日本版GAP普及の鍵握るは小売業

EurepGAP認証を取得した木内氏の農場。右手の休憩施設も、EurepGAPが農園に設置することを推奨している
EurepGAP認証を取得した木内氏の農場。右手の休憩施設も、EurepGAPが農園に設置することを推奨している
EurepGAP認証を取得した木内氏の農場。右手の休憩施設も、EurepGAPが農園に設置することを推奨している
EurepGAP認証を取得した木内氏の農場。右手の休憩施設も、EurepGAPが農園に設置することを推奨している

日本版GAP(Good Agricultural Practice/適正農業規範)の確立・普及について、農水省がここ数年取り組みを強化してきている。2005年度は「食の安全・安心確保交付金」(総額約27億円)の内数という形で予算化している。国家的な事業であるわけだが、ここに至ってもなお、農業界にも、小売業界にも、外食業界などにも、アパレルのブランドではない「GAP」なる単語が十分に浸透しているとは言えない。

 本家のEurepGAPが始動したのは97年。ヨーロッパの小売業の団体が、“我々の店舗で売る農産物はこのようなものである”と、農産物の生産や物流の方法を定め、農業生産者サイドに提示した形だ。

 EurepGAPにならって、日本で最も早い時期に具体的で本格的な規範作りに取り組んだのはイオングループだ。同グループは02年に「イオン農産物取引先様品質管理基準」(A-Q)を導入した。ヨーロッパと同じく小売業から農業生産者への要求という形で、この運動は順当に発展していきそうにも見えた。しかし現実には、ヨーロッパでのようには普及スピードは上がらなかった。

 EurepGAPの本部は当初から、将来的に加盟小売業はEurepGAP認証生産者以外からは調達しないことになると言っていたから、ヨーロッパの生産者としては文句を言いながらでもこれに従わざるを得ない状況に置かれた。対して日本の場合、これに取り組んだイオングループは大手とは言え小売業の全部ではない。A-Qに従うのが「わずらわしい」「やり方を変えたくない」と思えば、農家はほかの出荷先を選べるわけで、日本の全農家を動かす決定的な力とはならなかった。

 EurepはEuro-Retailer Produce Working Groupの略で、一般に「欧州小売業組合」などと訳されるが、「ヨーロッパの小売業の農産物についての専門調査委員会」ということ。だから、日本でこれに似た組織を連想するとすれば、例えば日本チェーンストア協会の食品委員会、日本スーパーマーケット協会の生鮮流通委員会や食品流通委員会などか、あるいはCGCグループなども近いだろう。そうした団体などがイオングループと同時期に、あるいは歩調を合わせて日本版GAP策定へ動いていれば、今日の状況はまた違ったものになっていたかもしれない。

 しかし日本の場合、ここで俄然熱心さを示したのは国だった。農水省の日本版GAP策定に対する動きは決して遅くなかった。同省が日本版GAP確立・普及を補助事業としたのは04年度からだが、その前年の03年3月には日本施設園芸協会が農水省の補助事業として「生鮮野菜衛生管理ガイド」を発表している。これはGAP的な手法を盛り込んだマニュアルで、生産から流通、消費の段階まで網羅している。

 農水省が日本版GAP確立・普及に取り組むことになったのには、同省を巡る2つの伏線がある。1つは、食品の安全・安心に対する取り組み。これは従来どちらかと言えば厚生省(現厚生労働省)の“縄張り”であったが、96年大阪でのO157事件に端を発し、BSE問題などを受けて一層強化された。

 いま1つは、食糧安全保障的なストーリーだ。ヨーロッパ発の認証が世界的なデファクトスタンダードとなり、もし国内がそれに乗り遅れれば、世界中の品質が良く安全性も高い生産物はヨーロッパに集まり、そうでないものが日本に集まるということになりかねない。これは食糧自給率が低いことよりも遥かに重要な問題だ。蛇足だが、約10年前に起こった海外発のオーガニック認証上陸から新JAS施行に至るまでの一連の騒動は、同様の危険をはらむ問題でもあったと言える。

 しかし、今日そうかと言って、EurepGAPをそのまま受け入れたのでは農水省の沽券にかかわるだけでなく、日本の気候風土、経営や労働の慣習にもそぐわない点が多い。従って、早期に日本版GAPを作ってEurepGAPに拮抗させる必要があったのだ。

 昨年度には、イオンが主導する農産規範基準研究会が農水省の食品トレーサビリティ開発・実証事業の実施団体に選ばれるという形で合流。結局、国と小売業が、国産の黒船船団を作って農家に改革を迫る形になるように見えた。

 しかし今年7月、現在の日本の農業界をリードする農家自身によって日本版GAP確立・普及を推進する団体が設立され、注目を集めた。ヨーロッパでEurepGAPに抵抗している農家のことや、日本でイオンへの出荷をあきらめた農家もいるなどと聞いている間は、GAPは農家にとっては“外圧”でしかないのかとも感じていたが、この設立はコロンブスの卵のように面白く聞こえた。

 設立されたのはJGAI協会(Japan Good Agricultural Initiative)。会長の片山りんご(青森県弘前市)片山寿伸社長、副会長の和郷園(千葉県山田町)木内博一代表理事の2人は、日本で最初にEurepGAPの認証を受けた先進農家だ。

 見方によっては自縄自縛のようにも見えるのだが、先日、木内氏に会った際にその辺り水を向けてみたら、彼の思いは全く別の次元にあった。「GAPというのは、突き詰めてみれば整理整頓と記帳なんだってことが分かったんです。難しいことじゃない。でもね、ほとんどの農家がそんなこともできていない。農業が産業化できていない理由はそこですよ」(木内氏)。

 言われてみれば、どこの工場にも「整理整頓」の張り紙はあるし、日報などの記帳は当たり前。工場がJIS規格に添った生産をしたり、ISOの諸規格を取得するのも普通のことだ。農家はそれをせずにモノが出来て売れてきたというのは、恵まれた商売であったと言っていいのかどうかわからない。しかし、「それじゃだめだよ」と言う農家が現れてきていることは、農業界に間違いなく新しい時代が来ているということだ。

 ただ、この新しい流れを日本全体の大きな流れにしていくには、「それをやったら農産物にどういう新しい価値が着くよという提案が必要」(木内氏)だという。頑張ったけれど、その結果が「今まで通りに売れた」ということでは、農家は動かない。小売業もまだまだ知恵を働かせなければならない。

※このコラムは「FoodScience」(日経BP社)で発表され、同サイト閉鎖後に筆者の了解を得て「FoodWatchJapan」で無償公開しているものです。

About 齋藤訓之 385 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。日本フードサービス学会、日本マーケティング学会会員。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →