五輪記録映画 アスリートの食

[220]スポーツ映画の食(7)

2020年の東京オリンピック開催にちなみ、スポーツを題材とする映画とその中に登場する食べ物にスポットを当てるシリーズの7回目。今回は趣向を変え、歴代のオリンピック記録映画に登場するアスリートの飲食について述べていく。

「オリンピア」のマラソン補給食

 まずは1936年のベルリンオリンピック記録映画「オリンピア」(第一部 民族の祭典第二部 美の祭典)から。ヒトラー率いるナチス・ドイツの国威発揚に与したプロパガンダの側面を持ちながら、女性映画監督レニ・リーフェンシュタールがスポーツアスリートの身体美を徹底して追求し、その映像表現によってイデオロギーを超え普遍的な芸術性を持つに至ったオリンピック記録映画史に残る傑作である。

 陸上競技で四冠を達成したアフリカ系アメリカ人ジェシー・オーエンスをはじめ、三段跳びの田島直人、水泳平泳ぎの前畑秀子ら日本人選手も活躍した大会の終盤、マラソンでは日本統治下の朝鮮から日本人選手として出場した孫基禎(大韓民国建国後に韓国人)が優勝した。

 そのマラソンの給水ポイントでは、立ち止まって休憩したり、果物らしきものを口にしたりする選手の姿が映し出されていて、一刻一秒を競う現代のマラソンとは隔世の感がある。

「東京オリンピック」の選手村食堂

「東京オリンピック」より。競技を終えたチャドのアフメド・イサ選手が食べていたステーキプレート。ドラマ「夢食堂の料理人〜1964東京オリンピック村物語」ではイサ選手がモデルと思われるチャドの選手はステーキを何度も焼き直させるため、若い料理人たちから「ミスター・ウェルダン」と呼ばれていた。
「東京オリンピック」より。競技を終えたチャドのアフメド・イサ選手が食べていたステーキプレート。ドラマ「夢食堂の料理人〜1964東京オリンピック村物語」ではイサ選手がモデルと思われるチャドの選手はステーキを何度も焼き直させるため、若い料理人たちから「ミスター・ウェルダン」と呼ばれていた。

 続いて、本連載の前々回(第218回)で少し触れた市川崑総監督「東京オリンピック」(1965)の選手村での食事シーンについて。

 本編中盤、独立して間もないチャドから陸上800m走の予選に参加したアフメド・イサ選手に密着したシーンがある。イサ選手はたった3人の選手団の一人として国の誇りを背負い健闘するも準決勝で敗退。その夜、選手村の食堂でイサ選手が一人で食事を摂りながら重圧からの解放を噛みしめる姿と、すぐ傍で各国の選手たちがカフェテリア形式に並べられた多種多彩な料理の中から好きな料理を選んで賑やかに食べている光景が好対照をなしている。

 昨年2019年にはNHKで1964年東京オリンピックの選手村と食堂を題材にしたドラマ「夢食堂の料理人〜1964東京オリンピック村物語」が放映され、その中で全国から集められた若い料理人たちがチャドの選手を励ますために見たこともないチャド料理「ダラバ」(オクラの煮込み料理)を作るエピソードが出てくるが、これは明らかに映画「東京オリンピック」のイサ選手のシーンにインスパイアされたものだろう。

「東京パラリンピック 愛と栄光の祭典」の選手役員食堂

 1964年東京オリンピックが10月24日に閉会した後の11月8日から12日にかけて開催された1964年東京パラリンピックを記録したのが「東京パラリンピック 愛と栄光の祭典」である。本作は1965年の公開以後ほとんど上映される機会がなかったが、デジタル化され今年の1月に復活上映された。

 この頃のパラスポーツはまだ黎明期で、参加国・地域は22、参加人数は375人、主会場はオリンピックで各国選手が練習に使っていた代々木公園陸上競技場(織田フィールド)で、現在に比べると小規模で予算も少なく寄付に頼っていた。

 映画に映し出された選手役員食堂はオリンピック選手村に複数あった食堂の一つと思われる。現在のようなバリアフリーの設備は映像から読み取ることはできなかったが、割烹着姿の女性たちやボーイスカウトらボランティアらの姿が見られる。彼らの努力もあって大会は成功裡に終わり、日本でパラスポーツが普及していく契機になったという。

「白い恋人たち」のジョッキビール

 1968年のグルノーブル冬季オリンピック記録映画「白い恋人たち」(1968)は、「男と女」(1966)でその名を世界に知らしめ、現在、その続編「男と女 人生最良の日々」(2019)が公開中のクロード・ルルーシュが監督を務めた。

 かつて映像付きジュークボックスのスコピトーンというものがあり、その映像はいわばMV(ミュージックビデオ)やカラオケビデオのはしりとも言えるが、ルルーシュはその映像製作の出身である。それだけに、本作でも「男と女」等の劇映画と同様に、先頃亡くなったフランシス・レイのテーマ曲を全編を通して流し続け、スポーツドキュメンタリーなのに恋愛映画のようなロマンチックな雰囲気を醸し出している。

 またルルーシュは、後の短編「ランデヴー」(1976)でスポーツカーにカメラをくくりつけ早朝のパリ市街地を疾走してみせたが、本作でもカメラマンのウィリー・ボーグナーに滑降選手の後ろをスキーで追走して撮影することを要求し、迫力ある映像をものにしている。

 本作では競技後の夜に行われたコンサート等のイベント等、選手以外の観客にもカメラを向けている。ロッジ風の居酒屋のにぎやかな宴会では、アルプスの民族衣装に身を包んだ給仕らが陶器製の大ジョッキで運んできて、人々がそのビールを一気に飲み干すなど、ヨーロッパの食文化を垣間見ることができる。

「札幌オリンピック」の場外市場

 1972年に日本で初めて開催された冬季オリンピックを記録した「札幌オリンピック」(1972)は、かつて大島渚らと松竹ヌーヴェルヴァーグを牽引した篠田正浩が総監督を務めた。篠田は、女子フィギュアスケートで銅メダルを獲得したジャネット・リンの演技に北海道に渡ってくる白鳥の映像をオーバーラップさせるなど、市川の「東京オリンピック」に劣らぬ意欲的な表現を行っている。

 食関連のシーンとしては、真駒内に作られた選手村で食事をしたりジュースを飲んだりしながらくつろぐ選手たちの姿の他、新巻鮭や毛ガニ等を売っている市場の見物に訪れた外国選手たちと札幌市民の交流も映し出している。

「時よとまれ 君は美しい ミュンヘンの17日」8作品のオムニバス

 1972年ミュンヘンオリンピックは東西分断時代の西ドイツで過去最高の121の国・地域が参加する平和の祭典となるはずだった。記録映画「時よとまれ 君は美しい ミュンヘンの17日」(1973)も、オリンピック記録映画の集大成を目指し、種目・題材別に市川崑やクロード・ルルーシュといった過去の経験者やアメリカン・ニューシネマの逸材アーサー・ペン、ミロシュ・フォアマン、ジョン・シュレシンジャーを含む8カ国8人の映画監督が担当するオムニバス形式をとった。以下がその8本である。

「始まりのとき」(The Beginning/開会式)
監督=ユーリー・オゼロフ(ソ連)
「最も強く」(The Storongest/重量挙げ)
監督=マイ・セッタリング(スウェーデン)
「最も高く」(The Highest/棒高跳び)
監督=アーサー・ペン(アメリカ)
「美しき群像」(The Women/女子選手)
監督=ミハエル・プレガー(西ドイツ)
「最も速く」(The Fastest/100m走)
監督=市川崑(日本)
「二日間の苦闘」(The Decathlon/十種競技)
監督=ミロシュ・フォアマン(チェコ)
「敗者たち」(The Losers/レスリング)
監督=クロード・ルルーシュ(フランス)
「最も長い闘い」(The Longest/マラソン)
監督=ジョン・シュレシンジャー(イギリス)

 作品自体はそれぞれの監督の個性が生きた良作となった。しかし、ミュンヘンオリンピック会期中の9月5日、パレスチナの武装テロ組織「黒い九月」がイスラエル選手宿舎を襲撃し、選手を人質にして立てこもる「ミュンヘンオリンピック事件」が発生。スティーヴン・スピルバーグ監督の「ミュンヘン」(2005)でも描かれたこの事件は、人質11名全員、テロリスト5名、警官1名が死亡するオリンピック史上最悪の大惨事となってしまった。

 本作では最終章の「最も長い闘い」でテロ当日の緊迫した模様、事件の影響で日程が1日順延となって動揺する選手、事件現場に供えられた花束等が映し出され、そのすべての思いを飲み込むかのように走るマラソンランナーたちを感動的にとらえている。また給水ポイントで水、スペシャルドリンク、スポンジ、オレンジ等を素早く取る様子からは「オリンピア」の時代からの進歩が感じられる。

 しかし、これ以降も、東西対立を背景とした1980年モスクワオリンピックと1984年ロサンゼルスオリンピックでのボイコット問題、現在公開中のクリント・イーストウッド監督作品「リチャード・ジュエル」で描かれた1996年アトランタオリンピックでの爆破テロ事件等、平和の祭典であるはずのオリンピックが政治やテロに翻弄された例があったのは残念なことである。


【オリンピア】

作品基本データ
原題:Olympia
製作国:ドイツ
製作年:1938年
公開年月日:1940年6月12日
上映時間:110分(第一部)、90分(第二部)
製作会社:オリンピア・フィルム
配給:東和商事
カラー/サイズ:モノクロ/スタンダード(1:1.37)
スタッフ
監督・製作総指揮:レニ・リーフェンシュタール
製作:ワルター・トラウト、ワルター・グロスコプ
撮影:ハンス・エルトル、ワルター・フレンツ、ギュッチ・ランチナー、クルト・ノイバート、ハンス・シャイブ、ヴィリイ・ツィールケ
美術:ロベルト・ヘルルト
音楽:ヘルバート・ヴィント
録音:ジークフリート・シュルツェ、アーサー・キーケブッシュ、ルドルフ・フィットナー、コンスタンチン・ブーニッシュ
技術顧問:ルドルフ・ヤート
編集補:マックス・ミシェル、ヨハネス・ルドク、アーンフリッド・ハイネ
キャスト
ナレーション:ポール・ラーフェン、ロルフ・ヴェルニッケ

(参考文献:KINENOTE)


【東京オリンピック】

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1965年
公開年月日:1965年3月20日
上映時間:170分
製作会社:東京オリンピック映画協会
配給:東宝
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
総監督:市川崑
監修:青木半治、今日出海、南部圭之助、田畑政治、竹田恒徳、与謝野秀
脚本:和田夏十、白坂依志夫、谷川俊太郎、市川崑
プロデューサー:田口助太郎
プロデューサー補佐:清藤純、熊田朝男、谷口千吉
撮影:林田重男、宮川一夫、長野重一、中村謹司、田中正
美術監督:亀倉雄策
音楽監督:黛敏郎
録音監督:井上俊彦
編集:江原義夫
制作デスク:宮子勝治、大岡弘光
監督部:細江英公、亀田佐、日下部水棹、前田博、中村倍也、錦織周二、奥山長春、柴田伸一、渋谷昶子、杉原文治、富沢幸男、山岸達児、安岡章太郎、吉田功
記録:中井妙子
技術監督:碧川道夫
撮影部:伊藤義一、松井公一、三輪正、中村誠二、小川信一、斎田昭彦、瀬川浩、潮田三代治、山崎敏正、山口益夫
照明部:村瀬栄一、中村栄志、嶋昌彦
録音部:加川友男、水口保美、田中雄二
編集部:林昭則、石川英夫、松村清四郎
宣伝担当:土屋太郎
キャスト
ナレーション:三国一朗

(参考文献:KINENOTE)


【東京パラリンピック 愛と栄光の祭典】

公式サイト:http://cinemakadokawa.jp/tokyopara1964/
公式サイト
http://cinemakadokawa.jp/tokyopara1964/
作品基本データ
製作国:日本
製作年:1965年
公開年月日:2020年1月17日
上映時間:63分
製作会社:日芸綜合プロダクション
配給:大映
カラー/サイズ:モノクロ/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督・脚本:渡辺公夫
製作:上原明
撮影:渡辺公夫
キャスト
ナレーション:宇野重吉

(参考文献:KINENOTE)


【白い恋人たち】

作品基本データ
原題:13 Jours en France
製作国:フランス
製作年:1968年
公開年月日:1968年11月9日
上映時間:112分
製作会社:レ・フィルム13
配給:東和
カラー/サイズ:カラー/スタンダード(1:1.37)
スタッフ
監督:クロード・ルルーシュ、フランソワ・レシェンバック
脚本:ピエール・ユイッテルヘーヴェン
撮影:ウィリー・ボグナー、ジャン・コロン、ギイ・ジル、ジャン・ポール・ジャンセン、ジャン・ピエール・ジャンセン、ピエール・ウィルマン
音楽:フランシス・レイ

(参考文献:KINENOTE)


【札幌オリンピック】

作品基本データ
製作国:日本
製作年:1972年
公開年月日:1972年6月24日
上映時間:166分
製作会社:社団法人ニュース映画製作者連盟
配給:東宝、松竹
カラー/サイズ:カラー/シネマ・スコープ(1:2.35)
スタッフ
監督:篠田正浩
脚本:山田信夫、虫明亜呂無、小笠原基生、富岡多恵子
企画:札幌オリンピック冬季大会組織委員会
総プロデューサー:田口助太郎
製作担当プロデューサー:釜原武
総務担当プロデューサー:天藤明
技術担当プロデューサー:草壁久四郎
総プロデューサー補佐:潮田三代治、清藤純、熊田朝男
顧問:川本信正
音楽:佐藤勝
キャスト
ナレーション:高橋昌也、岸田今日子

(参考文献:KINENOTE)


【時よとまれ 君は美しい ミュンヘンの17日】

作品基本データ
原題:Visions of Eight
製作国:アメリカ、西ドイツ
製作年:1973年
公開年月日:1973年9月22日
上映時間:111分
製作会社:デイヴィッド・ウォルパー・プロ
配給:東和
カラー/サイズ:カラー/アメリカンビスタ(1:1.85)
スタッフ
監督:ユーリー・オゼロフ:(「始まりのとき」)、マイ・セッタリング:(「最も強く」)、アーサー・ペン:(「最も高く」)、ミハエル・プレガー:(「美しき群像」)、市川崑:(「最も速く」)、ミロシュ・フォアマン:(「二日間の苦闘」)、クロード・ルルーシュ:(「敗者たち」)、ジョン・シュレシンジャー:(「最も長い闘い」)
脚本:デリアラ・オゼロワ:(「始まりのとき」)、デイヴィッド・ヒューズ:(「最も強く」)、谷川俊太郎:(「最も速く」)
製作:スタン・マーグリース 、デイヴィッド・L・ウォルパー
撮影:イーゴリ・スラブネビッチ:(「始まりのとき」)、ルネ・エリクソン:(「最も強く」)、ウォルター・ラサリー:(「最も高く」)、エルンスト・ヴィルト:(「美しき群像」)、山口益夫:(「最も速く」)、マイク・デイヴィス:(「最も速く」)、ヨルゲン・ペルソン:(「二日間の苦闘」)、ダニエル・ボクリー:(「敗者たち」)、アーサー・ウースター:(「最も長い闘い」)
音楽:ヘンリー・マンシーニ 、ウィルヘルム・キルマイヤー:(「最も長い闘い」)
歌:リタ・シュトライヒ:(「美しき群像」)
録音:ブライアン・ホジソン:(「最も長い闘い」)
作曲:Vita Bavarica and Platzl:(「二日間の苦闘」)
指揮:ウォルフガング・サヴァリッシュ:(「二日間の苦闘」)

(参考文献:KINENOTE)

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映画ウォッチャー 埼玉県出身。子供のころからSF映画が好きで、高校時代にキューブリックの「2001年宇宙の旅」を観たところ、モノリスに遭遇したサルの如く芸術映画に目覚め、国・ジャンルを問わない“雑食系映画ファン”となる。20~30代の一般に“青春”と呼ばれる貴重な時をTV・映画撮影現場の小道具係として捧げるが、「映画は見ているうちが天国、作るのは地獄」という現実を嫌というほど思い知らされ、食関連分野の月刊誌の編集者に転向。現在は各種出版物やITメディアを制作する会社で働きながら年間鑑賞本数1,000本以上という“映画中毒生活”を続ける“ダメ中年”である。第5回・第7回・第8回の計3回、キネマ旬報社主催の映画検定1級試験に合格。第5回・第6回の田辺・弁慶映画祭の映画検定審査員も務めた。