飛ぶ鳥落とすsioの実像描く

[304] 「sio 100年続く、店のはじまり」から

東京・代々木上原のレストラン「sio」のオーナーシェフ・鳥羽周作。同店が「ミシュランガイド東京」で4年連続一つ星を獲得するなど、現在最も注目を集めている料理人の一人。4月に公開された映画「sio 10年続く、店のはじまり」は、「ヤバい」が口癖の“料理界の異端児”鳥羽と、彼を支えるスタッフと家族の実像に迫ったドキュメンタリー映画である。

異色の経歴と快進撃

「sio」のスペシャリテ。ラスクの上に馬肉のユッケを載せ、ビーツのサラダを載せている。
「sio」のスペシャリテ。ラスクの上に馬肉のユッケを載せ、ビーツのサラダを載せている。

 鳥羽は、Jリーグの練習生、小学校の教員を経て、31歳のときに料理の世界に飛び込んだという異色の経歴を持つ。全くの異分野からの転身であり、また他の人よりスタートが遅い分、人一倍努力したという。そして、スーシェフ(副料理長)、シェフとステップアップし、「sio」の前身である「Gris」の雇われシェフの時に店を買い取り、修業を始めて10年足らずで独立した。

 2018年にオープンした「sio」の店名は鳥羽が大切にする塩味に由来し、一皿ごとに5つの味覚や食感にコントラストがあるといった特徴があるという。「ミシュランガイド東京」で2020年に一つ星(イノベーティブ)を獲得し、以来、予約は2カ月待ちという人気店になった。

 その2020年はコロナ禍が始まった年だが、鳥羽は攻めの姿勢を崩さず、夜間営業が困難になった分を朝にシフトした「朝ディナー」を提案するなどの工夫で客足を維持した。

 だが、鳥羽は考えた——俺の料理を食べて幸せになれる人は、店に来るわずかな人だけだ。俺はもっと多くの人を幸せにしたい——。「幸せの分母を増やす」というキャッチフレーズは、この考えから生まれたという。

 鳥羽は、キャッチフレーズ実現のため、自分が厨房に立つことをやめ、多店舗・多業種展開に舵を切る。東京・丸の内にビストロ・イタリアン「o/sio」、渋谷に純洋食とスイーツ「パーラー大箸」、大阪・心斎橋にモダン居酒屋「ザ・ニューワールド」、奈良にすき焼きレストラン「㐂つね」、東京・表参道に架空ホテルのレストラン「Hotel’s」、福岡・天神に肉イタリアンとナチュラルワインの店「o/sio FUKUOKA」、パスタ専門店「おいしいパスタ」を立て続けに出店した。

 また、レストランとは別にシズる株式会社を設立し、同社ではネット販売でマヨネーズや塩を販売したり、外食チェーンやコンビニの商品開発等も手掛けている。

 さらに、レシピ本やYoutubeチャンネル「鳥羽周作のシズるチャンネル」で「sio」のレシピを公開。NHK「きょうの料理」をはじめとするテレビにも出演。さらにSNS、ネット媒体、紙媒体でも多数取り上げられる等、鳥羽はを飛ぶ鳥を落とすような快進撃を続けている。

トップランナーを追うスタッフの苦悩

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

 しかし、急成長の背景には、人知れぬスタッフの苦労があることが、本作では描かれている。

「㐂つね」が入る鹿猿狐ビルヂングのオーナー、中川政七商店の13代目中川政七社長は、インタビューで鳥羽の弱点についてこう語っている——次々に湧き出る鳥羽のアイデアを実行するためには、多数のスタッフのサポートが必要になる。スタッフが、トップランナーである鳥羽の背中が見えているうちはいいのだが——。そして、中川の懸念は実際のものとして、スタッフに降りかかってくるのである。

 鳥羽のマネージャー兼広報担当の折田拓哉は、当初キッチンスタッフとして「sio」に入社したが、調理より広報の方が向いていると言われ、鳥羽と常に行動を共にするようになる。最初はよかったが、店舗が関西に進出し、シズる社が立ち上がるなか、爆発的に仕事量が増えて、典型的なキャパオーバーの状態に陥っていく。

 また、「sio」のスーシェフだった木田翼は、「o/sio」→「パーラー大箸」→「㐂つね」と次々に配置転換される。フレンチ→イタリアン→洋食→すき焼きと異業種の料理への対応を迫られ、頭より手を動かすのが精一杯になっていく。

 同じく「sio」のスーシェフ・熊野泰博は、鳥羽より長い14年の修業歴とフランス修業の経験を持つ。鳥羽が立たなくなった後の「sio」の厨房を任されるが、冬メニューの試食会で、鳥羽に強烈なダメ出しを食らってしまう。鳥羽の食に関する感性=「sioイズム」を最も理解しているはずだったのに、いったんゴハサン状態になるような仕打ちを受けて自信を喪失し、ミシュラン一つ星のプレッシャーに押し潰されそうになる。

 彼ら、折田、木田、熊野のその後については、映画のラストで明らかにされる。

鳥羽からの「ありのままを」という要望

 付いて来れなくなる者に対して鳥羽は、一人より他のスタッフが大切だと、突き放したようなコメントをしているが、一方ではもともとコックでコロナ禍前には「sio」の厨房も手伝っていた父・孝二にケアを頼む等、それぞれを思いやる心をのぞかせている。

「幸せの分母を増やす」のに熱心なあまり、最も身近な妻と2人の子供との時間をいちばん後回しにしているところも鳥羽の欠点と言えるだろう。これについては、エンドロールに若干救いがある描写がある。

 本作を撮るにあたり、鳥羽から森田雄司監督に、タブーはなしで、ありのままを撮るよう要望があったという。森田監督は要望に基づき、鳥羽、スタッフ、家族と適度な距離感を保ちつつ、中立的に描いている。その姿勢が、ドキュメンタリーとしての信頼性を高めている。


【sio 100年続く、店のはじまり】

公式サイト
https://sio-movie.terraceside.com/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2023年
公開年月日:2023年4月21日
上映時間:75分
製作会社:製作:テラスサイド(制作:ポルトレ)
配給:ポルトレ
カラー/モノクロ:カラー
スタッフ
監督・撮影・編集:森田雄司
企画・エグゼクティブプロデューサー:玉井雄大
プロデューサー:石原弘之
音楽・MA:中西ゆういちろう
録音協力:丹雄二
カラリスト:木村豊
キャスト
鳥羽周作
ナレーション:中崎敏

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。