エブエブに出てくる食べ物たち

[301] 「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」から

去る3月12日、第95回アカデミー賞授賞式が行われた。結果は、前評判の高かった「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」が、作品賞、監督賞、主演女優賞、助演女優賞、助演男優賞、脚本賞、編集賞の計7部門で受賞するという圧勝であった。今回はこの作品(略称「エブエブ」)に登場する食べ物について述べていく。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

新作スイーツのお味はいかが

「エブエブ」は、「スイス・アーミー・マン」のダニエル・クワンとダニエル・シャイナート(ダニエルズ)の共同監督作品。

 コインランドリーを経営する中国系移民のエヴリン(ミシェル・ヨー)は、国税庁による税務監査で、監査官のディアドラ(ジェイミー・リー・カーティス)との面談中に突然、マルチバース(多元宇宙)のアルファバースからやってきた夫ウェイモンド(キー・ホイ・クァン)とそっくりの男から、全宇宙にカオスをもたらす巨悪ジョブ・トゥバキ(ステファニー・スー)との戦いに加勢するよう頼まれる。エヴリンの娘ジョイに瓜二つのジョブ・トゥバキに対抗するためには、別宇宙にバース・ジャンプして、その宇宙の自分の力を取り込むことが必要だ。バース・ジャンプのトリガーとなるのは、最高に“変なこと”をすること。ウエストポーチの中のリップクリームを食べるなんてことは序の口で、ここでは書けないような際どい“変なこと”が次々に繰り広げられる。

 まさにTVのバラエティ番組さながらのアホらしさで、筆者も初見では、何でこんなおバカ映画がオスカー候補なのか首を傾げたが、2回目の鑑賞では、本作はコメディ要素とメタワールドを同居させた上で、最終的には家族愛を訴えるという離れ業を演じてみせた、まぎれもない傑作であると感じた。

 ただ、気になったのが日本の観客の反応の薄さ。筆者はこの映画を5回ほど観ているが、いずれの回も、抱腹絶倒のシーンでも、場内のみなさんはくすりともしないのである。それは映画レビューサイトの採点にも表れていて、Filmarksは5点中3.9点、映画.comは3.2点、Yahoo! 映画に至っては2.8点と、アカデミー賞7部門受賞作とは思えないほどの低評価になっている(2023年3月24日現在)。

 もしかすると本作は、観る側に“映画リテラシー”を求めてくる作品なのかもしれない。たとえてみれば、アカデミー賞6部門ノミネート(音響賞を受賞)の大ヒット作、「トップガン マーヴェリック」が、誰もがおいしいと感じるシュークリームだとすると、「エブエブ」は食経験が浅いとぴんとこないチャレンジングな新作スイーツのような存在か。ちなみに全世界では、配給のA24史上初となる、興行収入1億ドルを突破したという。

鉄板焼きレストランのシェフ

「エブエブ」のマルチバース(multiverse)は、エヴリンの戦いを「マトリックス」(1999)のように監視するアルファバースをはじめ、多種多様なバース(verseは宇宙=universeのverse)が存在する。それらはたとえば、エヴリンがウェイモンドと駆け落ちせずにカンフー女優として成功した、ミシェル・ヨーの実人生を体現したかのようなバース、「2001年宇宙の旅」(1968、本連載第29回参照)の猿のようなシーンを経て、人間の指がソーセージのように進化したバース、エヴリンとジョブ=ジョイが2次元手書きアニメのバース、エヴリンとジョブ=ジョイが人形のバース、生物が存在せず、エヴリンとジョブ=ジョイが岩になったバース等々……。

 なかでも印象的なのは、エヴリンが全米に展開する和食レストラン「BENIHANA」のような店で鉄板焼きパフォーマンス調理をするシェフになっているバースだ。シェフのエヴリンはチャド(ハリー・シャム・Jr)という同僚と料理パフォーマンスを競っているが、チャドのパフォーマンスには秘密があった。この話の元ネタは、ピクサーのアニメ「レミーのおいしいレストラン」(2007、本連載第100回(5)参照)。その原題は「Ratatouille」(ラタトゥイユ)なのだが、英語が苦手なエヴリンが「ラカクーニ」と間違えて覚えていたことから、元ネタとは異なる、その音と似たあるものが登場するのだが、詳しくは映画をご覧いただきたい。

 物語はこのあたりから、「エブエブ」のマルチバースは、エヴリンがこれまでの人生で見聞きし経験した蓄積である脳内世界の反映であることがわかってくる。たとえば、エヴリンが幹線道路沿いのピザ屋の店員で、看板を回して客の呼び込みをするサンドイッチマンのような仕事=サインスピナー(sign spinner)をしているバースが出てくるのだが、これはエヴリンが国税庁に向かう途中で、サインスピナーを見たことが影響している。恐らく鉄板焼きレストランにも行ったことがあるのだろう。

ベーグルvs.ギョロ目

ジョブ・トゥバキの頭上に載る黒いベーグル。クライマックスで恐るべき力を発揮する。
ジョブ・トゥバキの頭上に載る黒いベーグル。クライマックスで恐るべき力を発揮する。

 そして、「エブエブ」には至るところに“丸いもの”が登場する。ディアドラはエヴリンが提出したカラオケの領収書にペンで黒々と丸印を付け、使途を追求。ウェイモンドはディアドラの機嫌を取るために、好物のクッキーを差し入れる。ディアドラが服に付いたクッキーの粉を払う仕草が妙にリアルに映る。

 そして登場する食べ物で忘れるわけにはいかないのがベーグル。国税庁の会議室に身を隠したエヴリンとウェイモンドが、置いてあったクリームチーズ味のベーグルで栄養補給をするという「ダイ・ハード」(1988、本連載第203回参照)もどきのシーンの他、バース毎にさまざまな衣装で登場するジョブ・トゥバキが、寺院のバースで髪飾りとして付けている黒いベーグルは、クライマックスで恐るべき力を発揮する。

 これに対抗するのが、本作の宣伝でもすっかりおなじみの「ギョロ目シール」。これは、エヴリンのコインランドリーの取り置き洗濯物の目印として初登場するのだが、黒いベーグルを反転したかのようなデザインであり、マルチバースではエヴリンの第3の目になったり、岩にまで力を与える存在になったりというカギ的存在だ。

 このベーグル vs.ギョロ目シールの結末は、ぜひ映画を観てご確認いただきたい。

ギョロ目との“再会”

 ウェイモンドを演じたベトナム出身のキー・ホイ・クァンは、「インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説」(1984)のショート・ラウンド役や、「グーニーズ」(1985)のデータ役等、子役として活躍した後、裏方に転身。約30年ぶりのスクリーン復帰となる本作で見事アカデミー助演男優賞を受賞した。

 そう言えば、「インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説」で、インディ、ウィリー、ショート・ラウンドの一行がインドのパンコット宮殿を訪れ、料理で歓待されるシーンがあった。ヘビの活きウナギ詰め、カブトムシの丸焼きといった仰天料理にうんざりしたウィリーが、ましな料理を頼んだところ、出てきたのがギョロ目のスープ。こうしたところも、何か巡り合わせを感じさせる。


【エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス】

公式サイト
https://gaga.ne.jp/eeaao/
作品基本データ
原題:EVERYTHING EVERYWHERE ALL AT ONCE(天馬行空)
製作国:アメリカ
製作年:2022年
公開年月日:2023年3月3日
上映時間:139分
製作会社:Gozie AGBO,Year of The Rat,Ley Line Entertainment
配給:ギャガ
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ~ビスタ
スタッフ
監督・脚本:ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート
製作総指揮:ティム・ヘディントン、テリサ・スティール・ペイジ、トッド・マクラス、ジョシュ・ラドニック、ミシェル・ヨー
製作:ジョー・ルッソ、アンソニー・ルッソ、マイク・ラロッカ、ダニエル・クワン、ニエル・シャイナート、ジョナサン・ワン
撮影:ラーキン・サイプル
美術:ジェイソン・キスバーデイ
音楽:サン・ラックス
音楽監修:ローレン・マリー・ミクス、ブルース・ギルバート
編集:ポール・ロジャース
衣裳デザイン:シャーリー・クラタ
キャスティング:サラ・ハリー・フィン
キャスト
エヴリン・ワン:ミシェル・ヨー
ウェイモンド・ワン:キー・ホイ・クァン
ジョイ・ワン / ジョブ・トゥパキ:ステファニー・スー
ゴンゴン:ジェームズ・ホン
ディアドラ・ボーベアドラ:ジェイミー・リー・カーティス
ベッキー・スリガー:タリー・メデル
ビッグ・ノーズ:ジェニー・スレイト
チャド:ハリー・シャム・Jr

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。