内食が“究極のレストラン”になった今日に対応できているか

ベビーリーフ。生鮮野菜の人気商品の1つだ
ベビーリーフ。生鮮野菜の人気商品の1つだ
ベビーリーフ。生鮮野菜の人気商品の1つだ
ベビーリーフ。生鮮野菜の人気商品の1つだ

私の家では、冷凍食品をよく使う。共働きの上、子供の学校は弁当が必要だ。それで毎朝、私が全員の弁当を作るのだが、自分で作っておいた煮物などに加えて、1品か2品、冷凍食品を入れる。弁当にちょうどよいポーションで、しかも電子レンジで用意できる商品が今は何種類も出ている。とても重宝している。

 連れ合いは、実力の割に私よりも料理が苦手だと思い込んでいる。彼女は、スーパーやコンビニで完成品を買ってきたり、野菜と合わせて簡単に調理できるレトルト食品などをよく使う。先日は、野菜をカットして袋に入れ、レンジアップするだけでそうざいができるキットを買ってきて、これはいいと喜んでいた。彼女はそういうものを使いながら、みそ汁やスープは欠かさずに自分で作り、上手に夕食を用意する。

 コンビニの商品開発をしている同じ年の友人(私は1964年生まれだ)が、以前、夫人のご両親の結婚記念日を祝った日の話をしていた。その日、彼は身重の夫人に代わってご両親の家のキッチンで腕を振るったという。彼は本来なかなかの料理人なのだが、その家がちょっと遠く、料理にあまり時間をかけられなかった。「結局、冷凍食品ばかりになってしまった」と笑っていたが、彼はその食卓全部が手作りのように見えるような魔法を知っていた。「豪華なサラダをひと皿作って、真ん中に置くんですよ」というのがそれ。サラダなら、さほど手間はかからず、しかも、うまく作れば食卓の景色をがらりと変える力を持っている。

 以上の話を、21世紀初頭の東京に住む家族の、恐らくは少なくないセグメントの標本だと考えられたい。我々は、半製品や完成品を使いながら、ケの食事はもちろん、弁当も、ハレの食事さえも用意する。しかも、ちゃんと食事を楽しんでいる。コツは、なにか1つ簡単に“手作り”ができるひと品を用意することのようだ。

 さて、この3つの標本は、内食なのか、“中食”なのか、はたまた外食なのか。外食産業成長期の合い言葉の1つは「コックレス」だった。それがより進んだ形として、「包丁のない厨房」というのもあった。この数十年の間に、外食産業は確かにそれを実現してきたし、より進歩もしてきた。

 そして最初は、「コックレス」も「包丁のない厨房」も、チェーンでこそ実現できるものだった。しかし、チェーンのために培われた技術の恩恵は、今では中小および零細飲食店も享受している。彼らは、食品メーカーや卸売業の努力によって、チェーンと同等の半製品や完成品を使えるようになり、それらをうまく使いこなして成長したところは少なくない。

 そして今や、その御利益は、家庭にも及んでいる。3つの標本についてよく考察すれば、大変なことが起こっていることに気付くはずだ。なにしろ、マニュアルもトレーニングもなしに、誰にでもかなりうまいものが簡単に作れる。その上、出来たてを、最高のホスピタリティ(外食のサービスのあり方として、「家族や恋人にしてあげるようにしなさい」と教えられる、それそのもの)で提供できる。つまり、今日の内食は、外食産業人が長年夢見てきた“究極のレストラン”そのものなのだ。

 しかし、こういう食事の悪口を言う人は後を絶たない。「味気ない」とか「食育ができていない」などと言う。でも、我々は社会の要求に合わせて男女を問わず大人としてせっせと働き、おいしいものを気分よく食べることができる。たまにいいものを食べたいと思えば、何かを取り寄せたり、手作りのものを食べたいと思えば、朝から何時間もかけて凝った料理もする。それは、最高のレジャーであり、ハレの食事だ。

 この、さまざまな社会条件の中、それに対応しようとする常民の工夫と、それをバックアップする企業の努力に目をつぶったり、批判することは、何か社会にとってよいことと言えるだろうか。こうした食事の悪口を言ったり、笑ったりする資格は、社会を根底から変える野心と能力を備えている人だけに許されることのはずだ。

 多くの農家は、都市のこうした食生活を理解していない。しかし、情報力と対応力のある農家は、「加熱もカットもしないで食べられる野菜が売れる」と言って、例えばプチトマトや中玉トマト、あるいはベビーリーフなどに力を入れている。世の中は順当に変わりつつある。

 こうした時代、食品メーカー、スーパー、コンビニ、そして優れた農家と同等に、うまく役割を演じ切っている外食企業は、今あるだろうか。外食企業は新しい道を探さなければならないところに来ている。例えば、家庭ではあり得ないようなインテリアやサービスを追求するのも1つ。その場合は、大商圏型(おそらくは1都市に1店ぐらいのもの)あるいは超大商圏型(おそらくは1国に1店ぐらいのもの)の高級店と、個人のキャラクターを生かせる小規模、零細飲食店に分がある。チェーンはどうか。ファストフードは利用動機自体が家庭の中にないものがあるので、やりようはありそうだ。しかし、テーブルサービスは“究極のレストラン”(内食)とかぶるところが多いだろう。

 “中食へ切り込む”というのは1つの道に違いない。しかし、今のところ、食品メーカー、スーパー、コンビニ以上に、そうした役割を果たせている外食企業がどれだけあるだろうか。 加熱調理にこだわっているうちは、なかなか道が拓けないのではないか。例えばハンバーグやフライが得意というなら、焼いたり、揚げたりする前の状態を製品として売る可能性があるかどうかから考えてみなければ、突破口は見付からないのではないか。さらに、もっと思い切って食品メーカーや卸売業へと変わっていくのも手だろう。

 それは外食からの撤退を意味しない。なにしろ、相手は“究極のレストラン”なのだ。その変貌は、最も進歩した外食業への進歩に違いない。当然、食品の栄養も、機能も、安全も、“食育”とやらも、すべてこの時代に合ったものとして考えなければ、全く意味がない。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

About 齋藤訓之 307 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →