高級ワインの平箱が“輸送荒れ”を起こしている

“輸送荒れ”を起こしたワインは、1~2カ月程度静置すれば回復するとされていたが、私はそれが本当かどうかを確かめたかった。そこで国内での簡易的な実験を考えて実験を行った。その後、輸送時にワインを収めるケースが、そもそも“輸送荒れ”を起こしやすい構造になっていることに気付いた。

宅急便を用いた“輸送荒れ”実験

 さて、日本国内でわずかな予算でもできる“輸送荒れ”の検証方法である。

 まず、フランスからリーファー・コンテナで運ばれ、かつ明らかに輸送荒れを解消できていると確認できる同一ワインを1ケース(12本)確保する。その内半数の6本を平箱に梱包し、妻の実家(石川県輪島市)へ宅急便で発送して、とんぼ返りで返送してもらうことを思い付いた。実行に際しては、冷え過ぎによる劣化懸念(第19回第20回参照)を回避するためクール便ではなく普通便で送ることとし、昼夜間の気温差の少ない季節に行うこととした。

 返送便が到着すると、陸路揺られて来たそれらのワインと、その間店に置いたまま静置しておいた片割れとの比較テイスティングをさっそく開始した。比較テイスティングは、返送直後、1週間後、1カ月後、3カ月後、6カ月後、1年後の6回に分けて行った。

 結果は、直後から1週間後までは明確に異なる香味であったが、3カ月後以降は差異はほぼ解消されてしまった。ワイン業界では以前から、輸送荒れ解消には「輸送後およそ1~2カ月程度静かに寝かせておけば解消する」と言われていたのだが、おおよそこれを是認すべき結果が得られた。

 しかし、所詮は当時の私自身の判断能力の限りを尽くしてもともとの輸送荒れがないと“確認できたつもり”のワインでの実験であり、産地から不動のワインとの比較ではない。

 そして、この実験の後、何かが心に引っ掛かっていた。何かを見逃していると思えるのだが、それが何であるのかを思い付かない日々が続いた。

 それでしばらくの間、用がなければ店の階段を下りてワイン・セラーの入口に立ち、中を漫然と眺め過ごす時間が多くなった。

 そんなあるとき、並んでいるワイン・ボトルをぼんやりと眺めているうち、ワイン・ボトルがぼやけて、箱の方にピントが合った。木箱、段ボール箱、平箱、縦箱……。

 そしてひらめいた!「何てことだ! 何でこんなことを見逃していたんだ!」と心の中で叫んでいた。

高級ワインの平箱はワインを攪拌している

 ワインを収納している箱には、中のワイン・ボトルを立てた状態で収納する“縦箱”と呼ばれるタイプと、ワイン・ボトルを横に寝かせた状態で収納する“平箱”と呼ばれるタイプとがある。どちらにも木箱と段ボール箱があり、12本入と6本入がある。

 12本入の場合、縦箱では3×4=12本の場合と、3×2=6本箱×2個並列の場合とがある。平箱の場合は、6本×2段、4本×3段、6本箱(3本×2段あるいは6本×1段)を2箱重ねた場合とがある。

 では平箱に収納されたワインと、縦箱に収納されたワインを比べた時、どちらが輸送荒れが少ないだろうか?

 平箱に収納されたワインはボトルが寝かされているため、輸送中など揺れがあれば、およそボトルの長さ分だけ中の気泡が移動し、液体を大きく攪拌してしまう。

 一方、縦箱に収納されてビン口が上を向いているボトルでは、液体と気体の境界面は瓶口の狭い部分に限られ、よほどの衝撃を受けない限りビン内の液体に大きな攪拌は起きない。もちろん、箱の側面を下にしてボトルを横倒しの状態にすれば、平箱と同じ状態とはなるが。

 これらのことは、手近な飲料のボトルで容易に実験して確かめられるだろう。

 さて、一般的に言って、平箱は比較的高級なワインの収納箱として使われることが多く、縦箱はリーズナブルな価格帯のワインの収納箱として使われることが多い。したがって、高級ワインの方が輸送荒れの激しい扱いをされていたと言える。

コルクを乾燥萎縮させないために攪拌荒れを容認

 ではなぜ平箱というものがあり、今日なお、高級ワインが過酷な扱いを受けているのだろうか。答えは実に簡単である。コルク栓を乾燥させないためだ。ボトルを立てて置くと、コルクはほどなく乾燥萎縮し、ボトル内に酸素を含む外気が入り込むことを許してしまう。そこでボトルを寝かせることでコルク栓に常に液体が触れるようにし、コルクを常に湿らせる。それによってボトル内の気密性を維持し、ボトル内のワインの過剰酸化を防止しているのである。

 しかし、コルク栓を乾燥させないということはあくまでも手段であって、ワインの品質を保つという目的そのものではないことを忘れてはいけない。

 ワイン業界は約200年にわたって、酸化というダメージを防ぐために攪拌荒れ(輸送荒れ)というダメージに目をつぶってきたと言っていい。ワイン・セラーでは静置することにこれ努めているワインが、流通段階ではボトル内でワインが躍りまくっていることに頓着しないという、おかしなスタンスがワイン業界に根付いており、これを改めようという機運が全くないというのは不思議というほかない。

 とは言え、私も偉そうには言えない。私自身、このことに気付いた1990年代の初めまで、同じ誤りを繰り返していたからだ。

 しかし、こう考えてみると、コルク栓を乾燥萎縮させない方法は、ボトルを横倒しにする以外にもありそうなものである。さらに、ボトル内に新たな酸素流入を起こさせないための方策も、なぜ考案されなかったのだろうか?

 人間というものは新たな技術を獲得すると、往往にしてそれに固執し、それ以上に新しい技術開発を行う道を閉ざしてしまう性があるのかも知れない。

 そこで私もかつてを反省しながら、“新たな瓶内酸素流入の阻止”と“輸送荒れ阻止”を両立する方策を模索し始めた。

 その結果たどり着いたのが、「デファンスール・パック」の開発(1997年特許出願)」であり、その直後からの「スティルヴァン・スクリュー」支持=デファンスール・パック不要論であった。

About 大久保順朗 82 Articles
酒類品質管理アドバイザー おおくぼ・よりあき 1949年生まれ。22歳で家業の菊屋大久保酒店(東京都小金井市)を継ぎ、ワインに特化した経営に舵を切る。「酒販ニュース」(醸造産業新聞社)に寄稿した「酒屋生かさぬように殺さぬように」で注目を浴びる。また、ワインの品質劣化の多くが物流段階で発生していることに気付き、その改善の第一歩として同紙上でワインのリーファー輸送の提案を行った。その後も、輸送、保管、テイスティングなどについても革新的な提案を続けている。