高度化する香港ニーズに対応

JA全農香港事務所所長 金築道弘さん

【JA全農香港事務所所長 金築道弘さんへのインタビュー】JA全農(全国農業協同組合連合会)は今年4月に香港事務所を開設した。その金築道弘所長に、香港市場の状況と、JAの取り組みを聞いた。

香港と日本を情報面からつないでいく

JAグループは今回のフード・エキスポに農林中金が組織して出展した。
JAグループは今回のフード・エキスポに農林中金が組織して出展した。

――JA全農が香港事務所を開設した狙いと役割を教えてください。

金築 日本の農林水産物には、米、野菜、果物、牛乳、卵、肉などがあるわけですが、香港と日本にいろいろなプレイヤーがいてすでに自由に貿易をしているなかで、そこへ今わざわざJAが入って来るのはなぜかと思われるだろうと思います。

 私たちがまずやっていきたいのは、香港の消費者からの情報を日本の生産者に伝えること、そして日本の生産者からの情報を香港の消費者に伝えることです。

 出来た物を送り出すだけでは売れず、使い古された言葉ですがマーケットインでいかなければいけない。まず、香港のどんな人がどんなものを欲しているかという情報を、生産サイドに伝えていくことが役割の一つです。

――香港の消費者をどのように見ていますか。

JA全農香港事務所・金築道弘所長。資材の調達分野での経験が長かったが、2015年のミラノ国際博覧会から国産農産物のプロモーションに携わっている。
JA全農香港事務所・金築道弘所長。資材の調達分野での経験が長かったが、2015年のミラノ国際博覧会から国産農産物のプロモーションに携わっている。

金築 香港の人々は舌が肥えています。さまざまな情報を持ち、食経験も豊かです。「なんちゃって○○」とか、「○○のまね」とかは通用しません。仮に1年目は売れても2年目は通用しない。

「どこ産のものであるか」ということよりも、「これが自分にとっておいしいものであるかどうか」が重要であり、その中で、今たまたま結果的に日本産が売れているということに過ぎない。

 香港で使われている炊飯器には蒸し料理用のバスケットが付いていて、甘藷やカボチャをふかしておやつに食べる文化が続いています。その甘藷も日本のものが人気ですが、今では日本産なら何でもいいというわけにはいきません。最近のしっとり、ほくほくした品種を知ってしまうとそれ以外は売れない。みんながそういうものを選ぶようになる。

 ですから、そのように進んでいく嗜好や流行に合わせて、品種の提案もできなければなりません。

――今売れている物、これから売れる物、両方があると思いますが。

金築 今のところ、JAが香港向けで扱っているものの中心は、和牛、米、青果です。とくに和牛は黙っていても売れるほどの人気です。これは過去努力された人たちがいたからの恩恵ですね。

 先達の努力の賜物では、日本産りんごのブランド力は強い。これは50年以上の歴史のあるものでしょう。

 青果では特別品としてイチゴ、シャインマスカット、モモ、ナシなどがあり、これらも人気商品として推していきます。

 しかし、香港人が知らないものがまだまだ眠っていると思う。そういうものを見つけて持ってきて、香港の市場をびっくりさせたい。

ローカライズがむしろ日本の価値を上げる

JA周桑は昨年に続いて「おこめん」を出品。パッケージ表面に英語表記を増やし、裏面にも調理法を英語で記載するなどの改良を行った。
JA周桑は昨年に続いて「おこめん」を出品。パッケージ表面に英語表記を増やし、裏面にも調理法を英語で記載するなどの改良を行った。

――生産者からの提案も集めたいところですね。

金築 これは面白いものだと評価されそうな有望なものを見つけて、こちらでテストします。

 やはり、食べて評価してもらうことが大切ですが、無料の試食だけではお世辞を言ってもらって終わるということになり兼ねない。少しでもお金を払ってもらって、その金額と合うかどうかも含めて評価してもらうことをやっていく必要があります。

――日本人気があるとは言え、まだ売れていないものもありますね。

金築 日本産米はまだ数千トンのレベルです。香港の米消費は約35万トンありますから、微々たるものです。

 これも、日本の米はこうだから、これはこういうものだから、こう食べるものだから、と押しつけてもなかなか売れません。

――ローカライズが必要だ。

金築 香港大学准教授の中野嘉子先生という方が、ナショナル(現パナソニック)の炊飯器が売れたことの研究をされていますが、それは、香港の人々のご飯の食べ方に合わせた炊飯器を作ったからということです。

 硬いご飯が好きな人、軟らかいご飯が好きな人、おかゆで食べる人などなど、人によって好みや食べ方は違うし、世代ごとに考え方も嗜好も違う。そういう現地の情報を細やかに伝えて対応することが必要なはずです。

※註:中野嘉子(2005)『同じ釜の飯 ナショナル炊飯器は人口680万の香港でなぜ800万台売れたか』平凡社。

――売り方や見せ方なども、現地に合わせる必要があるでしょうね。

金築 香港で売りたいけどどうしたらいいかという相談も受けています。

 今回の「フード・エキスポ」にも、愛媛のJA周桑が米粉麺の「おこめん」という商品を出展しています。昨年も出展され、味の評価も高いものです。ただ、パッケージが香港の人にはわかりにくいものだったので、英語の表示を増やすなどのアドバイスをさせてもらいました。

――ひらがななど日本の文字があると人気につながるようですが、わかりやすさも必要ですね。

物流技術もセールスポイントに

金築 梨一つとってみても、香港での買われ方を見ておく必要があります。

 香港で扱われている梨には、二十世紀に代表されるような白ナシと、赤ナシがある。赤ナシは中国産がたくさん入って来ています。一方、白ナシは高くても買う。4倍の代金を払ってでも買う。

――そこで日本産すごいぞとあぐらをかいていいのかと。

金築 4倍のお金を払ってもらって買ってもらえるものになっているかどうかを考えないといけない。たとえばそれは糖度でしょうし、傷みのない品質でしょうし、安全性などでしょう。

 そして、もう一つ注意していなければいけないのは、いちばんおいしかったときの記憶は残っているということです。何のことかというと、今は香港から鳥取空港への直通便が就航していて、香港の人たちは鳥取へ旅行して、もちろん梨も食べているのです。いちばん状態のよいものを食べている。その人たちが香港のスーパーなどで買った梨の鮮度が落ちていたら、もう評価してくれません。

 そこで、私たちとしては、鮮度を落とさない状態で運んでくださいというお願いをすることになります。ではどうするか? 選果場にJAがリーファーコンテナを着けて、コールドチェーンを切らない物流で香港まで届けるのです。

――物流技術を日本の強みにするわけですね。

金築 行き届いたコールドチェーンは日本が誇るものの一つです。

 また、他にも品質劣化を防ぐ段ボールやフィルムなど、さまざまな技術とツールが日本にはあります。

 そうした資材の使い方については、国内でやってきた常識から抜ける必要もあります。日本の生産サイドには、売価は変えられないと考えてしまったり、目先のコストアップだけ見てしまう癖があります。そこは考え直すべきです。

 たとえば、イチゴの12個入りパックを作って輸出しようとする。しかし、海外へ運ぶ過程では揺れる場面が多く、傷みが出る。それを防ぐために、パック内に敷くスポンジがありますから、これを使おうと考える。ところが、出荷する側でそれはコストかかると嫌がられることが多い。

 しかし、そうした改善の前にロスが何割出ていたか、それによる損失と新しい包材を使うコストを突き合わせて考えれば合うということはあるわけです。

 そこで、私たちとしては、ロスの実態を伝えて、提案して、トライして、どうしたらベストかを見極めるということをやっていきます。

――思い込みは打破していかないといけませんね。

金築 他にもいろいろな思い込みはあります。「日本は島国だから旅行者が来にくい」と言われていたのも嘘だった。そもそも香港だって島です。それから、「日本の物価は高いから売れない」と言われていたのも、今ではそんなことは全くありません。

インバウンドが香港の日本食を変える

他のゾーンと比べて日本からの出展(JETROのジャパン・パビリオンと他の独立出展を含む)は面積も広く来場者も集中する。
他のゾーンと比べて日本からの出展(JETROのジャパン・パビリオンと他の独立出展を含む)は面積も広く来場者も集中する。

――インバウンドについて。鳥取の例もそうですが、物を送り出す仕事から見て、日本へ人が来てしまう形をどう見ますか?

金築 それは、個人的にも一国民として海外から来るお客さんが増えることはとてもうれしいです。そして、実際に来てもらって、そこでおいしいものを食べてもらうのはいちばんいいことだと思います。

 今、さきほどの鳥取の例のように、日本の地方各地にダイレクトに出かける香港人が増えています。そうして各地の農産物を現地で食べる機会が増えていけば、生産者が旅行者から直接的に感想を聞く機会も増えるでしょう。生産者は技術者、職人ですから、そうしてほめられればうれしい。

――励みになりますね。

金築 そして、日本に出かけて行って食べておいしかったからまた日本へ行こうと思ってもらえるのが理想でしょう。ただ、私たちとしては、それだけでなく、さらに、香港でもいつも気軽に楽しめるようにしたいと考えています。

――インバウンドが香港の食市場を変える可能性はありますか。

金築 それはあります。たとえば、先ほど日本のご飯の食べ方を押しつけるのではなく、現地の嗜好に合わせることが大切という話をしましたが、これも変えられるかもしれません。

 香港のご飯の食べ方は、日本のようにおかずを食べながら白いご飯を食べるというスタイルではありません。おかずや汁をかけたり、味を浸透させて炊いたりという形が主流です。ご飯のおいしさ自体を味わう食べ方、その食べ方が生きる日本のお米がなかなか普及していない。

 しかし、日本に旅行する人が増えて、たとえば旅館で白いご飯とおかずの朝ご飯を食べることを経験する機会が増えたら、“ご飯とおかず”のスタイルも広がっていくのではないか。そこには期待しています。

流行から不可欠の存在へ

香港向けの日本製炊飯器。内釜にざる型や鍋型などの補助調理器をセットして、芋をふかしたり、炊飯時に副材料にも加熱したりという使い方ができる(併催の「第5回 香港家電・日用品展」で。タイガー製)。
香港向けの日本製炊飯器。内釜にざる型や鍋型などの補助調理器をセットして、芋をふかしたり、炊飯時に副材料にも加熱したりという使い方ができる(併催の「第5回 香港家電・日用品展」で。タイガー製)。

――そもそも日本のものが人気というのはなぜなのでしょう。これまでのプロモーションや品質や信頼感などはよく言われますがそれだけだと思いますか。

金築 もちろんそういうこともありますが、私の個人的な観察ではちょっと違うものを感じています。今は、香港の20代〜30代を中心に、「日式」「日的」と言って日本のものを使うのが、古い言葉ですが「ナウい」んです。おそらくそれにはジャニーズのアイドルたちが大きく影響しているはずです。

――ということは、新しい手を打っていかなければ、今の人気が消えてしまう可能性もありそうです。

金築 JAとしても、部会ごとの取り組みを、香港での取り扱いがなるべく長く続くようなマーケティングのお手伝いをしていく必要があります。

 BtoC分野では、香港のインフルエンサーも大切です。たとえば、日本の商品をたくさん扱っている「一田」(ヤッタ)や「永旺」(香港のAEON)といった香港のスーパーマーケットには、マーケティングの精鋭たちが揃っています。彼らと仕事をしていくことで、日本のものを伝えてもらうだけでなく、日本側のレベルも上げていくことができます。

――定着していくものもあるでしょうね。

金築 先ほどお話しした香港大学の中野先生のほうで、ラーメンビルを建てるというアイデアが出たことがあって、私はそれはやめておいたほうがいいのではと思ったんですが、今やコーズウェイベイ(銅鑼湾)に日本式のラーメン店がたくさん出店して「ラーメンストリート」と呼ばれているほどです。

――あなどれませんね。しかし、ラーメンの材料は日本の農林水産物は多くないです。

金築 しかし文化の輸出という面で、軽視できません。ラーメンに使う小麦粉が日本産ではないにしても、それを粉を挽く技術とか、製麺する技術とかが、日本の技術として評価される。

 先ほどの香港に合わせた炊飯器の開発にも通じることです。また、生産物そのものだけでなく、手の加え方も商品だという意味では日本式の物流の価値にも通じることです。

――その視点での新しい仕事もありそうですね。

金築 たとえば、香港は非常に地価が高く、飲食もバックヤードがとても狭い。ということは、下処理のニーズがあるわけです。BtoB分野では、そこは推進していきたい。

 また、日本産の米はまだ売れていないと言いましたが、香港の和食店ではやはり日本のご飯はキラーコンテンツと言えます。BtoCでは香港式の料理に合うものを提供するにしても、BtoBでは日本のやり方を伝えることが店の役に立つことになる。そこで、日本の米の炊き方や炊いた後の管理など、技術面のアドバイスはしていきたい。

「JA」ブランドを強くしていく

フード・エキスポ初日の夜には日本と香港の要人と関係者を集めてNetworking Dinnerが開かれたが、料理に使用した日本産農産物のほとんどをJA全農インターナショナルが協賛した。
フード・エキスポ初日の夜には日本と香港の要人と関係者を集めてNetworking Dinnerが開かれたが、料理に使用した日本産農産物のほとんどをJA全農インターナショナルが協賛した。

――さらに将来を考えると、味の評価以上の価値づくりも必要だと思います。

金築 世界的に見て、農業技術というものはコンフィデンシャルでないものが多い。生産者同士の国際的な交流もあります。そうしたなかで、優れた農業技術が海外に流出することは免れないものだと理解しておく必要があります。

 ということは、品質以上の価値づくりをして優位性を保つように考えていく必要があるということです。

 たとえば、「出前一丁」や「ヤクルト」は香港では非常に強いブランドです。それぞれ50〜40年の歴史のなかで培ってきたものがあります。「JA」も、それに比肩するブランドにしていきたい。香港の人に「これはJAのだね」と言って選んでもらえるようにしたいです。

齋藤訓之
About 齋藤訓之 299 Articles
Food Watch Japan編集長 さいとう・さとし 1988年中央大学卒業。柴田書店「月刊食堂」編集者、日経BP社「日経レストラン」記者、農業技術通信社取締役「農業経営者」副編集長兼出版部長等を経て独立。2010年10月株式会社香雪社を設立。公益財団法人流通経済研究所客員研究員。昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。日本フードサービス学会会員。戸板女子短期大学食物栄養科非常勤講師。東京栄養食糧専門学校非常勤講師。亜細亜大学経営学部ホスピタリティ・マネジメント学科非常勤講師。著書に「有機野菜はウソをつく」(SBクリエイティブ)、「食品業界のしくみ」「外食業界のしくみ」(ともにナツメ社)、「農業成功マニュアル―『農家になる!』夢を現実に」(翔泳社)、共著・監修に「創発する営業」(上原征彦編著ほか、丸善出版)、「創発するマーケティング」(井関利明・上原征彦著ほか、日経BPコンサルティング)、「農業をはじめたい人の本―作物別にわかる就農完全ガイド」(監修、成美堂出版)など。※amazon著者ページ →