吉崎和明氏と日本リカー(3)

吉崎氏がヒット商品を獲得したことで、日本リカーのリーファー輸送はよいスタートを切った。そして、同社が契約している倉庫を取材させてもらったとき、我々は作業担当者から驚くべきセリフを聞くのだった。

幸運なワイン群

 吉崎氏に、私はシャトー・トロタノアは絶対に確保すべきこと、シャトー・ラフルールは同時取得は難しいと思われるが一応打診してみること。また、クリスチャン・ムエックス氏の思い入れ(同氏所有)があるシャトー・ラ・グラーヴ・トリガン・ド・ボアセ、そしてムエックス社扱いとしては異質であるメドックを思わせるタイプの販売権所有ワイン、シャトー・ルジェも確保すべきワインであることを伝えた。

 結果は、シャトー・ラフルールは予想通り確保できなかった。しかし、ムエックス社のワインは販売開始当初から傷んだ既存在庫も存在せず、口漏れもなくキャップ・シールも回転する状態の、リーファー輸送された幸運なワイン群となったのである。

 ちなみに2社目の販売特約はT山岡&サンズで、シャトー・ラフルールを獲得した。3社目はジャーディン・マセソン社であったが、目ぼしいシャトー詰めワインはなく、ムエックス社ビン詰めのコミューン・ワインを主力とするしかなかった。未だに終息しないボルドー右岸ブームを考えると、正にこの時、吉崎氏は大変な価値のある一番クジを引き当てていたのである。

 それから約1年後、またしても吉崎氏が「このワイン味見してよ!」と言って持って来た航空便サンプルのワインは、日本ではまだ無名だったシャトー・トゥール・オー・コーサン(Chateau Tour Haut-Caussan)であった。オーダー輸入のアイテムとなったが、我が店ではしばらくの間は安くてうまいメドックの人気ナンバー・ワン・アイテムだった。

 その後も彼はヒット・アイテムを連発させていった。

日本リカーの倉庫を訪ねる

 いずれにせよ、ワインのリーファー輸送に日本リカーが参入してくれたことで、国内輸送システムの構築では大きな進展があった。

 同社は第19回で触れたように、契約していた東西運輸との間で完全チャーター契約の保冷機能付き配送トラックを当初3台確保したのだ。

 1986年4月の酒類業界専門紙「酒販ニュース」紙上での「ワインのリーファー輸送」提言後の夏、同紙西岡正彦氏の取材に同行して、辰巳の新興海陸倉庫へ出向いたことがあった。日本リカーがワインの保管契約をしていた倉庫だ。日本リカー側からは、吉崎氏と遠藤氏が応対してくれた。まず東西運輸のチャーター・トラックの撮影を済ませ、プラット・ホームに上がって当日入荷予定のリーファー・コンテナを待った。

 ほどなくコンテナが到着し、老練の作業員二人の慎重な荷降ろし作業が始まった。西岡氏は写真撮影したがコンテナ内部はレンズが曇ってしまって撮影できない。「カメラをコンテナの温度に慣らさなければ撮れないよ」とベテラン作業員の一人が教えてくれた。

「これなら買ってもいいよ」

 しばらくして作業休憩時間となったので、西岡氏の撮影も中断し、雑談していた。すると、作業員二人が降ろしたワインのパッケージに抱きつきながら、遠藤氏に話しかけた。

「遠藤さんよォ、これならオレたちもお宅のワイン、社販で買ってもいいよ!」と言われ、「えッ?」と遠藤氏。「ゆだっちゃって口漏れして臭くてしょうがねぇワインを扱わされている身にもなってみなよ。そんなもの高い金出して買うわけないだろう。偉そうにワインの能書きたれている奴らの気が知れなかったよ。これなら大丈夫だ!」と言う。

 我々4名は唖然呆然であった。西岡氏は「現場は知っていたってことだね」と呟いた。

「いけねェ! 段ボールが結露して崩れちまう!」と言って二人は作業を再開した。リーファー・コンテナで輸送された段ボール・パッケージが夏の外気に晒された場合、短時間で水分を吸収して強度を失い、糊も剥がれて荷崩れを起こすことを、他の扱い品の体験から先刻承知だったである。

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酒類品質管理アドバイザー おおくぼ・よりあき 1949年生まれ。22歳で家業の菊屋大久保酒店(東京都小金井市)を継ぎ、ワインに特化した経営に舵を切る。「酒販ニュース」(醸造産業新聞社)に寄稿した「酒屋生かさぬように殺さぬように」で注目を浴びる。また、ワインの品質劣化の多くが物流段階で発生していることに気付き、その改善の第一歩として同紙上でワインのリーファー輸送の提案を行った。その後も、輸送、保管、テイスティングなどについても革新的な提案を続けている。