佐竹さんにずいぶん苦しめられたように拝察するが、最終的に出来上がったコンビニのパスタ商品を、佐竹さんは喜んだ。

 なぜお金ももらわずに、そこまでしたのか。「うちの店のスタッフも含めて、外食で働く人は夜帰るのが遅くなる。帰ってから何を食べているか聞いたら、コンビニの弁当やそうざいをよく食べるという。それで考えた。もし、その弁当が貧相で、おいしくなかったら、困る。人においしいものを提供して喜んでもらう仕事の人には、やはり自分の食事でも元気を出してもらわなくちゃいけない」

 私が文章に書いてしまうと、なんだか優等生のせりふのように見えてしまうかもしれないが、これを語った佐竹さんは真顔。「まずいものを出すのは許さない」というような気迫も一通りではない。

 この佐竹さんの動機の説明は、「お腹いっぱい」では足りず、「胸いっぱい」である必要を言っている。

 また、佐竹さんは自然や田舎の風景や空気を愛するナチュラル志向と見えて、実は相当な合理主義精神の持ち主だ。要るものはいる、要らないものはいらないの判断が徹底している。

 それで、自然や田舎を愛好する人や外食関係者にありがちな“コンビニ批判”など出てくるはずもなく、それがある現代社会をまず受け容れている。その上で、不完全ではいけないというのが、佐竹さんの考え方なのだろう。

 人を元気にする。restaurantはその意味を持つスープの名前が語源だという。食に携わる人なら、誰でも、毎日、くりかえしこの原点から出発し直すべきだろう。それをコンビニでやろうとする人たちがいるということも忘れなければ、外食VSコンビニの闘いは、もっと消費者にとって有益なものになるに違いない。

 外食産業の各社が、それをまるっきり忘れているとは思わない。ただし、この原点に従って、“わがまま”を言う人が、我を通せているだろうか。

「消費者の○%がこれを求めている」「ライバル社は○○で売上高を○%伸ばした」といったデータやファクト、これら“説明できる”事柄の力はなかなかに強い。一方、他社では思い付かない「胸いっぱい」の元の良さというものは、説明できない要素をたくさん含んでいる。

 問題は、このバランスをどうとるかのようだ。人の非科学的な部分をどの程度抑えてよく、どの程度よりも抑えてはいけないか。そのこと自体は科学で解明してもよさそうに思える。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

About 齋藤訓之 307 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →