シーズン到来! 山小屋の飯

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昨日8月11日は山の日だった。「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」ことを趣旨とした国民の祝日である。折しも夏山登山のハイシーズン。一昨年と昨年のようなコロナ禍による行動制限も緩和され、久しぶりの山を楽しみにしている方も多いことだろう。

 さて、食事というものは料理そのものの味に加えて、シチュエーションが優れた調味料となってうまさを倍増させることがあるもの。そこで今回は山の日にちなみ、山岳映画に登場する山小屋でのうまそうな食事について取り上げる。

※注意!! 以下はネタバレを含んでいます。

「岳 ガク」の「谷村山荘」

 2010年製作の片山修監督作品「岳 ガク」は、石塚真一が「ビックコミックオリジナル」に連載した漫画が原作。長野県の北アルプスを舞台に、山を知り尽くした山岳救助ボランティアの島崎三歩(小栗旬)が、新人の山岳救助隊員の椎名久美(長澤まさみ)と、遭難者の救助活動にあたる日々を描いた作品である。

「岳 ガク」より。「谷村山荘」名物のナポリタン大盛りを頬張る三歩(小栗旬)。山は体力勝負なのだ。
「岳 ガク」より。「谷村山荘」名物のナポリタン大盛りを頬張る三歩(小栗旬)。山は体力勝負なのだ。

 大自然が相手の山岳救助では、あらゆる事態に適応できる強靭な体とエネルギーが必要となる。三歩にとって、そのエネルギー源となるのが、谷村文子(市毛良枝)の経営する山小屋「谷村山荘」の食事である。“爆弾低気圧のようだ”と三歩が命名した「バクダンチャーハン」、ナポリタン大盛り等、エネルギーに変わりやすい炭水化物系のものが多い。

 遭難者が死亡した救助活動の後、平然とナポリタンを頬張る三歩。久美はそんな三歩の様子を理解できないのだが、このナポリタンは三歩にとって、初めての遭難救助の思い出にまつわる料理であることが、後に明らかになる。

 谷村山荘は、原作では上高地に実在する山宿「徳澤園」がモデルになっており、映画の撮影は、北八ヶ岳の「稲子湯旅館」で行われている。

 なお、次に紹介する「春を背負って」にも出演している文子役の市毛良枝は、アラフォーで登山デビューし、初登山から約3年後にはキリマンジャロ登頂も遂げたという登山家の一面を持つ。

「春を背負って」の「菫小屋」

 2014年製作の「春を背負って」は、笹本稜平の小説を原作に、「八甲田山」(1977)、「聖職の碑」(1978)等の名カメラマンである木村大作が、「劔岳 点の記」(2009)に続いてメガホンをとった監督2作目である。

 富山県立山連峰の最高峰・大汝山(標高3,015m)の山頂近くにある山小屋「菫小屋」が舞台。滑落者を救助しようとして死んだ菫小屋の主人・長嶺勇夫(小林薫)の息子で、東京でトレーダーとして働いていた享(松山ケンイチ)は、菫小屋を継ぐことを決意する。慣れない山小屋の経営に四苦八苦する亨。山で遭難しかけたところを勇夫に救われた高澤愛(蒼井優)、勇夫の後輩の風来坊“ゴロさん”こと多田悟郎(豊川悦司)らの協力を得て、一人前になっていく過程を描いた作品である。

 菫小屋は食事と宿泊ができる設定。愛の料理の腕は確かで、お客さんがレストラン顔負けと褒めるほど評判がよい。大変なのは食材他山小屋の営業に必要なすべての物資の運搬。ヘリコプターによる荷揚げを頼む予算はなく、すべて人が背負って運ばねばならない。

「一歩一歩、負けないように、普通に歩けばいいんだ」

 ゴロさんが30kgの荷物を背負いながら鼻歌を歌いながら軽々と山を登っていく一方、“荷物とケンカしている”亨はすぐに息切れしてしまうのが対照的だ。この荷物運びでの亨の成長は、後半の伏線となっている。

 菫小屋の料理は、オムライスやカレーライス等、限られた材料の割にメニューは多彩。その中でも就職活動中の学生で、関西弁の“大めしくん”こと須永幸一(池松壮亮)の好物の牛丼が印象的だ。この大めしくん、腹ごしらえだけは一人前なのだが、自信過剰がたたって亨たちに迷惑をかけることになる。山では退く勇気も必要なのだ。

 菫小屋は、実在する「雷鳥荘直営・大汝山休憩所」でロケーションを行っている。雷鳥荘は宿泊施設だが、大汝山休憩所は食事と休憩のための施設で宿泊は受け付けていないのが映画とは異なっている。

山岳映画のはじまりと現在

 山岳映画の歴史は古く、シネマトグラフを発明したリュミエール兄弟による雪山登山の映像が「リュミエール!」(2016、本連載第200回参照)で確認できる。チャップリンの「黄金狂時代」(1925、本連載第28回参照)のような喜劇的山岳映画を経て、ドラマとしての山岳映画の先駆者は、ドイツのアーノルド・ファンクで、アルプス山脈を舞台にした「聖山」(1926)、「死の銀嶺」(1929)、「モンブランの嵐」(1930)等を撮っている。

 これらの作品に出演したレニ・リーフェンシュタールの初監督作は「Das Blaue Licht」(1932/「青の光」)という山岳映画で、この作品が評判となったことがナチス・ドイツ党大会の記録映画「意志の勝利」(1934)、ベルリン五輪の記録映画「オリンピア二部作(民族の祭典、美の祭典)」(1938、本連載第220回参照)の監督を務めることにつながった。

 また、ファンクは伊丹万作と共同で原節子主演の日独合作山岳映画「新しき土」(1937)も監督している。

 第二次世界大戦後は、登山そのものを題材とした山岳映画をはじめ、サスペンス絡み、アクション絡み、スキー映画、山岳ドキュメンタリー等、多種多様な作品が生み出されている。

 今年も、世界有数の岩壁氷壁、断崖絶壁を、単独で命綱を付けずに自らの手と足だけで登るフリーソロ(安全装備なしで単独で行う登山)の天才登山家、マーク・アンドレ・ルクレールに密着した山岳ドキュメンタリー「アルピニスト」(2021)や、夢枕獏の小説「孤独のグルメ」の谷口ジローが漫画化した作品を、フランス人のパトリック・インバートが監督したアニメ「神々の山嶺」(2021)が公開されている。

 筆者としては「神々の山嶺」のフランス作画チームによる、カトマンズの酒場や東京の居酒屋の描写に注目したい。


【岳 ガク】

公式サイト
https://www.toho.co.jp/movie/lineup/gaku/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2010年
公開年月日:2011年5月7日
上映時間:125分
製作会社:「岳 -ガク-」製作委員会(製作プロダクション:東宝映画)
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:片山修
脚本:吉田智子
原作:石塚真一
エグゼクティブプロデューサー:市川南、平城隆司、大西豊
プロデューサー:遠藤学、前田光治
共同プロデューサー:大村信、高野渉
撮影:藤石修
美術:新田隆之
装飾:秋田谷宣博
音楽:佐藤直紀
音楽プロデューサー:北原京子
主題歌:コブクロ
録音:湯脇房雄
音響効果:大河原将
照明:川辺隆之
編集:松尾茂樹
ライン・プロデューサー:傳野貴之
製作担当:菊島高広
助監督:櫻井宏明
スクリプター:谷恵子
VFXスーパーバイザー:石井教雄
キャスト
島崎三歩:小栗旬
椎名久美:長澤まさみ
野田正人:佐々木蔵之介
阿久津敏夫:石田卓也
谷村文子:市毛良枝
牧英紀:渡部篤郎
座間洋平:矢柴俊博
安藤俊一:やべきょうすけ
関勇:浜田学
守屋鉄志:鈴之助
遭難する青年:尾上寛之
三歩の親友:波岡一喜
青木誠:森廉
遭難者の父:ベンガル
横井修治:宇梶剛士
梶一郎:光石研
梶陽子:中越典子
椎名恭二:石黒賢

(参考文献:KINENOTE)


【春を背負って】

公式サイト
https://www.toho.co.jp/movie/lineup/haruwoseotte.html
作品基本データ
製作国:日本
製作年:2014年
公開年月日:2014年6月14日
上映時間:116分
製作会社:フジテレビジョン、東宝、ホリプロ、北日本新聞社
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:木村大作
脚本:木村大作、瀧本智行、宮村敏正
原作:笹本稜平
製作:石原隆、市川南
プロデューサー:松崎薫、上田太地
撮影:木村大作
美術:佐原敦史
音楽:池辺晋一郎
主題曲/主題歌:山崎まさよし
録音:石寺健一
照明:鈴木秀幸
編集:板垣恵一
監督補:宮村敏正
キャスト
長嶺享:松山ケンイチ
高澤愛:蒼井優
長嶺菫:檀ふみ
長嶺勇夫:小林薫
多田悟郎:豊川悦司
中川聡史:新井浩文
中川ユリ:安藤サクラ
工藤肇:吉田栄作
須永幸一:池松壮亮
朝倉隆史:仲村トオル
高野かね:市毛良枝
文治:井川比佐志
野沢久雄:石橋蓮司

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。